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変身英雄  作者: 白烏黒兎
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第五章 測定と羞恥

 時間にして朝八時。

 朝食も済ませて葛城の研究所を尋ねたわけだが。

「急な連絡で御免ね」

「いえ、俺も協力は惜しみませんから」

 と、まあ社交辞令を交わして。

「すぐ準備するからお茶でも飲んで待ってて」

「本日は風詠(かざよみ)堂の風まんじゅうを用意しております」

 と、リビングでお茶と銘菓に舌鼓を打って。

「準備できたからお願い、あと服を脱ぐ準備してね」

「ん?」

 と、予想外な言葉と共にとある個室に通されて、

「ふむふむ、理想的な食生活と運動、睡眠によるものとほぼ同値か」

「んー?」

 全裸で検査台に横になっていた。

 シーツなど隠すものが一切無いのはどうしたものか。

「少し質問良いですかね?」

 真横で、何かしらの情報をPCパーソナルコンピュータに入力している彼女に問う。

「んー? 大丈夫だよ。ていうかこの前みたいに敬語じゃなくていいのに」

「いや、この前は気が動転してましたし。先輩にタメ口はちょっと……」

「まー、君がそれで良いなら構わないけどね。それでどうしたの?」

「何で全裸なんですか?」

「しっかりと測定するためだよ?」

 時々、肩や胸に手を当てては、PCに打ち込んでいた。

 彼女の能力である“解析”は五感全てが検知器となる。

 その一端として見て触れるだけで対象の構成物質まで読み解く事が可能だ。

「本気で測定する時は服やアクセサリーの情報がノイズになってしまうからね」

「俺が言うのも何ですが、動じてませんね」

 仮にも10代の女の子が異性の裸を前に素の状態なのは如何なものか。

「昔から病院(じっか)の検査で手伝いをしていたのもあるけれど、私の能力の前じゃ基本服なんて有って無い様なものだから。というより、君もよく普通に脱いだね」

「施設じゃ一日の大半が裸でしたから」

 服なんて着ていても様々な拷問(じっけん)ですぐボロ雑巾だ。

 おかげで服といえば檻と移動時に着た貫頭衣ぐらいだ。

「あー済まない、変な事思い出させてしまったかな」

「別に気にしていないんで大丈夫です。理由があるなら平気ですし」

 羞恥心という物はあるが、研究所でも老いも若きも男女問わず数え切れない人間に外見どころか中身まで見られているのだ。

 実験や測定といった理由が有るのならばそこまで恥ずかしくない。

「それよりも、ここまでしっかり測る必要があるんですか? “装骨”の下に着る保護スーツのサイズを測るためなんですよね?」

 事前説明の仮想図では上下一体となったツナギ服であった。

 これを強化スーツ“装骨”の下に着込むことにより、間接部など装甲の隙間部分を防護する思想だ。

 更には“装骨”自体の反動を軽減するという意図もある。

「せっかく君専用の服を作るんだから細部まで拘りたいし……それに専用(ワンオフ)って浪漫だよね」

 中々良い笑顔である。

「ついでに、平常時の生体情報(バイタルデータ)の採取って目的もあるんだけれどね」

「そっちの方が重要なんじゃないんですかね?」

 思わず出た突っ込みは、笑って流された。


          ●


 ……暇だな、眠くなってきた。

 身体等のデータ取りという大事な事ではあるが、やっている事はだた寝ているだけ。

 検査台も薄いシーツが敷いてあるだけで少し肌寒い。

 とはいえ、痛みも恐怖も無い分研究所より断然マシではあるが。

「……さて、大体の情報は得たし、あとは変化する部分を測ろうか。少し眩しいよ」

 そういうとペンライトの明かりを目に当ててくる。

 瞳孔の変化を測定しているのだろう。

 医療用のペンライトを所持しているのは、流石医療家系の娘といえよう。

「素人が真似したら危険だからね、自分でやるのは駄目だよ」

「普通の人だったら失明しかねませんしね」

 医療を学んだ者と細胞単位で再生する者。

 その二人だからこそできる測定方ではある。

 手に入れた情報を素早く入力し次に視線を向けたのは、

「さーてと、あとはこっちだね」

