第二章 説明と契約
「な……何を……」
やっとの思いで搾り出した声は擦れていた。
初対面の相手に対して失礼だと思うが、彼女の妖しい瞳に気圧されてしまう。
「榎戸結希君。キミに戦うための力を提供しようということだ」
「――っ」
彼女の言葉が一瞬理解できなかった。
その言葉は最も求めていたもので、あまりにも都合が良すぎた。
そして名乗ってもいない名前を呼ばれた事。
次々と浮かんでは消える疑問に混乱する。
お構い無しで彼女は話を続ける。
「そう警戒しないでくれ、君の事は試験者候補を探していた時に調べさせてもらった。本名や経歴等をね。そして今提供と偉そうに言ったが、残念ながらまだ試作品が出来た段階だ。今はまだ役立たずの屑鉄だが、完成すれば一人前の戦闘系能力者と同等以上の戦闘力を得られるだろう。で、現時点では研究に必要なあらゆるデータが不足してしまっているからね、データ収集を行う試験者になって欲しい。それにデータの収集として実験だけじゃなく、実戦も行ってもらう心算だ。武器は因子加工済みだから心配しなくていい、依頼でランクを上げる手助けに利用してもらう位で良いさ。勿論完成したら君の物にして貰っても構わない。メンテナンスや改修、修理も無償で請け負おう。そして、待遇については本契約を考えている。実験手当ても相場より多く支払おう。どうだい、君にとって悪い話じゃないはずだと思うが?」
畳み掛けてくるように話す彼女に頭の処理が追いつかない。
――提供? 何で初対面の俺に? 支援や待遇がFランクに対するものじゃないし。というより、学生バッチを見るからに二年の先輩じゃねーか。二年生が二学期も半ばの今に試験者探し? ああもう! 情報が一方的過ぎる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭がこんがらがってきた」
気のせいか頭痛がしてきた頭を抑える。
少なくとも自分である理由が思いつかない。
能力者用武装のデータの収集にしても、身体能力が低い自分よりも、他の能力者の方が他の能力者に流用できるのではないか。
考えても答えは出ない。
混乱する彼に不思議そうに首を傾げる少女。
数瞬の間を置いて何かに気付いたかのように手を叩く。
「ああ、一言で言い過ぎたか。簡単に言えば、こちらは研究データが欲しい、君は戦う手段が欲しい。なら、こちらが手段と支援を提供し、君が実験と実戦でデータを収集する。ほら、利害が一致しているが?」
違うそうじゃない。知りたいのはそこではない。
「あのですね――」
「お嬢様、手順を飛ばしすぎて新手の詐欺になっています。嘘は言ってませんが情報が足りません」
言葉を遮ったのはメイド服の少女だ。
気が付けば白衣の少女の後ろに佇んでいた。
「お嬢様が突然申し訳ありません。本当ならば後日正式にお話を伺いたいと考えていたのですが」
「え。あ、はい」
驚いた。
少なくともメイドは先程まで受付近くにいた筈だ。
実戦はまだとはいえ、戦闘訓練を受けた自分が接近を見逃す程の手練れ。
……学生証を持ってなかったから学生じゃないんだよな、それにしては……。
体術に関しては、自分の所属する戦技科なら上から数えた方が早い実力かもしれない。
そうメイドを分析していると、彼女は話を続けた。
「詳細を説明をしたいのですが、お時間よろしいでしょうか? ご都合が悪ければ後日でも構いません。ですが貴方にとっても悪い話ではないと思います」
「……詐欺とかじゃないよな」
「はい、元々こちらの準備が整い次第、学園経由で正式に申し込む予定でした。」
学園を通す。
それは重要なことだ。
どんなに強大な能力を持っていようが、結局は一個人で、一生徒の子供でしかない。
内外問わず、能力者には依頼が舞い込む。
その際に詐欺や犯罪に巻き込まれないよう、学園が依頼の精査し、依頼の安全を保障する仕組みだ。
それでも万が一という事はあるが。
