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変身英雄  作者: 白烏黒兎
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第四章 先輩と意思

名称を変更しています。

覚醒獣→魔物

 時刻は太陽が峠を越えた頃。

 彼、榎戸結希はバスに揺られていた。

 閑古鳥が鳴きそうなバスの中。

 私服に着替えた彼は私物のボストンバッグを隣の席に置いて寛いでいた。

 バスが走るのは山道。

 麓から山頂までを何度も折り返し繋ぐ道だ。

 バスの窓から頂上を見上げれば、学舎や工学科といった建築物群が見えるだろう。

 能力者という学生が日々の大半を過ごす場所であり、帰る場所でもある。

 逆に麓を見下ろせば、ショッピングモールや運動場、果ては巨大アミューズメントパークが目に入る。

 住宅街や工場、それらが密集し、人々が生活する町だ。

 綺麗に舗装された道による柔らかい揺れは、勉学で疲れ、満腹の体を心地よい微睡へ誘う。

 こっくり、こっくり、と船を漕ぎながらも頭の中はぐるぐる思考が回る。

「懐かしい事を思い出したな」

 思い返すのは食堂での出来事。

「たしか、陽菜の能力が目覚めて直ぐだったっけ」

 晴天の空から注がれる暖かな陽光が、思考をところどころ白く染め上げる。

「いつもの公園で……」

 柔らかな揺れと暖かな光に包まれ、意識は思い出に溶けた。


          ●


 澄み渡る青空、暖かな気候。

 震える冬を越え、緑が満ち始めた春のこと。

 住宅街の一角に設けられた公園。

「やった! いっちばーん。よしっブランコあいてる!」

 幼い男の子と女の子が遊びに来ていた。

 朝食を食べて直ぐ遊びに来たためか、二人以外に人は居なかった。

 普段から皆に大人気のブランコを独占しながらのんびりする。

「すごいよなーヒナちゃんは」

 舌足らずな喋りで褒める。

「“こうしをあやつる”だっけ? めずらしい能力(あびりてぃ)って白衣のおねえさんが言ってたね」

 上下する視界の中、青空に輪を描くように飛ぶ鳥が見えた。

 鷹か鳶か分からないが黒い影の広げる羽は大きく、悠々と空を飛んでいた。

 近づいては遠のく風景が徐々に楽しくなってくる。

「……すごくないよ」

 耳に届いたのは小さくも否定する声。

 見れば彼女が座るブランコは微動だにしていなかった。

「――?」

 自身も動きを止め、彼女と並ぶ。

 見れば彼女は思いつめたような表情で俯いていた。

「どうしたの? ヒナちゃんさいきんなんだかヘンだよ」

 思い返せば能力が発現した頃か。

 時々、こんな風に何かを考え込むようになったのは。

「……わたしのことこわく(・・・)ないの?」

 搾り出すように出た言葉は意外なものだった。

「こわい? なんで?」

「――っ」

 男の子は意図を理解できなかった。

 苦いものが嫌いで、可愛いものに目が無い。

 意外と虫は平気だったり、男の子が好むものを好んでいたりする。

 そんな幼いながらも、長い付き合いの彼女に何を怖がれというのだろうか。

 しかし、その言葉で彼女の限界を超えてしまった。

「――だって、みていたでしょ!?」

 堰を切ったように溜めていたものを吐き出す。

「“てつ”のかべが“まっか”になってとけちゃった! あつめたら“まと”に“あな”があいちゃった! みえない“ひかり”がみえるようになった! きこえない“おと”まできこえるようになった!」