 何故、下半身に視線を向けるのか。

「闘争の興奮が性的興奮に繋がるという事もあるだろう?」

「……それと何の関係が?」

「変化すると座りが悪くなるって聞くし、その変化分の計算も欲しいから」

 至って真面目に返された。

 とはいえ、内臓や脳髄を見られるのとどちらがマシか。

「今まで取ったデータから予測とか仮想みたいな事はできませんかね?」

 できる限りの抵抗。

「可能ではあるけど、正確性が足りないね。百聞は一見に如かずって言うし、実際見た方が速いし精確だから」

 無意味であった。

「という訳で、お願い」

 天使の様な笑顔で悪魔の様な事を言われた。

 過去にそういった実験をされた経験は有るが、強制であり自分の意思ではなかった。

 流石に羞恥で顔も赤くなる。

「……申し訳ないんですが思春期の男子にとって極めてデリケートな案件でありまして、少し時間が欲しいというか何というか」

 とにかく時間を稼いで何とか打開策を考えようとしたが、

「ああ、そういえばこういう時、男の子って艶本とか動画が必要なんだっけ?」

 一方的に自己完結しまった上に何を勘違いしたのか、

「そうなると困ってしまうな。今回そういった小道具は用意していなかったからね……そうだっ!」

 嫌な予感しかしない。

 そして、その予感は大当たりだった。

「何しているんです?」

「んー? 準備?」

 まるで当たり前のように白衣を脱いでいるのはどういうことか。

 更に、その下の制服にすら手を掛けているではないか。

「ほら、客観的に見て私の容姿は良い方だろう? 体つきも大分女らしくはあるし、男子のそういう対象にはなると思うのだが。肌を晒すのは流石に少し恥ずかしいが、協力者である君にはできる事は何でも協力する心算ではあるからね」

 そう答えつつも手は止まらない。

 胸の辺りに下着らしきものすら見えている。

 慌てて後ろに寝返って視界から外す。

「いやいやいや! それはおかしいですからね! うら若き乙女がそんな事してはいけないと思います!!」

「……私は対象外かい?」

 必死の弁解をするが、彼女には上手く伝わらない。

「そうなると幼い体型でないと駄目か? それとも更に成熟してないと? はっ!! まさか、男しょ――」

「――違いますからね!!」

 否定しないととんでもない勘違いをされそうだ。

 といってもこの状況をどうするか。

「しかし、計測できないと設計上困ってしまう訳で。……ふむ、脳内の反応からして私の身体でも大丈夫であるみたいだし、ここは一つ“押して駄目なら更に押せ”って事で。他にも計測する場所はいっぱい有るし手早く行こうか」

「ちょ、ちょっと待って――っ!?」

 果たして計測することはできたが、何か大切なものを失った気がする。

「全体的に見れば平均的だが一部は上回っている、と。男の子としては嬉しい事なんだっけ?」

「もう勘弁してください……」

 悪夢なのは、この検査が今後定期的に行うということか。

 葛城はPCに情報を打ち込んだ後、部屋を出て行った。

 保護スーツ製作の準備と言っていたか。

「……災難だったな」

 学生服の袖に腕を通す。

 しっかりと型が分かる感覚は、かつての貫頭衣に比べると心強い。

 冷気が布から染み込んでくることも、異臭がすることも無い。

 あのペラペラな布一枚だった頃に比べれば随分人間的だ。

「自由になってからまだ一年程度なのにな。いや、もう一年かな」

 着衣だけでこれほど感慨深いのは久々に精密検査をしたからか。

「昨日の夢といい、最近何か変だな」

 ここまで神経が細かったかと苦笑する。

「むしろ、やっと目的に進めるようになったからかね」

 無意識の内に自身の記憶を掘り起こすのは現状の再確認か。

 服を着込み、一息ついていると部屋の扉がノックされる。

「はいどうぞー」

「失礼いたします」

 扉を開いたのはメイド服に身を包む御柳小夜だ。

「……測定、お疲れ様です」

 顔を赤くして目を逸らすのは何故なのか。

「えーっと、お嬢様のセクハラについては擁護いたしませんが、品質は保障します。かくいうこの侍女(メイド)服もお嬢様お手製ですが、動きに支障を全く感じません。戦闘などが主な榎戸様にとっても有益ではあるかと」