そして有事の際の保証人でもある。
……騙されたとしても、今は他に手は無いか。失うものは特に無いし、何かあったら風紀委員に報告すれば良いか。
「わかりました。特に予定も無いんで今からでも大丈夫です」
そう了承の意を示すと、二人の少女は喜んだ。
「おお、受けてくれるか! そうかそうか、なら研究室で話そう。あそこなら安心して話せるからな。よし行こうじゃないか、こっちだ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
そう言うと腕を掴み、半ば引きずるように連れて行く。
工学科の奥へ小さくなる二人に、メイドの少女は苦笑した。
「あんなにはしゃいだお嬢様は久々ですね。――やっと夢に進みだしたんです、私も微力なりとも手伝いますか」
そう呟くと、早足で二人を追いかけた。
●
三人は通路を歩く。
実験器具や試作品を通すためか幅は広い。
今歩く通路は外に面しており、幾つもの共用研究室の扉とガラス窓が対面するようにあった。
採光、換気のためガラス窓からは外の光景が見えた。
外は芝生の広場と、その先にフェンスで隔離されたアスファルトの大地が遠くまで広がっていた。
試験場だろうそこには巨大な鉄の塊が鎮座していた。
複数の鉄の柱に支えられた砲塔が遠くの的へ狙いを定めていた。
「重駆動鎧の改造実験か」
白衣の少女が呟くのが耳に届く。
なるほど、と納得したとき、鉄塊は動いた。
狙いを定めた砲塔から光の尾を引いて弾が撃ち出される。
その音は一拍を置いて三人に届いた。
届く音は集中しなければ聞こえない程小さく、防音性の高さが窺えた。
厚い窓ガラスは震える事も無く、外からの衝撃で割れることはそう無いだろう。
……工学科の実験場か。部外者は学園祭とかのイベントぐらいでしか入れないもんな。いつもはこんなことしているのか。あ、足折れた。
普段見られない光景に感心する。
衝撃で脚部と砲塔部を繋げる関節が砕けたのか、幾つか足が倒れる。
危ういバランスで立つ鉄塊に重機や作業員が集まる。
「ほう、凄いな。半年前まで全間接が砕けて倒壊してたというのに。流石だな」
褒める少女の横顔は感心が見て取れた。
……しかし、この先輩といい、メイドといい。美人だな。
先導する少女にそれとなく視線を向ける。
茶髪でウェーブの掛かったセミロング。
眠そうに開かれた焦げ茶色の瞳が、牽引される鉄塊を横目で観察していた。
……やっぱり隙が無いな。
視線を横に向ければメイドが並んで歩いている。
身長は自分と同じぐらいだろうか。
背中まで伸びる黒のロングヘア。
眦が下がった優さを感じる瞳は黒曜石の様な吸い込まれそうな色だった。
「――ふふっ」
メイドは視線に気付いたようで、笑顔を返してきた。
とりあえず愛想笑いをしてこの場を凌ぐ。
……さて、研究室まであとどれぐらいだ? まさか一番奥なのか。
通路があるとはいえ、既にこの巨大な建物の裏回る距離を歩いた。
最奥の研究室が見えている。
それでも彼女の歩く速度は落ちない、それどころか早まっているようにも見える。
みるみるうちに近づいた最後の研究室を前に、
……通り過ぎた!?
歩みに迷いは無く、始めから眼中にはないようだ。
辿り着いたのは更に奥、外へと通じる出入り口だ。
「さて、ここからならあと5分は掛からんよ」
白衣の少女は扉を開き、外へ出てゆく。
後を追う様に工学科の建物から出て数分。
歩くうちに周囲の光景が変わってきた。
大きさはコンビニ程からスーパーマーケット程と、大小様々な建物が建っている。
外見も住居のようなものから、飾り気の無い診療所のようなものまで幅広い。
それらは住宅街と言うほど纏まってはいなかった。
むしろ何かを隠すようにそれぞれの建物がお互いに距離を取っていた。
彼は知識だけとはいえこの場所を知っていた。
並び立つ建物郡は居住のための物ではない。
……専用研究所の区画じゃねーか!
