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宮廷の皇子

 部屋には皇帝と丞相の二人の他に若い男性や私と同い年位の少年など、計五人の男がいた。身にしている衣服から見るに彼らは王族だと思われる。

 王族だけが纏って良いとされている金色が服の一部分にでもあれば、その人が王族に関わる人間なのだと理解できるのはもはや常識だ。

 もっともそれは勉強をしている人間に限ってであり、王族や国に関わる仕事をしていない人間には知ったことではない常識である。


 そして言ってしまえばそこにいる黒髪の男性、薄茶色の髪の男性、奇妙な狐の面をつけた銀髪の少年、金髪の青年、赤茶色の髪の青年と、この五人は皇帝の子供、つまり皇子達だった。

 あまり姿を見たことがないので確実ではないが、噂に聞いている特徴を思い起こす限りそれ以外には考えられない。


 いいや推、そんなことよりもだ。

 像を壊したのはわざとではなかったけれど、やっぱりあのまま何も報告せずに隠したのはまずかった。弁償として借金を背負うならばまだ命は保証されるが、不敬罪や隠蔽罪とかで鞭打ちの刑や最悪は打ち首で死刑になってしまうかもしれないのに。

 指先は相変わらずプルプルと震えている。


「お前は占いが出来ると聞いたが、誠か」


 けれど床にへばりつく私へ掛けられたのはそんな言葉だった。


 うらないが、できるときいたが、まことか?


 今そう言われたような気がするが間違ってはいないだろうか。

 てっきり像を壊したことについて聞かれるのかと思っていたのに何故そんなことを、この数多の国を治めている大王様、皇帝に聞かれているのだろう。

 おかしい、実におかしい状況である。

 それに今はとにかくハイ、かイイエで答えなければいけない。できるかできないかと言われればと、震えた声で「はい、できます」と答えると、ならば良いと言われ、像の次に見せられたのは文字が書かれたしわくちゃの紙だった。侍従の人が私の目の前に来て、これでもかという近さで見せてくる。


 よく見て見ると紙には【大鳥の翼を折るのは容易い】と書いてあった。鳥は王族の紋章に使われていて、中でも大鳥と言うのは皇帝を差す言葉でもある。その大鳥の翼を折ると書いてあるということはつまり、皇帝を侮辱していると言えるし、なぜこんなものを私に……。


「損壊した罰としてこれを犯した者を、その占いとやらで見つけ出せ。役に立つことができない場合には、それ相応の処罰が待っていると心得よ」

「え……」


 え、と言った私を侍従の人が口元に人差し指を作って物凄い形相で見てくる。

 はい、すみません。

 と口をおさえる。


 しかし占いとはそういう物ではない。

 探し物を見つけることができる便利なものじゃない。

 そんなことが出来ればお宝とか賞金首の居所とかお金になる何かをとっくに見つけて、こんなところで薄汚れた衣服を着て働いてなんかいない。

 そもそもなんで私が占いが出来ると知っているのか……風の噂で耳にでもしたのだろううか。

 皇帝が?


「……」


 侍従が台に乗せている像を横目で確認する。


 占いについて言いたいことは山ほどあるが、命令された時点で何を言おうと皇帝の言葉を覆すことはできないし、一介の文官、しかも十三歳の文官見習いの意見など無いにも等しい。


 とにもかくにもこの場で殺されないだけマシである。


「期限は三日とする。このことは他言無用とするように」


 これで終わり、と侍従たちに肩を掴まれてまたもやポイッと部屋から出される。いたいけな女の子に対してまるでゴミのような扱いだ。


 絶望に打ちひしがれた私はトボトボと重い足を無理やり動かして、元の掃除場に戻っていった。







 掃除が終わる頃、筆が足りないと上官に言われたので倉庫まで取りに行こうと宮廷の庭の横を急ぎ足で歩いた。


『推ちゃん丞相に呼ばれたってきいたけど大丈夫!?』


 あのあと持ち場に戻ってからは年下の十歳の同僚に大丈夫かと心配された。

 私より幼い彼女とは見習い文官という位置から出世を競いあう好敵手であり、同時に凄く心強い味方なのですぐに話してしまいそうになったがなんとか耐えた。

 上官は何か下手なことをしでかしたのではないだろうなと詰め寄ってきてしつこかったし、誰にも言えないということで何だか余計に気疲れしてしまう。




「掃除ばかりで――これでは打ち首だろうに」


 砂利道に差し掛かった所で、打ち首、という言葉に足を止めた。


 背丈は私と変わらないくらいの狐面の銀髪の少年が、先の曲がり角に立っていた。少年と言っても狐の面をしているので少女かもしれないが、この子の容姿には見覚えがあった。昼頃に呼び出された広間にいた、皇子の中の一人だ。


