那朗高校特殊放送部~三条と霜月編~
筆者:三条翡翠
日曜日、買い物帰りに河川敷を歩いていると、正面から見慣れた人影が走ってくる。
特に用があった訳じゃ無いが、最近直接会う機会も少なかったし声をかけた。
「よう霜月」
「ん、なんだあんたか」
ランニング中だったみたいだが、そいつは止まって呼びかけに応じてくれた。
彼女は霜月詩酉。
俺が所属してる特殊放送部の部員で、元同級生だ。
・・・なんて説明は今更だよな。
「なんか用かよ」
そこそこ暑い中結構な距離走って来たんだろう。
全身から汗をかいた跡が見えるし、髪の毛の先から汗が滴り落ちている。
って、女子のそんなとこ見てんの気持ち悪いな。
「いや、特に用があるわけじゃないんだけどな」
「んだよ、あたし今トレーニング中だぞ…」
「それは悪かった」
悪い時はちゃんと謝る。
わざとじゃなくてもな。
霜月なら謝ればちゃんと許してくれる…と思ったが、今日はやけにいたずらな笑みを浮かべてる気がする。
「じゃ、アイスでも奢ってくれよ」
「…仕方ねぇな」
「ふっ、言ってみるもんだな」
「お前っ…!じゃあパプコでいいな?」
「青春かっ!」
「この暑い日にお前だけアイス食ってて俺は見てるだけとか無理だぞ?」
「だったら普通のゴリゴリ君2本で良いだろ。なんでわざわざシェアするアレなんだよ!?」
こうも河川敷で意味不明ないちゃつきをしてる二人だが、力関係は圧倒的にあいつの方が上だ。
今回は俺に100%の非があるし、
物理的にやり合っても絶対勝てない。
なんせこいつ空手の師範代クラスだからな。
高校になってから男子と体格差が出るようになってからは多少大人しくはなったけど、
差が出にくい中学時代はマジでちょっとケンカ強い男子を一捻り出来る位強くて、当時中学に居た不良連中を叩きのめした事もあったっけ。
そんな事を思っていたら、ふと昔のことを思い出した。
「なあ霜月」
「うん?」
「あそこの高架下の事、覚えてるか?」
河川敷に数本掛かっている高架橋。
そのうち一番大きい一つを指さしながら聞いてみた。
あそこには、俺と霜月のちょっとした思い出がある。
「あたしが覚えてると思うか?」
さっきまでランニングしてたからか、少し息を上げながら喋る霜月だけど、反応的にはあんま良くない。
っつーか、若干聞き流されてるようにも感じる。
まぁ、暑いもんな。
「…あー、いや待て。思い出した」
…って訳じゃなさそうだな。
手の平をバッとこっちに向けてきた霜月は、きっと同じものを思い出したんだと思う。
「あんたの考えてる事って、アレ…だよな?」
「あぁ、アレのことだ」
アレで通じる仲、というか高架橋の下である思い出は一つしかない。
「あん時のお前はカッコよかったな。それに比べてあたしは…」
「いや個人的には霜月の方がカッコよかったと思うけどな」
若干の苦笑いを浮かべてる霜月だけど、あんまり良い思い出じゃ無かったのか?
俺としては良い思い出だったんだけどな…
「そっかなぁ…あん時のあたしは相当イキってたような気がするんだけどなぁ…」
あんまり思い出されたくは無いって感じの霜月。
だけど、俺としてはカッコよかったし、印象に残りまくってるんだこれが。
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燈花中学3年の夏。
高校受験も意識し始めるような時期、相も変わらず俺はバンド活動ばっかしていた。
別に成績が悪いとかそういうわけじゃ無かったぞ?
行こうとしてる那朗高校は部活に力を入れた生徒が多いから、競争率は高めだけど必要な学力はそんなに高くは無かっただけだ。
そんなこんなで、夏休みにも例の高架下でギターを弾いていた。
…わけだけど、どうやらこの辺り、近所の不良共のたまり場になってたらしく、運悪く絡まれてしまった。
俺より大きいくらいの、多分高校1~2年くらいの2人組。
今思うと、タバコの吸い殻やらまだ新しめのラクガキやら、分かりやすい印はそれなりにあったし、完全に自業自得だったな。
「あれぇー?こんなところで何してんのぉ?」
「ここ俺らのスペースなんだけど?」
「え、いやちょっと…その」
この手の輩との関わりなんて一切無かったから、良い立ち回りが出来なかった。
いや実際高校生くらい、つまり俺自身より大きいヤンキーに絡まれたら普通どもるよな?