驚愕する彼を置いて彼女達は目的地へ着いた。
その建物は周囲と比べても大きい方だろう。
大型トラックすら余裕で格納できそうなガレージが目を引く。
我が物顔で入り口のロックを開錠していく姿からして、彼女の管理下なのは明白だった。
「さあ、ようこそ我が研究所へ。引き継いだばかりで整理が済んでいないのは大目に見てもらえると助かる」
●
二人の少女に先導され、研究所の中を進む。
中は綺麗に掃除されていたが、梱包された機材や段ボール箱で溢れていた。
通されたのはソファーとテーブルが置かれた応接間だ。
「座ってくれたまえ」
促されるままソファーに身を沈ませる。
思ったよりも柔らかい、高級品のようだ。
汚さないか戦々恐々としている自分と裏腹に、白衣の少女はごく自然にソファーに座り込む。
背後に控えるメイドと合わせて、この人は金持ちなんだなと愚にもつかないことを思う。
他にも気になることはあるが。
「何か気になる事でも?」
疑問が顔に浮かんでいたのか白衣の少女に気付かれた。
「いえ、この研究所って他に誰か居ないのかなって」
「現在の管理メンバーは私だけだな」
「え?」
驚いた。専用研究所を使用する有名所は全て複数人のチームだからだ。
専用研究所。
彼の知識の中では、優秀な学生に貸し出される研究所。
申請すれば誰でも使用できる共用研究所と違い、個人で研究を管理できる研究所。
機材も工学科と変わらぬ高性能なものであり、研究所によって何かしらの特色もある。
この研究所なら大きなガレージだろうか。
何より、研究成果を盗まれる心配を減らせることだ。
完全にと言い切れないのが能力者の恐ろしいところだが。
そして多いとはいえ数に限りある専用研究所。
利用するためには単純で厳しい条件がある、それを満たすために利用する者は複数人でチームを組んでいるのだが。
「使用基準の『一定以上の成果』ならクリアしている。一般的には、チームを組んでコンペティションで成果をだしたり、メンバーそれぞれが何かしらの成績を持ってして総合評価を狙ったりする方法が多いようだが、私は去年の内に特許を幾つか取っておいたからな。評価はされていたが研究所が空くのを待っていたら今日まで掛かってしまったけどね」
本日何度目の驚愕だろうか。
「情報秘匿の性質上あまり知られてはいないが、他にも個人管理の研究所は幾つかある。ただ公にしないだけでな。先程も見た重駆動鎧のチームは、研究内容が内容なだけに外に出る機会が多いというだけで、研究所内で済むなら済ませてしまう者が多いわけだ」
頭の中を整理する彼に白衣とメイドの少女は姿勢を正した。
「ここまで足を運んでくれてありがとう、そして先程はすまなかった。まさかあんなところで出会うとは思っていなくてね、気が逸ってしまった」
謝罪として頭を下げる主従二人。
予想の外の行動に面食らってしまう。
「い、いえ気にしないでください。驚きはしましたけど、それだけなんで。頭を上げてください、えーと……先輩?」
言いながら名前を知らない事に気付いた。
かといって、白衣だのメイドだの外見で呼ぶのは失礼だ。
「ああ、そういえば自己紹介すらまだだったな。私は葛城真澄だ。この研究所の|主
《オーナー》で、技術開発、研究の担当だ。そして後ろのメイドは――」
「御柳小夜と申します。お見知りおきを」
「彼女は私の身内なんだ。つい最近能力に覚醒した事もあってね、来年入学することになった。主に実験の助手や身の回りのサポート担当だ」
「能力が……」
御柳小夜に視線を向ければ笑顔で返された。
「そうだな。どんな能力か見てもらうのが早いか」
葛城真澄の言葉を待っていたかのように部屋の扉がノックされた。
先程の話によればこの研究所の管理者は真澄一人しか居ないのではないか。
部外者は自分とメイドの小夜以外思い当たらない。
だが、真澄と小夜は何の反応もしない。
むしろ、自分の反応を気にしているような視線を感じる。
その様子から危険は無いだろうが、何が起きても良いように身構える。
「丁度いい、入れ」
真澄の言葉に扉が開いた。
「な……っ」
思わず声が出た。
「失礼します」
そこに立っていたのはお盆を持った御柳小夜に瓜二つの少女。
顔立ちだけではない。
服装から体格、果ては雰囲気までが同じだった。
「どうぞ」
お盆に乗った緑茶を二つテーブルに載せると、小夜に近づきお盆を渡した。
すると姿が虚空へ掻き消えた。
始めから何も無かったように。
「どうだね」
得意げな表情の真澄。