 時折俺の下半身に視線が向かうのは何故なのか。

 情報管理はどうなっているんですかね。

 じっとりした視線を向けたのは悪くないだろう。

「……コホン、申し訳ありません話が逸れてしまいました。間もなく正午となります、宜しければ昼食はこちらで用意いたしますが、どうなさいますか?」

 壁掛けの時計を見れば二つの針が頂点を指そうとしていた。

「え? もうそんな時間に? あ、じゃあお願いします」

 自覚すると腹から泣き声が聞こえる。

 ここから食堂まではそこそこ距離がある。

 今から歩くのも億劫ではあるし、着いた頃には混雑しているだろう。

 小夜からの提案は渡りに船であった。

「では、後30分程でご用意できますのでリビングにてお待ちください」

「ありがとうございます」

 虚空に消える小夜を横目に移動する。

「大体1話分か、データは有るだろうし時間まで続きを視させてもらうとしますか」

 視聴途中である特撮の続きが気になってしょうがない。

 そう決めると少々気だるげな足取りで歩き出した。


          ●


「あ、良いところでゴメンね」

 昼食を終え、リビングにて特撮ドラマを視聴していると葛城に話しかけられた。

 実際は途中から一緒に視聴していたが、声を掛けてきたのは次回予告が終ったタイミングであった。

 彼女は携帯用PC(ノートパソコン)と幾つかの書類を机に置く。

「悪いんだけれど免許取ってくれない?」

「免許を?」

「うん、バイクのね。それも大型自動二輪車」

 突然の事に困惑していると、PCの画面に何かを表示した。

「これに乗れるようになって貰いたいんだ」

 画面に映っているのは大型バイクの設計図。

 線画もあれば、立体(3D)画像での完成予想図もある。

 全体的なデザインとしてバイク自体の装甲と武器を搭載できる武装棚(ウェポンラック)が特徴的か。

 ご丁寧に武装を乗せた差分も用意していた。

 メタリックなヒーローが乗り回しそうだ。

「まさか、自作したんですか?」

「まーね。大部分は既存のバイクを流用しているけれど、フレームや内部は私の特注品だから強度や馬力に関しては市販品と比べ物にならないよ」

 そのまま、性能(スペック)を表示するが乗り物に詳しくないため理解の外だ。

「しかし、何でこんな物を?」

「ヒーローの支援メカってお約束だよね?」

 何故こんなにも得意気なのか。

「おっと、お約束でもあるが、割と大事な事なんだ。だからそんな目で見ないでくれ」

 少し荒んだ感情が視線に表れたのか、彼女は慌てて弁解する。

「強化スーツ“装骨”は装着者を戦闘系能力者と同等の身体能力に引き上げるのが目的だ。そのため“装骨”自体の機構には因子を活性させる装置と装着者の生命兆候(バイタル・サイン)確認用、外部情報収集用の各種センサー類を組み込むので一杯一杯なんだ。ここまでは良いよね?」

「ええ、それは前にも聞きました」

 初めて出会った時、契約時の際に受けた説明と一緒だ。

「よろしい、そして“装骨”自体も強固だから下位魔物相手なら殴り合いもできる。とはいえ、相手によっては武器が必要だろう?」

「そうですね。打撃が効かなかったり接近自体が危険な魔物に素手は厳しいですね」

 過去に自身を液体化したり、強力な爆炎を放つ魔物が存在した。

 そんな相手に接近戦は危険が過ぎる。

「という事で戦闘に支障の無い範囲の武装という点で、拳銃(ハンドガン)戦闘(ファイティング)ナイフを装備する予定にはなっているんだけどね。どうしても火力(こうげきりょく)が足りなくなる場合は出てくる訳だ」

