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よっちゃんイカ連続あたり事件

作者: etunama


 よっちゃんイカ、知ってる?

 って聞いといてなんだけど知らないひとってそうそういないよね。

 いわゆるあたりつきの駄菓子で、カットしたイカを酢漬けにしたものなんだけど、実はこいつ、イカだけじゃなくて魚肉シートも入ってる。それに気がついたときは「かさ増ししてる!」とびっくりしたさ。ときどきやわらかくて薄いやつが入ってるからふしぎには思っていたけど、ずっと気がつかなかった。ま、イカも魚肉もおいしいからべつにいいんだけれどね。ここまでいっといてなんだけど普段食べないもよう。

 というわけでおつまみにもおやつにもなる優れ物駄菓子よっちゃんイカの話。




 わりと田舎のなんだかゆったりとしたよくあるコンビニ、の店員ぼく。フリーター。

 客層はじじばばおっちゃん、ときどき子連れと若いやつ、ってなかんじで、比較的おだやかなひとが多い。おだやかすぎてよく世間話をされるんだけど、おじいちゃん、後ろにお客さんきたからちょっとどいて。

 のんびりしてるなぁ、とか思って店長と話すと、どうやらぼくは話しかけられやすいらしい。まあゴリラマッチョの店長と比べたら、ぼくはザコみたいなものなので、そういう意味ではわかる。逆三角形の筋肉は威圧的だ。

 あとはまあ、おっさんは若者と喋るのがけっこうすきなようで、天気の話をするだけでも楽しそうにしている。ぼっちなぼくからするとふしぎ。天気の話べつにおもしろくないやろ。

 野菜やお豆腐、缶コーヒーにおこづかいまでくれる人もいたりする。なまものはぶっちゃけ困るけど、おかしや缶コーヒーはうれしい。ふだんミルクティーしか飲まないぼくも、もらいものなら飲みます。なおコーヒーってのはカフェオレとイコールで、甘くて牛乳がないとだめ。

 にこにこしててお喋りして、ときどきおすそわけ。平和ってのはこういうことをいうのか。土地柄ってのはほんとうにあったのだ。

 そんな平和なコンビニに、それを脅かす事件が発生する。

 ちなみにねこが店内に侵入するレベルでも大事件というあたり、ここの平和さってのがよくわかる。

 で、事件。それはふつうのおっちゃんだった。


「わたしねぇ~、よっちゃんイカの、あたりがわかるんですよぉ~」


 いや、へんなおっちゃんだった。

 ともかく返事をしなければ。


「ええと」

「ほらぁ」


 おっちゃんの指にはよっちゃんイカのあたりがはさまっている。

 そういえばさっきこのひとよっちゃんイカ買ってたなぁ。

 うさんくささ爆発のトーンで喋りかけられて一瞬硬直するものの、コンビニ店員歴がそこそこ長いぼくは、かれいな営業スマイルをしながらてけとーにあしらうことにした。


「へー、すごいですねー」

「だからぁ、また選ばせてもらっても、いいですかぁ~」


 ちょいちょいまのびするこの喋りはなんなんだと思いつつも、まあ偶然だろうな、と思ったので了承する。


「どうぞどうぞ」

「でわぁ」


 おっちゃん、ぼくにあたりを渡す。

 なんかさりげなく指さわられたような気がするんだけどなんやこいつきもいな、酔っとるんか。

 もちろん酔ってるわけもなく、ふつうにのんびり歩いてお菓子の棚へいくおっちゃん。

 レジからばっちり見えるな、うん。

 たしかになにか選んでいるようには見えるけど、とくべつ不自然な動きにはかんじられなかった。ちら、ちら、ちら、とパッケージを確認しているようにしか見えない。

 そしてよっちゃんイカを選んだおっちゃん、レジへ。


「ではぁ、これをいただきますねぇ」

「どうぞどうぞ」


 そして外へ。

 うーん、変わったお客さんだったなぁ。

 あ、戻ってきた。


「ほらぁ」


 手元には、よっちゃんイカのあたり。

 うわわ、二連続であたりを引いてきたぞ。


「すごい、ほんとうにわかるんですね」

「えぇ、えぇ」

「どうやってやるんです?」

「それはぁ、企業秘密ってやつでしてぇ」


 うーん、よっちゃんイカの工場で働いてるのかな。


「ああ、それでそのあたり、また交換します?」

「いぃえ~、もうなくなっちゃったのでぇ」

「え、あたりがです?」

「えぇ、えぇ」


 そしておっちゃんはあたりを持ったまま、立ち去っていった。

 うわぁ、なんか濃い人だったな。顔はわりとうすい系なのに、喋りだけであれって。

 ちょこちょこレジ作業したらお客さんいなくなったので、よっちゃんイカの確認をしてみる。

 長方形のパッケージ、その右上が黒くなっている。ここの裏側、パッケージの内面にあたりかどうかが書かれているんだけど、当然のことながらわからない。光にすかしてみても、角度を変えても、あたりかどうかは不明。