 彼女の言葉には心当たりがある。

 能力の登録にあたって、能力の詳細を調べる実験だ。

 彼女たっての希望ということで、彼女一家に自身も一緒に同行した覚えがある。

「“おもっただけ”で、かんたんにできちゃうんだよ! みんなを“きづつける”ことができちゃうんだよ」

 涙を流しながら叫ぶ彼女。

 施設職員の指示があったとはいえ、結果を出した。

 厚い鉄板を光球による高熱で飴細工の様に溶かし、集光した光をレーザーやビームの如く飛ばして5メートル離れた鉄の的を貫いた。

 それだけでなく、紫外線や赤外線といった不可視の光どころか、電波まで感知することができるようになった。

 この結果に大人たちは賞賛の声を上げ、調査の名の下に更に実験を課していた。

「わたしは“ばけもの”なの!」

「そんなことだれもいってなかったよ?」

「きこえたの! やっぱり“のうりょくしゃ”はこどもでも“ばけもの”だって!」

 この時はピンとこなかったが、後に気付いた。

 電波というものは光としての性質も持っている。

 能力の“光子”が干渉してしまい、施設の誰かが外部と連絡を取った通話の電波を聞き取ってしまったのだろう。

 能力という超常が発見されてから時間は経っているが、未だに能力者に否定的な人間は居る。

 幼い彼女にとって、その悪意は強烈だったのだろう。

 当時は理解できなかったが、それでも彼女への考えは変わらない。

「んー、やっぱりちがうよ。ヒナちゃんは“ばけもの”じゃないよ――」

 確信を持って言う。

「――だってヒナちゃんだから」

「……え」

 呆気にとられる彼女に言葉を続ける。

「“ヒーロー”はいってたよ。『どんな“ちから”も“つかいかたしだい”』って」

 言葉の引用元は、日曜朝に放送している特撮ヒーローからだ。

 悪者の仕業により望まぬ力を手にした一般人の回の話だ。

 子供向けと銘打っているが、たまに重くシリアスな題目を放送するのは伝統なのか。

 その一般人が後に新規ヒーローに成るとは子供ながらに驚いたものだ。

「ヒナちゃんはやさしいからそんなことしないよ。……するの?」

「しない……するわけないよ」

「だよねー」

 地面を蹴って再びブランコを揺らす。

「それにせんせいもいってたじゃん。『“のうりょくしゃ”は“かくせいじゅう”からみんなを“まもる”のがしごと』だって」

 人々を襲う魔物(わるもの)から守る能力者(せいぎのみかた)