 すぐさま頭を伏せて道の端に寄った。

 打ち首なんて独り言にしてはなんて物騒な。

 今のは聞かなかったことにしよう。


「占いでどうにかなる話じゃない」


 まったく通り過ぎる気配もないので不思議に思っていると、頭上から声がした。

 占いでどうにかなる話じゃない、何て、私に話をかけているみたいではないか。

 恐る恐る上体を上げていくと、狐の面が真正面に現れる。


「ぶっ」

「さっきからお前に話かけているんだけど、鈍くないか」


 急に近づいて来られたのでびっくりして吹き出す。

 衣服からのぞく細い四肢からは、想像も出来ないくらいに芯のしっかりした声色だった。

 艶の良い銀髪が風に靡いて夕日色に染まり、結わえていない髪がさらさらと肩の上で揺れていた。


 お前にと言うが皇子自ら私に何用かと考えていると、それが顔に出ていたのか溜め息をつかれる。


「あの紙について知っていることを教えてやろうと思ったのに、そうか、なら良い」

「え、まっ、待ってくださいい!」


 もったいぶるように後ろを向いたので大声を上げて慌てて引き留める。


 一日中掃除をしていて考えなかったわけではない。皇帝に言われたことをずっと頭の中で繰り返していたが、占いで犯人探しなどやったことがないし、頼まれたこともない。他言無用では誰かに聞くこともできないし、正直行き詰まっていた。年下で、唯一の同僚でもある女の子に相談することもできない。

 あと三日の命だと思うと諦めが脳裏に過ぎるが、弟が自分でお金を稼げるようになるまでは死んでも死にきれないし、それにまだじい様に仕送りも満足にできていない。


「教えてください! なんでもいいんです!! 死んでも死にきれないんです!! やっぱり私打ち首なんですか?!」


 打ち首なんて嫌だ。


 何回も頭を下げる私を憐れんでか、やめろと肩を掴まれる。

 この銀髪の皇子、確か劉楼(リュロウ)という名前だったと思い出した。

 黒でもなく赤みがかった色でもなく色素が薄いわけでもない、透明感のある美しい銀髪。宮廷内で姿がお披露目された時はあやかしの子だと騒がれたらしいが、狐の面から覗く瞳が金に近い色味なところを見ると当時の反応もあながち大袈裟ではないだろうと感じた。

 不気味な容姿なため顔を狐の面で隠しているというのは有名な話である。


「他にも何人かお前のように命令を受けた者がいる」

 

 他にも?

 私の他に犯人探しを頼まれた人間がいるということに、なんだか拍子抜けをした。

 そりゃそうだ。

 あんな出来事を十三そこらの娘にすべて任せるなんて正気ではない。


「兄達はこぞって自分の手柄にするために、協力者としてその者達についている」


 お前で四人目だよ、と指を差された。 


「皇帝に恩を売っておいて悪いことはない」


 兄弟が権力争いをするというのはこの世界の歴史上なんら不思議ではないが、この少年までもがそれに加わるというのは些か不敏な気もする。人のことを言えた状態ではない私が気にすることでもないけれども。

 しかし五人兄弟の長男である東宮、杏橦様が次の皇帝になるのは変わらないはずなので、手柄でどうにかなる地位ではないはずだ。

 不審な目で見つめる私をどうこう言いくるめる気はないのか、皇子は着いてこいと私の手をすくい取り踵を返した。


 この皇子、私が下っ端中の下っ端で子供とはいえ女の類いであることを分かっているのだろうか。

 皇子が下仕えの女子の手をひいているなんて外聞が悪いので、スッと手を離し歩幅は変えずに着いていく。


 それに対して皇子は気にした様子もなく、目的の場所に着くまで淡々と歩いていった。


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