「はぁ、すごいなぁ、よっちゃんイカ食べ放題だよ」

「そもそも駄菓子ってたいした金額じゃないだろ、買え」

「え」


 振り返るとゴリラマッチョ店長。

 ひぃ!


「なにサボってるんだ」

「いや違うんですよ聞いてください」


 さっきのおっちゃんイカの話する。


「たまたまだろ。どうでもいいわ」

「ええー、すごいのに」

「それよりも最近このあたりで万引き増えてるらしいから気をつけろよ。ほら、こないだもやられたろ、一番クジの掛け時計」


 ああ、そういえばやられてた。

 おじいちゃん一歩手前の二歩進んだおじいちゃんが、アニメキャラの女の子が描かれた、わりと大きな掛け時計を堂々とパクっていった。レジの目の前にあるのにぜんぜん気がつかなかったやつ。


「いやぁ、あれは無理ですよー」


 実は二人組で、店員ぼくの視界から掛け時計をさえぎるように立ち、そのあいだにさっと持っていったのであった。

 どうでもいいけどおじいちゃんの趣味としてはどうなの。たしかアイドルなんちゃらとかいうやつのキャラで、おたくさんご用達感ましましのすごいやつなんだけど。どうしてもほしかったのか、家でブヒりたかったのか。何度かふつうにクジ買って、チャレンジしてたもんなぁおじいちゃん。ほしかったんだろうなぁ。


「はあ、まあいいけどな。売れ残ってたやつだし」

「そうそう、在庫処分できたってことで」


 店長、じろっとにらみつけてくる。びくびく。


「だ、だいたい、朝ってぼくひとりじゃないですか。なかなかそんな見てられないですよ」

「喋り方、どうにかならないか」


 おお、急に話変えてきた。

 おりにふれて聞かされる喋り方直せ話。しかし長年の習慣ってのは簡単には抜けないのです。


「無理っす」

「はあ、顔はいいのにいろいろ残念だな、お前は」


 といって店長は事務所にいってしまった。

 残されたかわいそうなぼくは黙々とレジうちをするのでした。




「ということがあったのです」


 休日。高校のころの部活の先輩で、ぼっちなぼくのゆいいつな喋り相手のマンションにもぐりこんだ。

 先輩はすらっとした美人さんで、鼻も目も輪郭もなんかしゅっとしててきれいだ。スタイルもすごくいい。ただひとつ難点をあげるなら、胸元がさみしいというところか。

 ああ、もうひとつあれなのが、部屋着がやばい。いまだに高校のころのジャージを着ている。ギャップ萌えっていえば言葉はいいけど、単純に落差が激しいんだろうなぁ。仕事いくときのスーツ姿はかっこいいから。


「ふむ、なるほど。それは大変に興味深い話だね、君」

「ですよねー」


 よっちゃんイカ連続あたり事件についての概要を話しおえたぼく。先輩は人をだめにしそうなソファにゆったりと座っている。

 先輩の部屋は、まずは本棚が大きい。壁の一面にびっしりと本がつまっていて、中身もすごく雑然としている。中世ヨーロッパの騎士の服装とか、どのタイミングで必要になるんだろう。

 本棚以外は、わりとふつうで、ソファがあってテーブルがあって、そこそこ大きなテレビと、ノートパソコンが置いてある机があるくらい。鮮やかな青色のカーテンは波のもようで、けっこう先輩のイメージとあっている。


「なんだ、本でも借りたいのか。ではこの脳科学の本でも」

「いらないです」


 即座にことわるぼく。読める気がすこしもしない。

 先輩はソファから少し身を起こして、話しはじめた。


「さて、あたりがわかる、という話はたびたび世に出てくるものだが、君はいくつ聞いたことがあるかな」

「え?」

「たとえば駄菓子屋のおかしなどは、店舗が業者から買いつけるさいに、あたり箱、はずれ箱、と別れているそうだよ。そして店に出す段階で、店主が自由に混ぜるそうだ。客が少なくなれば、あたりを増やして客を呼ぶ。客が増えればあたりを減らして利益を増やす。その周期がわかれば、あたりをひきやすくなるわけだ」