俺はケンカとか出来るタイプじゃないしな…
「あーあー、こんなに踏み荒らしてくれちゃってよー」
思いっきり言いがかりだ。
踏み荒らすも何も、俺があれこれやってたのはコンクリートの上だけだし、
散らかってるゴミはまぁ、蹴飛ばしたかもしれないけど、置いてあるパイプ椅子やらには手は付けてない。
でもそんなの、奴らには関係無かったんだろうな。
「そんな事…」
言い切る前に、2人の内ひとりが急接近して、胸倉に掴みかかる。
「いやー、どうしてくれんの?って話」
「ど、どうする…って…」
「あ、良いギターじゃん?」
その上で、大事なギターにまで手を付けられる始末。
こいつらがどういう連中かは知らないけど、決していい結果にはならない事は確実だろうな。
個人練だから周りに人なんて居ないし、
万事休す、と思ってたら、
「そんなとこで何してんだ!?」
右端の方から女子の声が聞こえる。
聞こえたところで胸倉掴まれてる俺に出来る事は声がした方に視線を向けることくらいだけど。
「「誰だ!?」」
暗い高架下から見る高架橋の外は光に潰されて一瞬姿が見えなかったけど、目が慣れてくるとそこに立っていたのは、
肩くらいのやや外に広がった銀髪と、丈の短めなTシャツ。スカートの裾から見えるスパッツ…
ぱっと見で分かる運動部っぽい雰囲気の女子。
「女子が一人で何の用だよ、あ?」
胸倉をつかんでいる方とは別のヤンキーがその女子の方にガンつけながらノスノスと歩いて行く。
…あれ、
あの女子…見覚えがあるような…?
ギリギリ思い出せないでいたら、
「う"っ」
ヤンキーの呻き声が聞こえ、
「ケントっ!?」
俺を掴んでいた奴の驚いた拍子に胸倉が解放される。
安堵の息を吐きつつ、女子の方を見て、
「あっ…」
その真っ直ぐな正拳突きのフォームでその女子が誰だったかを思い出す。
「お前確か…霜月…か?」
霜月詩酉、俺の中学の同級生で、空手部のエース。
…まあ、俺とは何の関わりも無いけど、朝礼で表彰されてたり、体育祭で選手宣誓を任されてたり、一方的に知ってるって生徒は多いと思う。
霜月がこうしてアツアゲとかしてる不良をボコしている、って噂はあったけど、本当だったんだな…
「ん、あれ、あんたも燈中か」
霜月は俺の事は知らなかった。
そりゃあそうだ。俺はバンド部の1メンバー程度で、何か功績を遺したとかはしてなかったからな。
「って訳だ、そこのは同じ中学だからさっさと離してもらえると嬉しいんだけどな」
人一人正拳突きでぶっ飛ばした後にその台詞は怖すぎる。
ぶっ飛ばしたと言っても、ちょっとうずくまらせただけなんだけど、空手部エースだって事を考えると絶対次はもっとデカい一撃になるだろうしなぁ。
でも、そうとは知らないヤンキー共はと言うと、
「あ?」
「一発ぶち込まれた時はビビったけどたいしたことねーな」
ゴリゴリに強い事をあんまり知らないヤンキー連中は突っかかっていく。
頑張っている女子を横目にただ見ているだけの俺ってのもなんかダサいけど、どうしようもない。
「やっちまおうぜ!」
そうして突っ込んで行ったヤンキーに霜月が、
「っふ!」
軽いステップで身をかわし、その拍子に肘を叩きこむ。
不意のカウンターに体勢を崩し、派手に転倒するヤンキー。
スゲー身体能力と場慣れだな…あんなこと俺には絶対できない。
「先に手、出して来たのはあんたらだからな。不可抗力だぞ」
そうだったか…?
先に正拳突きかましたのは霜月の方じゃないかな…?
