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変身英雄  作者: 白烏黒兎
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第六.五章 振り返り

短かくなってしまったので、その内前回と合わせます。

「まずは一番初めの“起動”からだね。感想はあの時聞いたから、あの時何が起こっていたかの確認をしよう」

 動画が再生される。

『……システム、戦闘モードへ移行します』

 聞こえるのは小夜の声だ。

 真澄が画面の隅で何かを操作した直後、変化は起きた。

 鎧男、“装骨”の全身。

 鎧と鎧の僅かな隙間から見える淡い光。

 それはエネルギーライン。

 保護スーツの表面を血管の様に巡り、全身に動力を届ける証だ。

 腰のバッテリーから指先、爪先まで廻った動力は終には頭部まで到達する。

 動力が届いた事の証明として、バイザーに光が灯る。

 この一連の流れが“装骨”の起動の証明という訳だが。

 ……うーむ、まるでヒーローみたいだ。

 米国などの洋画や特撮にありそうな演出だ。

 隣にいる設計者は鼻息荒くして画面を凝視していた。

「――おっと、興奮している場合じゃなかった。君に見て欲しい物があるんだった」

 彼女は何かを思い出すと動画を一時停止する。

 そのまま足元からノートPCを取り出し、操作する。

 するとテレビ画面に新たな枠が表示された。

 曲線と数字で表されたそれはグラフだ。

 始めは下方にあった曲線が、一点を境に急激に上昇している。

 尋常ではない角度で急上昇した曲線は、これまた一点を境にほぼ真下に下落する。

 まるでジェットコースターのようだ。

「起動時の君の脳内をグラフ化したものだ。解り易さを重視して大分簡素にしてあるけれどね」

 白衣の胸ポケットから取り出したレーザーポインタで示す。

「これは脳内分泌とか脳波とか小難しい事じゃなくて。君の興奮度合いを表したものだ」

 レーザーが指し示すのは上昇する線、つまり起動時の時だった。

「問題はここだ。“装骨”が君の因子に活性化を促した辺りだね。この瞬間から君の脳内は割りとトンデモないことになっていたんだよ」

「トンデモない? どういうことです?」

 起動時の事を思い出す。

 あの万能感は危険な兆候であったのか。

「簡単に言うと、β-エンドルフィンやドーパミンといった脳内麻薬が過剰分泌されている状態。それも廃人になるレベルでね」

 予想以上にトンデモなかった。

「更に因子の活性化による肉体強化も予想以上でね。昔見た肉体強化系の能力者と同じぐらいだったかな。あの状態だったら冗談抜きで徒手空拳で魔物と戦えただろうね」

 気が付かないうちに危険な橋を渡っていたらしい。

 次に指し示したのは下降する線だ。

「でも、ココ。君が返事を返した時だ。ボロボロな脳の“再生”が始まって正常値に戻ると同時に、因子の活性化も肉体の強化も想定値に収まっているんだよ」

「そういえば、あの後に万能感は感じませんでしたね」

「その万能感は中毒によるものだろう。……君が“再生者”で良かったと思うよ。もし他の能力だったらと思うと……ね」

 廃人が一人生まれていたわけだ。

 顔を青くしている辺り、あの出来事は本当に予想外だったのだろう。

「榎戸様に救われましたね」

 お茶を手元に茶菓子をつまむメイド。

 時折、彼女の“分け身”が周囲を忙しなく動き回る中、一人だけのんびりとお茶を啜る姿は何だかシュールだ。

「本当にそうだね。でも、非能力者との実験結果が違うって知れただけでも大きい。おかげで因子への干渉について新たな情報を得る事ができた。これだけの結果でも一財産だ」

 一息ついて喉を潤す。

「次回までに直す部分は多いけど、確実に修正する事の一つだね。よし、次行こうか」

 動画を操作して次の実験まで送る。

「次は“歩行”だね」

 動画の“装骨”が歩く姿が映っている。

 見ているうちにカメラの視界から消えていく。

 肩で風を切りながら悠々と歩く姿はさながらヒーローだ。

『お嬢様の夢が、こうして現実に動く姿はなんだか感動しますね。……お嬢様?』