 うわぁ、なにそれすごいの聞いちゃった。

 きらきらとした瞳をした子どもたちが、あたりを期待しておかしを買ってみても、そこには大人の思惑が絡んでくるという闇。非常に深い。


「さらに、これはトレーディングカードゲームの話ではあるが、レアカードがふくまれている袋と、ノーマルカードしか入っていない袋を作る工場は別という話もある。貴重なものには特別な加工がされてあることが多いからね。よって袋には、工場による差から産まれるわずかな違いがあるそうだ。印字のずれ、切り口の位置、袋の端のぎざぎざ、その特徴を知っていれば、必ずレアカードをあてられるというわけだ」


 トレーディングカードゲームはやってないけれど、いやぁ、なるほど。工場が違うってのはすごい。同じ箱に入ってるんだからてっきり同じかと思っていたけど、そうとも限らないのか。

 そういえば、コンビニで電子はかりを使っていたひとがいた。パックをひと袋ずつはかりに置いて、重さをはかる。もしかしたらあれも、レアカードとノーマルカードで重さが違うから、レアカードが特定できるのかもしれない。


「このように、あたりを見つける方法、というのはあるかもしれないね」

「うんうん」

「ただ」


 ん?


「インターネットの普及した情報化社会において、このような不正行為がいつまでも続けられるとは思えない。自浄作用という言葉があるね。不正や犯罪行為は、時期の上下こそありつつも、修正されて摘発されるものなのさ」

「あー、インターネットですぐ拡散されちゃうから、作る側が修正して、すぐにそういうことができなくなるってことなんですね」

「そういうことだ」


 よくそんなこと知ってるなぁ、さすがは先輩。

 しかし、肝心のよっちゃんイカのことはわからず。


「じゃあ、よっちゃんイカの話は、どうなんでしょう」

「ふふん、実はこれ、非常に簡単な問題なのだ」

「え、そうなんです?」


 な、なんと先輩、よっちゃんイカのあたりがなぜわかったのかがわかったっぽい。


「論理的思考、いわゆるロジカルシンキングによって、困難は分割され、問題は単純化されるものさ。君も少しはものを考えるくせをつけておくことだよ。あって困るものではないからね」


 さすが先輩。とても頭がよさそうだ。というか頭いい。

 というのも、先輩は大変な読書家だ。高校の部活は文芸部だったんだけど、ぼくがせいぜいラノベを読んでるところで、先輩はいろいろな本を読んでいた。新書やビジネス書、歴史小説やミステリー、なんかむずかしそうな文学なんちゃら本も読んでいた。漢字がいっぱいあると頭がくらくらする民のぼくとしては理解のできない生き物です。


「わたしは常々思っていた、君を啓蒙したいと」

「け、けいもう」

「教え導くこと。本来的によき知識を身につけ、知恵ある者としてより素晴しい人生を歩んでもらいたいのさ。君はかわいい後輩くんであることだしね」

「い、いやぁ、ちょっとそれは」

「なんならいくつか本を貸そう。そうだね論理的思考力を磨くということでビジネス書や数学の本をだな。マッキンゼー式ロジカルシンキングはなかなかわかりやすいぞ」

「けっこうです」

「冗談だ」


 髪をかきあげほんのり笑う。うむむ、おちょくられてるなぁ。

 一息つこう。

 ということで先輩の住んでるマンションにいく前にコンビニで買ったタピオカミルクティー、どーん。ストローをぷすっとさして、くぴくぴ、ごっくん。このつぶつぶがおいしいんだよね。


「それにしても君、結婚はしないのか」

「ぶふぅ!」


 つぶつぶが飛んでいった。

 先輩の残念高校ジャージに、ぴたり。


「す、すいませんごめんなさい!」


 先輩はなにくわぬ顔で、ほっそりとした指先でタピオカをつまみ、それを口に運んだ。

 てか食べるんじゃない、ひとの吐き出したものを!