 それはまさしくヒーローではないか。

 とはいえ、

「でも、ヒナちゃんやさしいし、たたかうことってキライでしょ?」

「……うん」

 ブランコを漕ぎながら頷く彼女を指差す。

「それをつけていれば、“のうりょく”がつかえなくなるけどたたかわなくてもいいんだよね」

 細い腕に巻かれた腕輪。

 女の子向けに可愛く彫刻されてはいるが、中心に位置する機械が普通の腕輪でないことを示していた。

「うん、“のうりょくをつかう”ってつよくおもわないとでないよ」

 それは能力の制御装置。

 口さがない者は拘束具と言う物。

 完全に能力を抑えられる訳ではないが、無意識に能力が発現することを抑えられる。

「つけていればケガさせることもないんでしょ? ならそれでいいじゃん、こわがることなんてなんにもないよ」

 そもそも、

「のうりゃくがあってもなくてもヒナちゃんはヒナちゃんだよ」

 加速をつけてブランコは徐々に高くなる。

「せーの――っと」

 勢いをそのままにブランコからジャンプする。

「のわー」

 幼い体では着地の衝撃を殺せず地面に転がってしまう。

 服に土や砂が着くが構わない、後で拳骨を一発貰うぐらいだ。

「それに、ヒナちゃんがムリしてたたかうこともないよ。“かくせいじゅう”はボクがたたかうから」

 毎日とは言わないが、魔物による被害はニュースでも流れている。

「“のうりょく”がなくても“かくせいじゅう”とはたたかえるってテレビでいってたし」

 能力因子による恩恵を受けない人間でも魔物とは戦える。

 歩兵レベルでは重火器でダメージを与えられても一撫でされるだけで重傷だ。

 しかし、軽戦車や装甲車、重駆動鎧ヘヴィ・ドライブアーマーといった鋼の鎧を纏えば対峙することは可能だ。

「おおきくなったら“たい”に入るんだ。そしたら、おとうさんやおかあさん、おじさんとおばさん、ともだちのみんな」

 そして、

「ヒナちゃんはボクがまもるよ」

 キリッと決め顔をして格好つけた決め台詞。

 見れば彼女の顔に涙は無い。

 呆けた顔にはなっていたが。

「……っぷ、あはは――」

 突然笑い出した。

 それもお腹を抱えながら。

 客観的に見ればジャンプを失敗し、砂まみれで横になったまま格好つけている。

 しまらないにも程がある。

 それでも、彼女が笑ったことで満足だった。

「そんなすなまみれになってたら“たい”に入るのはムリだよ、っぷくくく――」

 そんなに可笑しかったのかと自分の顔まで赤くなる。

「――ふふ、ふぅ。きめた、わたし“のうりょくしゃ”になる」

「へ?」

「だっていまのみていたらシンパイになっちゃうよ。だから――」

 何かを掴むように空へと手を伸ばす。

 腕輪の機械が赤く光って音を鳴らす。

 能力が発現したことを知らせる警告だ。

 だが無視だ。

 やがて、腕輪による抑制は限界を向かえた。

「わぁ――」

 すると空が応えるかのようにそれは降りてくる。

 ……やっぱりユキみたいであたたかくてキレイだなー。

 それは光の粒。

 公園全体に雪のように無数に降り注ぐ。

「わたしがあなたをまもるから、わたしをまもるのはおねがいね」

「――っ! うん、まかせてよ!」

「なら、まず立ちあがらないとね」

 横になって見上げる空には鳥も雲も無い青と暖かい白が広がっていた。


          ●


『終点、学園麓になります。お降りの際は――』

 車内に響くアナウンスで目が覚めた。

 見ればバスはターミナルに停車していた。

 車内に残っているのは自分だけだ。

「あ……わっ、すいません!」

 慌てて荷物を持って出口へ向かう。

 胸ポケットから学生証を取り出す。

 学生証ではあるが、この島内ならばクレジットカードとして利用する事ができる。

 それに学生特典で公共の運賃が無料になるオマケ付き。

 急ぎセンサーに当てて降りれば町の入り口だ。

 聳え立つ山を背に目の前に広がる建物郡。

 そこは小さなバスターミナルだ。

 学園直通のシャトルバスと町へと通じるバスの2種類がある。

 周辺には学生の乗降が多いためかコンビニや文房具店、本屋などが並ぶ。