とも思ったが、元はと言えば先に俺が絡まれた一件だし、そっちも含めれば確かにそうだな。
両腕を打ち付けてパンパンと鳴らしながら近寄ってくる霜月は、もう女子が出す威圧感じゃあない。
「こ、コイツ…!?」
俺の胸倉を掴んでいたやつが急にビビッて妙に小さく見える。
俺にビビってる訳じゃないけど、少し気分が清々する。
でもなぁ、女子に負けてる俺もダサいんだよな…
あいつが空手部エースだからと言って…
「くそっ、女の癖に…」
一歩一歩と後ずさりしていくヤンキーと、それを追うように同じ速度で近寄って行く霜月。
完全に形成逆転。
そしてそんな好調だったせいで、
さっきぶっ飛ばしたもう一人が起き上がっている事に気が付かなかった。
ふと目を霜月の方へ向けた時はもう、
「あっ、後ろ!」
叫んだが時すでに遅し、
霜月が慌てて振り返った瞬間、
その腹部に思い切りの蹴りが入るのを見てしまった。
「っぐぅ…っ!」
高校生の渾身の蹴りに、華奢な霜月の体が浮き上がり、高架下の汚れたコンクリートの上を転がって俺の足元まで飛んできた。
「し、霜月っ!?」
俺が駆け寄るのと入れ替わるように、さっきまでビビって後ずさっていた一人が、蹴りを食らわせた方と合流した。
とりあえずは俺と不良たちの距離が開いたから、逃げようと思えば逃げられる…けど…
今足元で腹を抱えている霜月を置いて行くことなんて出来るか…?
「お?良いの入っちゃった?」
「今ならやれんじゃね?」
嫌な予感がするし、
逃げたら絶対後悔する。
「ったく、ビビらせやがってよぉ」
ドスドスと近寄ってくるヤンキーー二人。
見捨てるなんて…出来ないよな!
「やっぱ女子だったな」
そう言いながら俺の前を素通りしていこうとしているやつ相手に、
「喰らえええ!!」
そう叫びながら、持っていたギターを捨てて掴みかかった。
大事なギターだったけど、練習用だったし、何より悠長に置いてる時間なんて無い。
「あっ!てめぇ!」
掴みかかた相手が振りほどこうとするけど、ただ掴んでるだけなら俺でも出来る。
どうせ勝てるとは思って無い。
悪あがきに近い行為。
「離せオラァ!!」
「っ!!」
振りほどくために蹴りが入る。
そしてそれを俺は耐える。
全身蹴られ殴られ引っ張られ、服もヨレヨレ、鈍い痛みと鋭い痛みが共存してる。
「めんどくせぇな!ケント!コイツ引っぺがせ!」
そんな声が頭上から聞こえる。
視線の先では、もう一人がパイプ椅子を手に走ってくるのが見える。
流石にそれはヤバい!
耐える耐えられないの問題じゃない。
このまましがみついていたら、確実に大怪我だ。
俺はしがみついている相手を突き飛ばすように押しだす
とは言っても反動で俺の方が大きく動いた始末だけどな。
ヤンキーと俺の間にちょっと隙間が生まれたその瞬間、目の前を瞬時に駆ける影を見た。
椅子を持ち突っ込んでくる奴に正面から迎え撃つ姿勢の影は、その手前で大きく跳躍。
「なっ!?」
「ていやあぁぁぁあああああ!!」
椅子が影を捉えるより早く、そいつの顔面を蹴り抜ける。
「ぶっっ!」
完全なカウンターが入ったそいつは勢いのまま椅子を放り投げ、地面に叩きつけられた。
「サンキュ、あんたが持ちこたえてくれたお陰であたしも回復できたよ」
その影は当然、霜月の事だ。
「あ、あぁ…」
あまりに鮮烈な一撃に、俺も痛みを忘れて立ち尽くす。
「あんときは油断したけどもう大丈夫だ。二人まとめてぶっ飛ばしてやる」
もうすでに一人ぶっ飛ばしてそこでノックダウンさせている霜月が、ファイティングポーズで残ったもう一人と向き合う。
「もうカウンタースタイルとか怠いのはナシ。今度はあたしから行くぞ!」
そう言うと同時に突き刺さった後ろ回し蹴りを、やっぱり俺はただ見ていることしかできなかった。
それに、こっから先の記憶はちょっと曖昧なんだ。
なんだったかな…あのヤンキー達が退散した後、
「…ちょっとカッコ悪いとこ見せちゃったな」
「いや、カツアゲの現場に割って入る時点で十分カッコいいって」
「んまあ、これに関してはあたしの役割みたいなもんだからな」
…みたいな話をちょっと交わした後、俺がギターだのアンプだの片付けてる間に居なくなってたな。