「そこまで驚くようなことかい? 君もいい歳だろう」


 タピオカ食べた先輩は平然としている。な、なぜだ。

 ぐぬぬ、ハンカチでテーブルをふくことで精神を安定させる作戦だ。

 よし落ち着いてきた。ええと、うーん、結婚か。いいかよく聞け、結婚てのはな。


「相手いないとできないじゃないですか。というより先輩だってしてないじゃないですか」

「わたしはいいのさ、仕事に生きている」

「はあ」

「なんならわたしとするか?」


 会話とまる。ぼく硬直。

 先輩にっこり。楽しそうだなこいつ。


「なーに、家事さえしてくれればいい。君はいまのままでいてくれればいいんだ」

「いやいや、物理的に、ないっす」

「おや、いい考えだと思ったんだがね」


 このひとほんとぼくをからかうのが好きだなぁ。なつかしい。高校のころもよくわからん絡みをされたものだ。部室の机のうえにみかんがあったからなにげなくとってみたら、中身がなくて皮だけだったりして、すごくびっくり。してるぼくを見てにやにやする先輩。きっと魂に刻まれてるんだ、びっくりさせたい欲求が。

 というか話戻すと。


「てかイカちゃんの話です。教えてくださーい」

「ふむ。思い出してしまったか」


 なんなのもぅ、はー。


「しかしなぁ、あまりにも簡単な話であるし、考えればわかることなんだが」

「ぼくはわからないんですよ!」

「君はあいかわらず口調が幼いね。もういい歳なのだから、もっと社会人としての自覚を持った言葉遣いをするべきだよ」

「いやぁ、先輩もプラチナおかしいですけどね」


 先輩、ひと息ついて、立ち上がり、スマホをすちゃ。


「わかった、こうしよう。いまだにガラパコス携帯を使っている君に、ひとつメールを送ろう。これは、よっちゃんイカ連続あたり事件における、問題を整理したものだ。ほぼ答えみたいなものだから、これを見ればすぐにわかるはずだ」

「おお! あ、でも答えは教えてくれないんですね」

「問題というものは、考える過程が一番おもしろいものさ。君にもぜひ楽しんでほしい」




 先輩のマンションから立ち去り、ひとりさみしく実家に帰るぼく。

 まったくもう、わからないから教えてほしいのに、ままならないものだ。

 というか最初はべつにそういうつもりもなく、単純に変な人がきたよ、という話のつもりだったのに、なぜか大きく膨らんでいったもよう。

 ああ、そうだメールメール、確認しよう。




 ―――――――――――


 送り主 先輩

 件名 よっちゃんイカ連続あたり事件の整理


 本文

 さて、親愛なる後輩くん。

 このたびは不肖ながら、このわたしが問題を整理させてもらう。

 ミステリーにおいての謎、解き明かさなければならないこと。

 それはみっつある。

 ひとつ。犯人の特定。

 ふたつ。仕掛けの特定。

 みっつ。動機の特定。

 今回の「よっちゃんイカ連続あたり事件」において、犯人は特定されている。

 君が話していた、よっちゃんイカのあたりを持ってきた人物だ。

 よって、君が考えなければならないことはふたつ。

 どのようにして、あたりを特定したのか。

 なぜ、あたりを持ってきたのか。

 わたしが君の話を聞いてまず疑問に思ったのは、なぜ彼は「よっちゃんイカのあたりがわかる」ということを君に話したのか、だった。

 もし君が宝くじのあたりクジが特定できる方法を知っていたとして、それを人に喋るだろうか。

 おそらくは、喋らないだろう。ノウハウというのは得てして人に広めるほうが自分が得をする、という実態があったとしても、現実ではノウハウを独占したがる者が多い。

 よって、君が考えなければいけないのは、彼がなせ「よっちゃんイカのあたりがわかる」ということを喋ったのか、なのだ。

 さて、では肝心の「よっちゃんイカのあたりを特定」する方法だ。

 しかしこれにも実は、穴がある。

 彼は本当に、よっちゃんイカのあたりがわかっていたのだろうか。

 彼の行動を振り返ってほしい。

 おそらくはそれで、わかるはずだ。


 わからないかい?