 麓とはいえ、外部の人間が出入りする実質学園の玄関であるため、ゲームセンターなどの娯楽関係は町中に行かないと存在しないのが残念ではあるか。

 背後で扉が閉まり、町の中へとバスは消える。

 本社に戻って交代するのだろう。

「あんな夢見るなんて疲れてんのか?」

 慣れない講義や予想外の再開に少し疲れた。

「宗刀先輩との約束もあるけど……体を動かせば気分転換になるか」

 少し強張った体を伸ばす。

「さーて、歩けばここから30分位か……」

 バスに乗ればあっという間であるが、乗る気分にはなれなかった。

「体を動かしたいし、走っていくか」

 今までに何度も通った道だ。

 迷う事はない。

 そうと決めればバッグを背負い駆け出した。


          ●


「ふぅ――到着っと」

 額に浮かんだ汗を掻き、辿り着いたのはとある建物。

 複数階で構成される大型スーパーマーケットの様なそこには、男女問わず多数の人が出入りしており、その中には学園の学生服を着た者も混じっていた。

「さーて、今日はあの人居るかな?」

 バックを背負い直して中に入る。

 休憩、談笑、人々が思い思いに過ごすエントランスを横切り、受付へ声を掛ける。

 受付に座る女性は近づく彼に気付くと、スマイルを浮かべて対応する。

「おはようございます。メンバーカードはお持ちでしょうか?」

 受付嬢に促されるまま、財布から学生証を出して手続きを済ませる。

 学園と提携しているため学生証で利用可能だ。

「ご利用ありがとうございます。お帰りの際にご返却下さい」

 受付から鍵を受け取り、向かう先は更衣室。

 男女別とはいえ、百人は軽く超える人数が使用できる。

 清掃が行き届いているのか、何時来ても新築同様綺麗なままだ。

「ロッカーや椅子とかの器具もヘタレてないし、何かしらの能力なんだろうな」

 渡された鍵の番号と同じロッカーに、バッグから衣服を取り出して着替える。

 着替えたのは学園から支給されたジャージだ。

 能力者用に作られただけあって、防刃、防弾、耐火など、かなり丈夫だ。

 流石に爆薬を抱えた自爆特攻(ゾンビアタック)を行えばボロボロになってしまうが。

 購買の割引でそこそこ安く購入できるのもありがたい。

 カラーバリエーションも豊富で、自室のクローゼットには全種類揃えている程度には愛用している。

「よし、行くか」

 荷物を仕舞って後にする。


          ●


 建物の内部は複数の部屋に区切られていた。

「失礼します」

 その中の一つに礼をして入る。

 記憶にある小学校の体育館と同じ位広く、木で床張りされたそこは武道場。

 老若男女問わず、動きやすい格好をした者達が鍛錬をしていた。

 全員に共通している事といえば無手であることだ。

 道場の一部に設けられた試合場では、組み手を行っている者達も居た。

 その中で結希の存在に気付く者が居た。

「おお、良く来たな」

 にこやかに笑いながら話しかけたのは、初老に差し掛かるであろう男。

 身に纏う道着は使い込まれた物で、裾から見える手足には古傷が顔を覗かせていた。

 細くは無いが太くも無い体であるが、立ち振る舞いは背中に芯が通ったように真っ直ぐであり、大樹を思わせる。

 短く刈上げた黒髪に鋭い双眼の相貌は凛々しく、刃のようだ。

 だが、幼い子供にとっては恐怖の対象になりえるが。

「こんにちは。宗刀(むなかた)師範」

 宗刀清雅(むなかた きよまさ)。宗刀武史の祖父であり、熟練の能力者の武人、能力に頼らない徒手空拳での戦い方を教えてくれた人だ。

「ああ、こんにちは。朝じゃなく昼からとは珍しいな。武史はまだ来とらんがゆっくりして良くといい」

「あはは、すいません。最近勉強が疎かになってたんで復習講義に出ていたんです」

「謝らんでもよい。お主はまだ学生、勉学も大事なことだ。だが、根を詰め過ぎるのも良くはない、偶には遊んで息を抜くのも必要だ。何事もばらんす(・・・・)が大事だぞ。さて、話が過ぎてお主の時間を奪うのは本位ではないのでな。この後、手が空いたらお主の型の見直しに付き合おう」