そしてその後、俺と霜月は仲良く…なんてことは無く、特に接点の無いまま中学を卒業し、
特殊放送部で再開した。
…そんな感じだ。
まあ、何だ。
ヒーローと、ちょっと勇気を出した一般人の話みたいなモンだな。
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「はい、パプコの半分」
「フタの方もよこせよな」
河川敷沿いのコンビニでアイスを買って、半分を霜月に手渡す。
そういう約束だしな。
暑いと言ってもまだ6月。
流石に歩いてるだけなら汗が噴き出るなんてことも無く、軽く滲んでくる程度。
霜月も、呼吸も汗もすっかりいつも通りだ。
「うーん、なんか曇って来たな」
「あーほんとだ」
パプコをしゃぶりながら歩く河川敷、気が付くと空はどんよりと曇っていた。
「霜月的にはランニングって晴れてんのと曇ってるの、どっちが良いんだ?」
「そうだな…湿度次第だけど、やっぱ曇ってる方が楽だな。太陽光って眩しいし」
「なるほど、暑いとかじゃ無くて眩しいってのもあんのか」
「でもやっぱ走ってて気持ちいのは晴れだから、モチベが湧くのは晴れなんだよなあ」
「なんとなく分かるけど、難しい話だな」
曇りって過ごしやすくはあるけど、外出て気持ちいかといえばまた別の話だもんな。
「そ。だから暑くなくて眩しくも無い秋の晴れ位が丁度い…ん?」
霜月がそこまで言いかけたその時、
ぽつぽつと雨が降って来るのを感じる。
「あ、やっべ、降って来た」
「傘持ってきてねえな…」
「あたしも」
雨は存外に強く、アスファルトの地面は急速に黒く染まっていく。
「どっかで雨宿りしないと」
「お前は別にいいんじゃないか?さっきまで走ってたんだし」
「汗と雨じゃやっぱ違うからな!?その…透けるし」
「汗でも透けるんじゃ…」
「あーやっぱこの話無し!とにかく雨宿りする場所探すぞ!」
とはいうものの、ここは川沿いの河川敷。
そう都合よく雨宿り出来る場所は…
「…あそこか」
俺が刺した場所は、俺と霜月が初めて出合った、例の高架下だった。
「で、この雨いつ止むと思う?」
「にわか雨だろ?10分もすれば止むんじゃねぇか?」
高架下は、あの時とは様相は大きく変わり、落書きも、椅子やタバコの吸い殻も無い、小奇麗なただの高架下と化していた。
やっぱ4年も経つと変わるか。
二人高架橋の柱にもたれ掛かりながら、雨が止むのを待つ。
頭上からは高架橋を通る車の音、正面には川の流れる音、左右からは雨の音が聞こえ、音の大合唱状態だけど、不思議と相手の声は普通に聞こえるもんだ。
「やっぱここ、懐かしいよなあ」
「あたしにとっちゃ黒歴史みたいなもんだ」
なんていう霜月だが、顔はそんなに不機嫌そうじゃない。
だったらあんときの話、もう少し続けても良いな。
「どうする?またチンピラが絡んで来たら」
「また?うーん…もう流石にゴリゴリの体育系大学生とかと戦えるような体じゃないしなぁ…」
そう言いながらパンパンと叩いてる太腿はしっかり引き締まってて、決してそういう風には見えない。
こればっかりは性別の問題だ、って本人も日ごろから言ってるし、そこを突っ込む気にはならんが。
「まあでもほら、俺だって多少は成長してるしな?」
「戦力になるほどか?」
「護身術くらいならちょっとは…」
「どうせ見様見真似のなんかだろ?もっと賢く生きような?」
「お前…人の事言える立場かよ」
このままドヤられるのも癪だし、ちょっと反撃してみる。
「何を根拠にそんな事…!」
「知ってんだぞ?霜月お前今でもジャイアントキリングの方法模索してんの」
「いいだろそれは??試合じゃ男子と当たる事だってあんだからな!?」
「鳩尾に一撃ぶち込む試合がどこにあるんだよ…今だってもしかしたら腕試し出来るかも…とか思ってたりしないだろうな?」
「それは…まぁ…」
「図星かよ!」
そんな事言いつつ、結局雨が止むまで誰も来なかったから若干名残惜しそうな霜月が居たのは内緒だ。
代わりに俺が殴られた、なんてことはないから安心しろ?
霜月「あんた良くもまああんなに詳細に覚えてんな」
三条「印象に残ってんだよ。それに、文に書き起こしてみると結構思い出せるもんだぜ?」
霜月「そう言うもんかぁ?」