 もし君がわかったと思ったのなら、この続きは読み飛ばしてほしい。

 まだわからないよと思ったのなら、仕方がないので読んでよろしい。




 非常に重要な点だ。

『近頃このあたりでは万引きが増えているそうだね』

『彼はよっちゃんイカを買ったあと、一度店を出ている』




 と、まあ、わたしがいえるのはここまでだ。

 答え合わせを楽しみにしているよ。


 ―――――――――――






 ◯◯◯◯中書き◯◯◯◯


 以下より解決編

 犯人はおっちゃんなので、これから

 おっちゃんの動機

 犯行の手口

 が提示されます。

 推理したいけどまだちょっとふわっとしてるひとは立ち止まって考えてみるのもいいかも。

 ではでは、続きです。


 ◯◯◯◯中書き◯◯◯◯






 よっちゃんイカ連続あたり事件の真相は、けっきょくのところわからなかった。

 家に帰ると考えるのがめんどくさくなったので、本読んだりしているうちにどうでもよくなってしまったのだ。

 そして一週間、そういえばどういうことなんだろうな、と思ったので、先輩の住むマンションへ。


「君にはほんとうに呆れるね」

「すんません、ふひひ」


 手品のタネを明かす瞬間のような、このわくわく感ってのはたのしい。

 というわけで、さあさあ。


「はあ、まあいいけれど。けれどほんとうに、メールに書いたとおりなんだ」

「ええと、問題を整理して、振り返ってみればわかる、ですね」

「そのとおり。すなわち、どのようにして、よっちゃんイカのあたりを特定したのか。なぜ、彼はあたりを持ってきたのか。そのふたつだ」

「うーん、イカのあたりの特定はともかくとして、あたりをひいたらふつう持ってきません?」


 そんなイメージがある。

 けれど実はなにを隠そう、ぼくはあたりをひいても交換はしなかったりする。なんか、こう、恥ずかしいというか、いい歳してるのに100円もしないようなやつをわざわざ交換しにいくなんてみみっちいというか、そういう気がしちゃう。

 あたりはうれしいけどね。

 先輩、じっと見つめてくる。あ、ごめんなさいぼーっとしてました。続きどうぞ。

 こほんと咳払いをしてから、先輩は続ける。


「ふつうならそうだ。しかし彼は、わざわざ自分があたりを特定できることを口にした」

「ああ、メールに書いてありましたね」

「単純に君をからかいたかったのか、話のタネとして話題にしたのか、理由はいろいろ考えられるだろう。しかしわたしは、近頃増えている万引きの話を聞いて、もしかしたら、と思った」

「え、そのひと万引きしてたんです?」


 なんと、よっちゃんイカパクられてたのか!


「違う」


 違った。さーせん。


「彼は君の注目を集中させる役目を持っていた、と考えたのだ。すなわち、ふたり組の万引き犯だったのではないだろうか」

「え、そんな目立つことします? もっとこそこそするもんじゃないでしょうか」

「たしかにそう考えるのは自然だ。注視されながら万引きなどできないからな。ゆえに効果的なのだ。事実、君はあたりがわかると証言をしていた彼をずっと見ていたのではないだろうか」


 思い出してみる。あたりがわかるといわれて、おっちゃんをずっと見ていた。


「そういえばずっと見てました」

「ならば、もう片方の犯人は簡単にことを成せただろう。君がこのあいだ喋っていた、一番クジの掛け時計を万引きされた話と構造は近いのだ。実行犯と、サポート役だ」


 はぁ、なるほどなぁ。最近の万引きってのは凝ってるんだなぁ。


「ええとじゃあ、もうひとつのほうは?」

「あたりを特定する方法か。メールは読んだのだろう?」

「はい。一度外に出たってのが重要なんですよね」

「そこまでわかっていて、なぜわからないのかが理解できない」

「でもだって、選んだよっちゃんイカってことは変わらないじゃないですか」


 たとえば店の中で、いろいろ調べたあと、あたりを特定するってのはなんとなくわかる。

 けれどおっちゃんはちょいちょいっとちら見をして、よっちゃんイカを選んでから、店を出てしまったのだ。

 あたりを特定することとは関係ないと思う。


「いいかい、彼は万引き犯であったのだ。よっちゃんイカのあたりをひきたいわけじゃない」

「ふんふん」

「だからたとえば、すでにあたりを持っていればいいのさ」

「?」


 ぼくのあほな顔がよっぽどだったのか、先輩はふーやれやれとでもいいたげなかんじで、手のひらをうえに向けて、顔をふった。お前は海外ドラマにでてくる外人か。

 で、ええと、つまり?