『――今すぐ駆動系を遠隔で停止して! 勝手に動いている!』

 問題は装着者の意思を無視していることだが。

「あれは初っ端から痛かったですね……」

「センサーが誤作動するとはねぇ」

 カタカタと慌しく機器を操作する音が聞こえる。

 暫しの間を置いて何か硬い物が倒れる音が響いた。

 もちろん“装骨”が倒れた音だ。

「両足の骨が複雑骨折していましたからね。痛みで喋れなくなるなんて久しぶりでした」

「随分あっさり言うね……。でも、スーツが勝手に動くって、平成2作目の映画を思い出したよ」

「ああ、それ俺も思いました。こういう状態だったんだなって、疑似体験したみたいで少し嬉しかったですよ」

「こうして見ると、アレを封印したのは英断だって再確認するよ。強力ではあるけれど非人道的過ぎるもんね。それに次の“走行”だって――」

 真澄と二人で笑いあう。

「……二人ともどれだけあのシリーズが好きなんですか」

 ドン引きするメイドの呟きは二人には届かなかった。


          ●


「いや、お疲れ様。これにて振り返りはお終い。君の意見は参考になったよ」

 気が付けば深夜を回る時間。

 食事やトイレなど休憩をこまめに入れていたが、流石に疲れた。

「演算もまだ掛かるみたいだし、何か質問ある?」

 感想をノートPCに纏めながら彼女は言う。

 結果が出るまでの時間潰しではあろうが、結希にとっては丁度良かった。

「えーと、少し失礼な質問だけど良いですか?」

「んー? 別に構わないよ。今の下着の色? それともスリーサイズ? それは少し恥ずかしいかな」

 少しオープン過ぎやしないだろうか。

「何でそう変態チックなチョイスなんですか……。あのですね、起動の時に“解析”の能力でああなるって解らなかったんですか?」

 失礼な質問ではあるだろう。

 能力を使いこなせないというのは能力者にとって侮蔑の意味に近いからだ。

 だが、彼女はクスクスと笑う。

「ああ、そのことか。よく勘違いされるから、気にしなくていいよ」

「勘違い?」

「うん。“解析”って実はそこまで便利じゃないんだよ。現状でも十分過ぎるけれどね」

 腕を伸ばし、軽いストレッチをしながら彼女は言う。

「私が“解析”っていうのは今起こっている事象の観測だよ。例えば、砂時計を視たとして解るのは、その時点で上下の管にそれぞれ砂が何粒あるかっていうのは解るよ。だけど、その数秒後に砂がどれだけ変動するかは解らないんだ。リアルタイムで視れば解るけれどね」

 良くも悪くも計測機器としての範囲なんだ、と彼女は言う。

「それに判るからって、全部が全部を理解できる訳じゃないし」

「――? どういうことです?」

 彼女はポケットから取り出したメモ帳に何かを書き込む。

「例えるならコレ。解る?」

 メモ帳に書かれていたのは、H-O-Hという文字。

 一瞬戸惑ったが、その文字について頭の中に知識はある。

「水分子……の構造式、ですよね」

「まぁ簡単だよね」

 答えは正しかったのか、彼女はまたもメモ帳に記入する。

「じゃあこれは?」

 そこに書かれている文字、それはH2Oだった。

「それも水分子ですよね? 化学式になっただけで」

「つまりはこういう事だよ」

 答えは出たと完結する彼女に対して浮かぶのは?マークだけだ。

「もう少し詳しく言うとね。この二つの式を小学生……いや、幼稚園児に見せたとして理解できると思う?」

「水分子という事は理解はできないんじゃないですかね。意味不明の文字列か何かとしか……ってそういうことですか」

 彼女が何を言いたいのか解った。

 確かに知ることはできても、理解する事は難しいだろう。

「そう。私は事象を知る事が出来るだけ、それが何を意味するかを理解していなければただの文字列なんだよ」

「つまりは勉強が必要なんですか」

 凄い能力ではあるが使いこなすためには、幅広いジャンルを深く学ぶ必要があるという訳だ。

「実際に確認できる分、覚えるのは楽なんだけれどね。でも、因子に関しては混沌としているというか、少なくとも世界中に存在する数式に当てはまらない法則ばっかりなんだよね。これじゃ因子が異世界から来たって言われても納得できそうだ。……ふぁ――」