「あ、はい宜しくお願いします」

 礼をしてその場を離れる。

 体を動かしたくて早足で移動する。

「――ふむ、あの目、少し前と違って生き生きとした目だ。……進展があったようだの。それが吉と出るか凶と出るか、少しばかり注意が必要か」

 呟いた言葉は誰にも聞こえる事はなかった。


          ●


 使う場所は道場の隅。

 壁一面に張られた鏡で動きを確認しながら型をとる。

 拳を軽く握り、腰を落とす。

 行うのは正拳だ。

「ふ――」

 深く呼吸を繰り返す。

 気持ちを落ち着かせるように。

 呼吸に合わせて意識と体の繋がりを意識する。

 意識に体が遅れないように、体が意識に引かれないように。

 ただひたすらに意識を自身の中に集中させる。

 気持ちの波が静まる、周囲の音も徐々に遠くなる。

 悩みや落ち込んだ気分が溶けて消える。

 やがて無音となる自分だけの世界で意識と体のすり合わせる。

 二つが混ざり、型に嵌るように一つになる。

 今だ。

「――セイッ!」

 正面の空間を穿つように伸びる右手。

 この型を何度繰り返しただろうか。

 全身に汗が滴っている。

 呼吸も荒く乱れている。

 一回の正拳でこれだ。

 だが、まだ足りない。

「ふ――」

 何度目かの深呼吸。

 息を整え、意識を集中させる。

 また、周囲の音が小さくなる。

 無音となる自分だけの世界に意識と体が混ざり合い――

「そろそろ休め」

「――っ!?」

 タオルで顔面を叩かれた。

 スパーンと小気味良い音とは違い、首が仰け反る程の衝撃だった。

「まったく、再生能力があっても特級じゃなかったらとっくにぶっ倒れてんぞ阿呆」

 顔に張り付いたタオルを剥がし、声の主へ視線を向けた。

「ほら、水分補給しとけ」

 飛んで来た物体を掴み取る。スポーツドリンクだった。

「奢りだから気にすんな」

 そこに居たのは、

「体冷えるから汗拭いとけ、風邪……は引かないだろうが寒いだろ」

「武史先輩……」

 学園の先輩。

 制服から道着に着替えた姿は、身長に目を瞑れば清雅の若い姿といわれても納得できそうだ。

「とりあえず休憩しろ。体力はあっても精神的にキツイもんはキツイんだからな」

 そう言うと有無を言わさず連れて行かれた。


          ●


「まったくよぉ。一応あの正拳、ウチの奥義なんだがな。体力と気力をゴリゴリ削るのにポンポン連発しやがって……」

「うっ、すいませんでした」

 汗を処理し、道場外の休憩所で二人は休んでいた。

「まぁ、遅くなった俺も悪かったが」

 呟く武史が時計を見れば、時刻は昼を大分過ぎた時間だ。

「そういえば、何で遅くなったんですか?」

 普段から約束事を守る男にしては珍しい事だ。

 問いに、武史はばつが悪そうに頬を掻く。

「あー、それはな……ちょっとやり過ぎてな」

「やり過ぎた?」

「模擬戦で気合が入りすぎてな、演習場に穴を開けちまってな」

 どこか恥ずかしそうに自白する。

「おかげで罰則の整地作業をやる羽目になってな。ここに着いたのもついさっきだ」

 少し引いてしまった。

 学生の整地作業は学園の罰則の一つであるが、その条件は他の利用者に影響が出でしまう場合となっている。

「どれだけ暴れたんですか……。で、相手は誰だったんです? 先輩がそこまで本気を出すってことは上級生ですか?」

「いや、違う。お前も良く知っている奴だ」

 その答えに?が浮かぶ。

 半年の学園生活で得た知己は大分少ない。

 同年代ですら両手もいらない程である。

 その中で武史と対等に渡り合う相手というのは更に減る。

 そもそも学園の教育方針により学級が存在しないため、見知らぬ相手との関わりは自ら動かなければ得られないというのもある。

 おまけに入学以前の知り合いに至っては居ないに等しい。

「ボッチなんでわかりません」

 頭を叩かれた。

「自己研鑽もいいが少しは周りと交流しとけ、同年代からでも学ぶ事はあるからな」

 怒られてしまった。

「はぁ、向日陽菜だよ。D級とはいえ屋外じゃ無類の強さを発揮できる能力だからな」

 予想はしていた名だった。

「昼前に休憩してからやけに張り切っていてな……、もしかして会ったか?」

「……ええ、まぁ」

 躊躇いがちに答える。

 会う事になった原因は武史だが、彼女との問題とは関係ない。

 それに武史は関係を知っている為、話題にすら上げることは少ない。

 今回の件はワザとやった事ではないだろう。不満はあるが、問題は自分と彼女だけのものだ。

 彼を責める事はできない。

「すまなかった」

 見れば武史は頭を下げていた。

「言い訳になるが後輩と話しているのを聞かれたみたいでな、午後の模擬戦で様子がおかしかったからもしかしてと思ったが……やはりそうだったか」

「頭を上げてください。彼女がその気になれば電話の通話すら聞き取れますから。それに、話の内容からして近々会いに来る気満々だったんで先輩は悪くないです。タイミングが悪かっただけです」

 態々過去の手掛かりを得るために県外まで行くほどだ。

 学園島の外となれば煩雑な手続きが必要になるというのに。

「そう言ってくれると助かる」

 そうは言うもののどこか座りが悪そうだ。

「なら、休憩したら一戦お願いします。これからはこれが主な武器になるんで」

 握った拳を振って見せる。

 武史は一瞬、呆けたように目を開いた。

 そして笑った。

「――っくく、分かった。本気で相手するから覚悟しとけよ」

 そう言って手に持ったペットボトルを一気に飲んで空にする。

「と、言っても俺も整地でちと疲れてるからもう少し休ませてくれ。――ついでの休憩がてら朝の続きを聞かせてくれや。そのやる気、葛城との契約と関係あるんだろ? 話せる範囲でいいから聞かせろよ」

 猛獣の様な笑顔を浮かべる様は幼い子には見せられないだろう。

 ……やっぱ血筋なんだなー。

 好戦的な笑みを浮かべる武史に清雅の面影を見た。


          ●


「なるほど、中身を潰す強化スーツね……。理屈だけなら確かにお前は適任だ。理屈だけならな」

 あーまったく、と頭を掻き空を仰ぐ武史。

「骨が折れる程度なら、摩り下ろされたり神経抉られるのに比べれば全然マシですよ。内臓に刺さったら直る時に骨が内臓傷つけますけど、再生速度的に痛いより気持ち悪いで済みますし」