後ろのメイドが呆れたような視線を主に向けているのは気のせいか。
「私の能力はご覧いただいた通りです。実体を持った自分を作り出す“分け身”です。持続力、分身数、分身の性能、その他諸々を加味して能力の等級はB級を頂きました」
「それは凄い」
感心した。
能力の等級とは、能力の目安。
Fから始まりAに至る。
人類総人口の内、能力者人口が三割に満たない。
B級はその全能力者の二割に満たない一握り。
下位級の能力を鍛えて成る者は多いが、覚醒時点でその位を得るのは珍しい。
「そして私の能力も紹介しよう。小夜のように目に見えるものではないので地味ではあるが。私の能力は“解析”、五感で感じた事を精密機械より精確に理解することができる。等級はAだ。おかけで特許技術の開発が捗ったよ」
「A級……」
能力者のトップ。
努力で至れるのはBまでと言われている。
Aに至る条件は未だ研究中だ。
「少なくともこの研究所の中の事なら完全に把握できている。たとえ目に見えなくてもね。例えば後ろの小夜の下着の色は白で、胸部が先月より増量している事、体重が三日前よりっ!?」
鈍い音。
「お嬢様、流石に怒りますよ……?」
顔を赤らめた小夜がお盆を握り締め笑っていた。
目だけは笑ってなかったが。
「すまない。始めは彼について言及しようと思ったのだが、能力の副作用で特に言う事も無くてな。身長体重や内臓も全てが理想系だ。強いて言うならば五感が一般人よりも鋭敏といえるが、能力者なら平均的なモノでしかない。結論、極めて平凡。だからこそ候補に選んだわけだが」
「だったら彼の下着の色とかでいいじゃないですか! 何で私なんですか」
「いや、異性にそんな事をすればセクハラになってしまうじゃないか」
「……知っています? 同性でもセクハラは成立するんですよ」
「なんと! それは知らなかったな。以後気をつけるようにしよう」
諦めたように空を仰ぐメイド。
なんともいえない空気が漂う。
空気を変えるために口を開いた。
「えーとそれじゃ、知っていると思いますが俺は榎戸結希です。能力は……特級の“再生”です。過去経験した内で――」
「思い出さなくて大丈夫だ。実家に伝手があってね、君の能力実験記録は読ませて貰った。正直あの実験を経験した君がこうして理性的に話している事に驚きではあるが……、喜ばしいことではあるだろう。お互いにとって、ね」
彼女は笑う。
「さて、お互いに自己紹介も済んだことだし、本題に入ろうか。ああ、敬語は要らない、楽に話してくれて構わないさ」
●
「君を呼んだ理由だが、先程話したように試作品の試験者をして欲しいのだよ」
「試験者……ね」
「百聞は一見に如かず。という言葉の通り実物を見せたいのだが――」
「申し訳ございません。ただ今五人掛りで梱包を解いておりますが、お持ちするまでもう少し時間がかかるかと」
「――と言うわけだ。それまでお喋りといこうじゃないか」
お茶を一口飲んで仕切りなおす。
「私が作っているのはね。一般人が能力に覚醒した獣、つまり覚醒獣と、能力犯罪者に対抗できる鎧だ」
「対抗って、そんなことが可能なのか?」
「完成したなら理論上は。少なくとも能力者が到着するまでの遅滞作戦程度ならできるだろうね。簡単に説明するならそうだね、君はテレビは見るかい?」
「テレビ? そうだな小さい頃はアニメや特撮とか見ていたけど、最近は見てないな」
その答えは正しかったのか、真澄は満足そうに頷いた。
「答えはそれだよ特撮。特殊撮影技術を用いたドラマだよ」
「特撮?」
頭に浮かぶのは巨大な怪獣群や宇宙からやって来た巨人。
そして、特殊な鎧や装備を身を纏って悪と戦う人達。
「――えっ、鎧……まさか!?」
察したことは正しかったようだ。
視線を向ければ真澄は破顔して言う。
「そう! 私はこの手で作り出したいんだよ、英雄を!」
「お嬢様は大の特撮ファンなのです。それもキックやバイクを乗り回す方の」
「あー、確かに小さい頃見ていたな」
幼い頃、早起きしてテレビに噛り付いていた記憶が浮かぶ。
「最近のヒーロー物は政府のプロパガンダに利用されて詰まらないのが残念だ。そして私は初期の作品が好みだ」
「お嬢様、話が脱線しています」
興奮し始めた主をお盆をチラつかせて窘めるのは従者として如何なものか。
「おっとすまない。だが、コンセプトはそれに近い、人体改造はしないがね。そもそも能力者と非能力者である一般人の違いは解るかね?」
「違いって、能力の有無じゃないのか」