「相手が硬すぎて銃弾や刃が通らないといった場合ですね」

「だけど、火力を上げようとすると武器を大型化するしかない。そうなってしまうと携行性や取り回しが悪くなってしまう」

「流石に鈍器として振り回す訳にはいきませんし」

 強力な武器になるほど重く、大きくになるのは仕方がないと言えるが、鈍器にできる程頑丈ではない。

 精密部品が使われるそれらは場合によっては、動作不良を起こしかねない。

「なので、移動式の武器庫として設計しちゃいました! これで大型の火器を持ち運べる様にしたわけだ。これで火力の心配は無いし、長距離の移動にも使えるしね」

「自分で車並みの速度で走れるからって訳にはいかないですもんね」

 自分だけなら体力なんてものは有ってないようなものではあるが、

「“装骨”自体に活動限界があるからね。戦闘エリアまでの消耗を抑え、活動限界を伸ばすための策だよ」

 強化スーツと銘打っているが、実際は動力源を組み込んだ機械の鎧である。

 動かすためのエネルギーが無くなれば、ただの鉄塊だ。

「理由は分かりました。でも、大型自動二輪車は年齢制限を満たしてないですよ?」

「大丈夫さ、余り知られてはいないけれどね。能力者は制限の追加や罰則が重くなる代わりに年齢制限等の一部が緩和されているのだよ」

「島内じゃ、余り使う機会もないですしね」

 基本、学生は無料で利用できる乗り物は公共機関や学園が用意している物を使うのが常だ。

 バイクや車などを自前で乗っているのは、趣味人か外から来た者が元々所持していたかだ。

 狭い島内では身体能力が高すぎて走るほうが速いからだ。

「規定年齢まで緊急時を除く島外の公道での走行禁止や年に1度の定期試験とかはあるけど、私達にとっては有用だと思うよ」

 戦闘用の能力を持たない分、武器の性能と数で補うしかない。

 そう考えると、複数の武器を持ち運べるのは大きなメリットだ。

「当然だが免許取得に関する金銭的負担はこっちで受け持つ、私の都合だからね」

「そういう理由が有るなら俺としては反対しません」

「じゃあ決まりだ。それと運転講習は学園事務科で申請できるからね。それじゃこっちも準備しなきゃ!」

 葛城は荷物を纏め、慌しく部屋を去って行った。

「忙しそうだなー」

「ですが、楽しそうです」

「……気配を絶って背後に立つのは止めません?」

 振り返れば御柳小夜が立っていた。

 正直、幽霊かと思うほどに気配が無い。

 メイド服の衣擦れ音すら聞こえなかった。

 暗殺者(アサシン)の様な技量を持つ従者(メイド)とは一体何なのだろうか。

「メイドとしての嗜みですから」

 一言で切って捨てられた。

「そ、そうですか」

 有無を言わせぬ何かがあった。

「では、申請に行きましょうか。こちらの口座から受講料を引き落とす手続きも必要ですし」

「確か事務科の窓口は17時まででしたっけ。まだ、時間はありますけど?」

 おやつの時間にするにもまだ早い時間だ。

「こういうものは時間が掛かりますから、それに帰りに甘いものでも食べに行きませんか? 美味しいと評判なのですが、友人連れや恋人が主な客層でして一人で行くには寂しいですから」

「葛城先輩と一緒に行かないんですか?」

「それがお嬢様は人混みが苦手でいらっしゃいまして。そういう場所には余り寄りたがらないのです」

「そうなんですか。なら宜しくお願いします」

「はい、こちらこそお願いしますね」

 荷物を纏めて研究所を後にする。

 行儀が悪いが、葛城が残した資料を眺めながら歩く。

 以前確認した資料に、新しく追加されたバイクや武装の資料もある。

 製作時間を考えればまだ当分先の話であるが、自分の力となる物。

「しっかり扱えるようにしないとな」

 渇望していた戦うための力。

 ただ受け取るだけでは、あの化け物には届かない。

 葛城たちの協力も必要だが、最後は自分がどれだけ性能を十全以上に引き出せるかだ。

「俺も忙しくなりそうだな」

 今後、自分が必要になるだろう技術。

 それらを習得するための手段を一つ一つ頭で確認する。

 あの化け物を倒すために。

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