 頭を叩かれた。

「そういうことじゃない」

 思わず叩かれた部分を抑えてしまう。

「能力を生かした病院での小遣い稼ぎ(アルバイト)をしているのは昔聞いたけどな。能力の特性的に外傷には慣れているんだろうが痛みを軽減している訳じゃないだろ?」

「そう、ですね。“再生”に特化しているだけ(・・)です」

 どんな状態からも元に戻るというだけであり、付随する痛みや不快感への効果はない。

 それどころか、場合によっては逆に痛みや不快感を増幅している事もある。

「だったら日常ではその分体を大事にしろ」

 武史は目を見つめて言う。

「お前にも目的があるから鍛錬やアルバイトとかについてはとやかく言わん。鍛錬に関してはむしろ徹底的に扱いてやる」

 その言葉の通り、武史との鍛錬で楽だった事などない。

「痛みに慣れるな、とは言わん。……が、痛めつけられる(・・・)事に慣れるな」

 それは忠告。

「お前も俺も人間だ。能力という特徴を持っただけの人間だ」

「え……」

 驚いた。

 現代で能力者という言葉は人を超えた者を指す代名詞である。

 故に良くも悪くも人間として見てくれる者は居ないといえた。

「外の人間の中には俺達能力者を化け物と揶揄する奴も居る」

 島の外での実戦を経験した故の言葉か。

「それでも痛いものは痛いし、怖いものは怖い。それで良いと俺は思っている。痛みも恐怖も感じなくなったら、……人間としての感性を失ったらそれこそ化け物だ」

「…………」

「だから、お前はそうなるな。お前の能力の特性上、小遣い稼ぎ(アルバイト)で何人もの命を助けているんだろう。だからこそこれから先、生命という利益に目がくらんだ連中から色々要求されるだろうが、お前が必要だと思うもの以外断ってしまえ。いちいち受けてたら切りがない」

 笑いながら武史は言う。

「そうなると葛城との契約は悪くない。葛城の名は良くも悪くもデカイからな、その下にいれば有象無象は手出しできないだろ。それに葛城自身も周囲の話を聞く限り悪い奴じゃないしな。必要なしに無理はしないだろ」

 朝の話から考えれば、葛城を敵にするというのは医療という生命に関わるものを敵に回す事になるだろう。

 切った張ったの世界に深く関わる能力者だけでなく、業界人にとっても手痛いどころではない損害だ。

「能力に振り回されるな、お前はお前だ。誰かに都合の良い家畜でも、化け物でもない。お前の中にある意思を曲げられないようにしとけ」

 語るその目には自分だけでない、誰かが映っている気がした。

「先輩、それって……」

「昔居たんだよ。能力に溺れた挙句、いい様に使われて磨り潰されたのがな。……今もまだ病院のベッドの上だ」

 他人事の様に話してはいるが、言葉にやるせなさが滲んでいた。

 その人は武史に近い人間だったのだろう。

「とまあ横道に逸れたが、お前が戦う術を見つけたって事での忠告だ。それに合わせて鍛錬メニューも変えるとするか。基礎、基本技から防御重点でやるぞ、魔物相手に一度きりの捨て身戦法は無駄だからな」

 やる気を出し始めた武史に嫌な予感を感じる。

「えーと、それってどのレベルまでやるんですかね」

「俺の素の打撃をいなせる程度が目標だ、最終的には能力使用時の一撃を防げるレベルだな」

 いい笑顔で宣言した。

 鍛え上げられた腕は自身の腕より太く、逞しい。

 鍛錬時の素振りでさえ風切り音が聞こえる拳。

 無理というのは簡単だ。

 だが、あの化け物の一撃に比べれば生易しい。

 この程度ができなければ、足元にも届かない。

「はい、宜しくお願いします!」

「いい返事だ。――さて、これ以上休んだら体が固まっちまう。そろそろ行くとするか」

 空のペットボトルをゴミ箱に投げ捨て席を立つ。

 筋肉を解すように体を動かしながら言った。

「少し体を温めたら、実戦形式ってことで組み手からいくか」

 いい笑顔だった。子供が泣くくらいの。

 自分も思わず泣きそうになった。


          ●


 外は日も沈み、街灯と店舗の明かりが夜道を照らしていた。

「それじゃまたな」

「お疲れ様でした」

 武史に別れを告げて帰路に着く。

 休憩の後、みっちりと扱かれた訳だが軽く汗を流す程度で武史に疲れた様子はない。

 自分も体力に関しては無尽蔵といえる程だが、それに付き合える武史も只者ではない。

「流石、戦技科3年のトップだけあるなー」

 それ以前に自分が疲れさせるほど動けないというのもある訳だが。

「でも何だかすっきりしたな」

 ここに来る前の胸中のわだかまりがすっかり晴れていた。

 体を動かしていたからか。

 我ながら単純だと苦笑してしまう。

「俺の中の意思、か……」

 先程の忠告。

 少なくともあの言葉が消えた一因なのは確かだ。

「さて、明日は講義も無いし鑑賞会でもしようかな――っと」

 明日の予定を立てていると携帯電話からメールの着信音が鳴る。

 差出人を見れば葛城からだった。

 内容は、明日研究所まで来て欲しいとのこと。

「スーツ調整のための身体測定か。予定も無いし丁度いいか」

 了承の返事を送る。

「俺の意思は……」

 まだ、確信を持って言うほど形はないが、少なくとも葛城と協力するのは自分の意思だ。

 それでも言うならば、

「皆を護るため、か」

 破ってしまった約束を、救えなかった皆を。

 今度は護るために。

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