「彼はあたりを特定していたわけではなく、そもそもあたりを持っていたんだよ。そして店の外に出たあとで、それをとりだし、まるでいま買ってきたよっちゃんイカのあたりかのように、元々もっていたあたりを出した、ということだ」


 うわぁ、はぁ、なるほど。

 べつにあたりを特定する必要はなかったのね。


「すなわち、真相はこうだ。彼らは万引きの常習犯で、店員の目をごまかすためによっちゃんイカを利用した。おそらくよっちゃんイカを大量に買い、あたりを複数集めたのだろう。いわゆる子ども向けの駄菓子だ、箱で買ってもそれほど高くはない。それによって君の目をごまかし、高価なイヤホンや充電器、化粧品でもかまわないな。それらを大量に盗み、転売することで生計を立てたのだろう」

「え、てことはうちの店やばいじゃないですか」

「そうだな。あとで確認してみるといい」

「ひぇえええ」


 ただのよっちゃんイカあてられる変なおっちゃんの話から、ずいぶん犯罪な話に変わってしまった。

 てかそんな盗まれたら店の経営がかたむいちゃうよ。

 どうしよう、バイト首になっちゃわないかな。

 店がつぶれちゃったらどうしようもないよぅ。


「んふふ、心配しているな」

「へ?」


 先輩、こっちにきて、後ろからぼくをぎゅー。

 抱き締められてしまった。


「なに、店がつぶれてしまったとしても、わたしが養ってやる。結婚すればいいのさ」

「いや、だから、物理的にむりですよ、女同士で」

「女と自覚しているのなら、口調を改めるべきだな。ぼくって一人称は治らないのかい?」

「いやぁ、はい」

「ふむ。しかしあいかわらず大きい胸だ」


 もみもみされる。

 ちょっと、先輩!


「こちらに栄養が奪われていて、頭脳の成熟が阻害でもされたのだろうか」

「失礼ですねー。というか先輩と比較したらみんな胸大きいですよ」

「君こそ失礼だな」


 先輩はくすくすと笑いながら、ぽん、とぼくの頭に手をおいて、離れた。

 しかし困った。ほんとうにバイトなくなったら、養ってもらうしかないのかな。

 ちょっぴり、それでもいいかもと思ったのであった。


 おしまい!




















    事件はまだおわっていない。




















 ◯◯◯◯中書き◯◯◯◯


 以下よりほんとの解決編

 上の答えは正しくありません

 これから

 おっちゃんの動機

 犯行の手口

 彼女たちはなぜ間違ってしまったのか

 が提示されます。

 推理したいけど考えるのがめんどくさくなってきたひとはお茶でも飲んで一服するといいかも。

 ではでは、続きです。


 ◯◯◯◯中書き◯◯◯◯

















 ふう、最近はあついなぁ、夏だからしかたがないんだけど。

 首のところに髪がかかると、ますますあつくなるから、今日はうしろでひとまとめにしてる。おお、首に空気があたってすずしいぜ。けどまあコンビニバイトするぶんには室内冷房きいてるからだいじょうぶなんだけどね。

 そしてヒマなバイト中、そういえば防犯カメラの画像をチェックしとこうと思い、事務所のパソコンをいじった。

 だいたい二週間まえだけど、まだ動画は残ってた。マジで万引きされてたらどないしよう、店長に報告しなきゃだけど、これまた怒られるパターンなんじゃ。けれども黙ってるわけにもいかないというジレンマ。ううう、いくぞ、女は度胸だ!

 レジに立ってるぼく。背はまあまあ低くて髪はセミロング、特徴らしい特徴がないのが特徴っていうね。ああ、けれど背筋はしゃきっとしてる。ふっふっふ、毎日バランスボールにのって体幹を鍛えてるからね。

 というわけで、よっちゃんイカのおっちゃんと、数人のお客さま。じっと確認してみたけれど、むむむ。

 万引きされてるようには見えないなぁ。

 高価な商品のところにも近づいてないし、あやしい雰囲気もない。

 何度見返しても、やっぱりふつう。

 ん、どゆことだろう。




「なるほど、万引きではなかったか」


 後日、防犯カメラの話をしようと先輩のところへ。

 だいたい話しおわったあと、先輩は考えるひとになってしまった。

 これはしばらくかかるなぁ、と思ったので、ふかふか水色クッションに座りなおして、コンビニ袋から飲み物をとりだす。今日は、ブラックタピオカミルクティー。ブラックかそうじゃないかでそんなにタピオカの味が違うようにはかんじられないけど、たぶんコクとかが違うはず。