 欠伸を一つ。

 日中の試験と時間も深夜ということもあって眠気が襲ってきたのだろう。

「今日はこれで解散としようか。付き合ってくれてありがとう。今から寮に戻るのも面倒だろう? 使ってない部屋があるから布団を用意しようか?」

「いえ、戻って借りたDVDの続きを観ようと思います。お疲れ様でしたー」

 無防備にも程がある発言を流してその場を立つ。

 動き回っている小夜の“分け身”の一人に挨拶し、部屋を出ようとすると真澄が声を掛けてきた。

「あ、そうそう。暫く実験場の予約が一杯でね、次の起動試験は3日後だからその間は自由行動で大丈夫だから」

「予約が一杯? 何かあるんですか?」

「さあ? 何でだろうね?」

 さっぱり分からないと二人で頭を捻る。

「はぁ、新入生の榎戸様はともかく、お嬢様は知っていてしかるべきでしょうに」

 呆れた顔をした小夜が二人に告げる。

「この学園島で年に一度の目玉イベントですよ。この興行での収入は学園行事でありながら億単位にも上るというのに……」

「あー、もうそんな時期か。去年は特許取得の実績作りに忙しかったから忘れてたよ」

 真澄は納得するが、結希自身は想像もつかない。

「え? 何なんですか?」

「あー、アレだよ。昔の漫画で言う“学園異能バトル物”のお約束ってやつだね」

「“武島祭”が近いですからね。参加者の調整で実験場の予約が一杯なんでしょう」

「まぁ誰が一番強いか決めようっていう祭りだけどね。まるでゲームやアニメみたいな勝負が見られるから人気は高いみたいだよ? チケットなんて即日完売らしいし」

 漫画や小説といった娯楽は今も幼い頃も好きだ。

 狂人達から救出された後も様々なジャンルを読んだので“武島祭”のイメージも付く。

「でも、そうなら今の俺達には関係ないですね。“装骨”の調整も有りますし」

「ん? そんな事はないよ。私の“解析”なら参加者の能力を知れるし、“装骨”に活かせるかもしれないし」

「ちなみにチケットは祭りを通して、観客席の最前列を予備を含め三枚取っていましたので榎戸様も一緒にご覧になられては如何でしょうか?」

 先程の“武島祭”の説明からすれば観客席の最前列というのは貴重な物だろう。

 理由も無いのに断るのは勿体無い。

「構わないのであれば是非」

「ん、ならこの三人で決定だね! ……お父様には諦めてもらおう」

 後半は何を言っているのか聞き取れなかったが、上機嫌な彼女の様子から悪いことではないだろう。

「それじゃ、今度こそお暇させてもらいます。お休みなさい」

「引き止めてゴメンね」

「お疲れ様でした」

 二人に見送られて研究所を出る。

 吐く息は白く、身を切るような風が吹いていた。

「“武島祭”か……。魔物との実戦を経験した連中ばっかりなんだろうな」

 命懸けのやり取り。

 それを経験する者がどれほどの強さを持つのか知りたい。

 学園の実技はコントロール重視であり威力を比べる事は少ない。

 “武島祭”は実戦以外で彼らの本気を見ることが出来る数少ない機会だ。

「宗刀先輩も参加するんだろうな、あの人腕試しとか好きだし」

 好戦的な笑みが脳裏に浮かぶ。

「……陽菜も参加するのかね?」

 あの勝ち気な少女ならありえなくもない。

「ま、見ることも修行って言うし、学べるところはとことん学ぶとしますかね」

 寒さに身を縮こませ、帰路に着いた。

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