 ストローでタピオカをぷすぷすいじめて遊ぶ。とぅるんとぅるんするわ。

 あ、ようやく先輩が再起動。

 スマホを狂ったかのようにしゅんしゅんさせて、なにかを調べてる。

 くいいるようにスマホを見つめ、突然ぐったりする。だ、だいじょぶか先輩。

 あ、だいじょぶだった。一息ついてる。

 先輩は安楽ソファに座りなおした。そして、まずはと切り出す。


「認知バイアスという言葉を知っているかい、君」


 なんかへんなこといいだした。


「いや、しらないです」

「簡単にいえば、勘違い、思い違い。より正確にいえば論理的な推察の過程を省かれて導きだされた答えとでもいおうか。誤っていることを正しいと思い込み、それを疑問に思わない状態でもある」

「ちょ、ちょっと、わかんないです」

「そうだな、例え話が必要だ。このあいだ話していた、あたりクジを交換するのは普通だ、という勘違いのことについて説明しよう」

「え、いや、だってふつうじゃないですか」

「ならば君に問う。君はあたりクジを交換するかい?」

「ええと、それはものによりますけど」

「たとえばよっちゃんイカならどうだろうか」

「それは、はずかしいので、しないです」

「で、あるならば、君はふつうではないということになってしまうね」


 ふつうではないとはこれいかに。ぼくほど常識と良識をもっているおくゆかしいやつもいないのに。


「実はわたしも交換しない。最近は暑いからね、ガリガリ君という氷菓を買うことがあるんだ。あれもあたりつきでね。つい最近あたりの棒をひいたんだが、喜ばしいとはもちろん思ったが、交換せずにそのままゴミ箱へ捨ててしまったよ」

「ああ、もったいない」

「わたしも君と同じようなものだ。その、なんだ、恥ずかしい」


 先輩が苦笑する。やだかわいい。

 というか、なるほど、先輩もぼくもふつうなんだ。

 あたりのクジを交換する、っていうのは子どもの論理で、だれにでもあてはまることじゃない。なのに、なんとなーく、だれにでもあてはまる、と思ってしまう。

 ふつうだと思ってたことが間違ってる。

 これが認知バイアス。


「常識に囚われる、勘違いに囚われる、不自然さに囚われる。推察が間違っていた最大の原因は、不自然な状況が揃いすぎていたことだ」

「ええと、万引き多かったとか、おっちゃんの雰囲気とか?」

「そのとおり。なにかがおかしい、原因があるはずだ、こういう理由があれば納得だ、と自然と考えてしまう。さて、もうひとつ、例え話をしよう」


 タピオカミルクティー飲みながら、うんうん。


「もし君が、小説の人物だったら」


 ぶふっ。

 あ、あぶないまたタピオカが噴出するところであった。

 先輩がにこにこ笑ってる。てめえこのやろう!

 ぷんすかほほを膨らましてるぼくはかれいにスルーして、先輩は続けた。


「ぼく、という一人称を使う、コンビニで働くフリーター。多くの場合男性を想像するだろうね。ミステリーの世界では手垢がついた性別詐称のトリックだが、入念な準備をすればいまだ活用可能だろう。たいていは、大きな事件を起こすことによって、そちらに意識を向かわせる。いわゆるミスリードだ。今回の話でいえば、それはよっちゃんイカのあたりを連続で見つけることができる男性に、読者の意識を向かわせたのだ」


 な、長え。覚えられるかな。


「最初の大前提が間違っていた場合、そこから先もすべて間違った答えになるだろう。指をさわられた、という描写がされていたときに、君が女性だった場合いかがわしい意味合いをもつことになる。男性ならとくに意味はないだろう。顔がいいという表現なら、女性ならかわいらしいうつくしいという意味になるし、男性なら格好がいいしっかりしている、などだね。ライトノベルが好きだというのも、女性ならコバルト文庫の本になるだろうし、男性なら電撃文庫の本になるだろう。わたしからいいよられた場合も、同性なら冗談のようになるし、男性ならあるいは強烈なアプローチという意味になる。海外ドラマはどうだろうか、女性ならセックスアンドザシティ、男性ならプリズンブレイクを見てそうな印象になるのだろうか、あまり詳しくないのでね、イメージだ」


 わ、わかってますよ、きっと、たぶん、なんとなく、はい。


「前提が間違っていれば、推察に意味がなくなる。推察の過程が正しくとも、答えが間違いになってしまうのだから。君が小説の視点人物だとして、それを男性だと思い込む、その時点でありとあらゆる小説内の表現の意味が変わってしまう。前提が大事だということはこれでわかったね」


 ミルクティーおいしい。

 先輩ため息ついちゃった。すんません長い話苦手なのです。

 先輩、ひとつ手を叩いて、話を戻す。


「さて、よっちゃんイカ連続あたり事件における、前提とはなんだ」

「ええと、ええと」

「それは、よっちゃんイカのあたりを判別することができるかどうかだ。われわれは、原則として判別することはできない、という結論に至ったが、これが誤りであった。この部分にわたしと君は認知バイアスがかかっていた」


 もーよーわからんから黙って聞いてますよ。

 先輩もあきらめた。やーい。


「このあいだ、自浄作用、という言葉を使ったことは覚えているかな。インターネットの普及した、この情報化社会では、簡単な不正は暴かれ、そして修正される」


 テーブル、どん!

 と叩かれてびっくり。な、なに?


「この前提が間違っていたとしたら、どうだろう」

「え、ええと?」

「ここで話は確信に至る。すなわち、よっちゃんイカのあたりを判別する方法があるかどうか、まずはそれを調べるべきだったのだ」


 あー、そうですねそういえば。

 いやでもぼく確認したけどわかりそうになかったよ。


「見てみたまえ」


 先輩、スマホの画面をぼくに見せる。

 うわっ。

 ネットにいっぱいよっちゃんイカのあたり判別法がのってるじゃないか!

 なになに、カットよっちゃん、と書いてある表のパッケージのところから見て、切り口がカットの字の「ト」より右なら、あたり。ふむふむ。

 うわすごい簡単じゃん!


「おそらく、コストの問題もあるのだろう。ほんとうは直してしまいたいと経営者が考えていたとしても、それが利益にならなければ、なかなかにむずかしいからな。あるいは、問題意識すらないのかもしれない。よっちゃんイカはあくまで安価な駄菓子にすぎない。時として数万単位で取引がなされるトレーディングカードゲームとは事情が異なるのだ」


 ああ、たしかに。

 カードゲームはトランプだけでけっこうです。


「今回の事件において、解き明かされなければならないことはふたつ。すなわち、仕掛けと動機だ」


 うんうん、整理されてきた。

 よっちゃんイカのあたりはわかる。じゃあええと、残りは。


「仕掛けについてはわかったね。ならばあとはひとつ、動機だ」


 動機、動機、うーん。


「わからないかい?」

「よっちゃんイカが食べたかったから?」

「それももちろんあるだろう。しかし肝心の、なぜ君にあたりがわかることを喋ったのだろうか。もうすでに答えは導きだされているだろう?」

「ええと、そのぅ」


 ないです。

 先輩、かれいに立ち上がって、火急てきすみやかに接近、これは危険だ!

 こぶしで頭をぐりぐりされるぅ!


「ここにはなにが詰まってるんだ、タピオカか!」


 ちがいます脳ミソちゃんとつまってますやめて!

 はあ、はあ、ふう。

 ああ痛かった。ほんとにやめてほしいこういうの。


「さっさと答えおしえてくださいよー」


 考えるのめんどくさいのではよ。

 あ、すんませんごめんなさい。

 先輩、たっぷり間を作ってから、ぼそっという。


「からかいたかったのさ、君を」


 わたしが君にするように、なんておまけの言葉も聞こえたような、いや気のせいだろう。


「あとはまあ単純に、若い女性に話しかけたがる中年男性は多いだろうね。ただの話のネタってことさ」

「はあ、まあ、そういうのはあるかもですね」

「現実ではミステリーのようにはならない、ということがよくわかったよ」


 考えすぎるってもの考えものですね、ふはは。

 ぼくだったら先輩みたいにはならないぜ。


「さて、長々と喋っていてお腹が空いたよ。どこかへ食べにいかないか。わたしが奢るよ」

「わーい、ぼくパスタがいいー」

「わかったわかった、じゃあそうしよう」


 てきぱきと準備をする先輩の背中をぼんやり眺める。

 世の中はふくざつなようで単純で、やっぱりちょっぴりふくざつなのかも。

 それよりもパスタだパスタ。オリーブオイルにバジルとチーズ、にんにくなんかも入ってるジェノベーゼが食べたい。ああぼくもお腹すいてきた。お昼たのしみだなぁ。


 ほんとにおしまい!!




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