「そうだね、ただ正確には能力の有無じゃなくて、覚醒したか否かだ。これは似ているようで違う」
「どういうことだ?」
「君も習っただろう。ある時期から陸も空も海も全世界、この世界に生きる物なら必ず持つ事となった異質な因子を」
言われて思い出す、小学校から学ぶ常識だ。
「確かに習ったな。そしてその因子を多く持つ程、能力者として覚醒しやすくなる。だったか」
実際は他にも覚醒する方法はあるが基本はそうだった筈だ。
「うむ、つまり全ての非能力者は多かれ少なかれ因子を持ち、能力に覚醒する可能性があるということだ。そして重要なのは能力ではなく、覚醒せずに眠っている因子の方だ」
「因子が?」
「能力覚醒時の身体能力の強化だよ。君は実感が薄いかもしれないが、戦闘系や肉体系が特に顕著だな。因子を活性、増幅し、擬似的な覚醒を促して肉体だけでも能力者に近づけば、能力の代わりに装備で補えばいい。そういうことだよ」
「なら、能力者の俺じゃなくてもいいんじゃないか?」
一般人の話をされても自分は既に能力者だ。
目的に沿わないのではないか。
「そうは上手い話は無かった。だから私は君を選んだんだ」
語る彼女の目には強い意志を感じる。
「因子増幅による身体能力強化は能力者であっても可能だ。むしろ上昇率は一般人と比にならない。――それだけ危険にはなるが」
「危険? それって――」
最後の一言を問い質そうとしたが、扉のノックに遮られた。
「お待たせいたしました。こちらが試作品となります」
扉が開かれ運ばれたのは、マネキンに着せられた鈍色に輝く鎧……というより、
「人形?」
全身を覆うように組み合わされたパーツ。
凹凸も少なく丸みを帯びた形はのっぺりとした印象を受けた。
「これが私の技術の結晶、強化スーツ“装骨”だ」
●
「デザインについてはデータ取りの試験機ということで装飾はしていない。基本これを骨子として研究を行う予定だ」
「なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何だね? 何でも聞いてくれたまえ」
「リスクはどんなものだ?」
先程の危険という言葉。
それは軽いものでない事はわかる。
「そうだな、“装骨”の性能については後で説明しよう。まずリスクとしては体が着いていけないという点だ」
装骨を軽く叩きながら説明を続ける。
「まず、この“装骨”は装着者の活性する因子によって超人的な性能を得る。そのため起動させるため因子を増幅して活性化を促し、因子による身体強化によって装着に耐えうる体にする機能があるわけだが――」
この時点で嫌な予感しかしない。
「“装骨”の性能に強化した体でも耐えられない。例をあげるとただ歩行するとして、スーツのパワーアシストによる内圧で骨が折れる。ただ、外骨格としての側面もあるからそのまま歩き続けることが可能だろうけど。とんだじゃじゃ馬だよ」
「出力を下げるとかで対応できないのか?」
「現状ではまず無理だね。パワーアシストの出力は因子増幅によるエネルギーが主な原因なんだが、因子の増幅は一定値を下回ると、完全に失われてしまう。アシストの動きを遅くすれば耐えられるだろうけど、そうなると介護用支援スーツの方が動きがいいだろう。戦闘目的なら駆動鎧に乗った方が手っ取り早いって事になってしまう」
どうやら簡単にはいかなそうだ。
「時間を掛ければ改良は出来るだろうけど、何せ因子は発見から数十年経った今でもブラックボックスの塊。解析や何やらで下手すると何十年も掛かりそうなのが現状。そこで考えたのが再生系能力者」
「つまり俺か」
何となく理解できた、何故自分が試験者に選ばれたのかが。
「データ取りっていうのはそういうことか。実際に装着した時の因子とかの生きたデータが欲しいって訳で、再生系なら骨折程度、自前で即座に治せるからって事か」
「そうだ。そして君は能力の副作用によって肉体も何もかもが成長以外の要因で平均値から変化しない。データを取るには理想的だ」
そこまで言い切った彼女は、ため息を吐く。
「本当ならこういうやり方は好きではないんだがね。でも、私はこの技術を一刻も早く完成させたい。例え悪魔と罵られようが構わない、それが私のできる事だから……」
その目には迷いは無かった。
「とはいえ、こんな危険な実験に簡単に他人を巻き込むわけにはいかない。君が断るなら私は単独で研究を続ける事を誓っている」
「……何で俺なんだ。再生系なら他にも居るだろう」
「君の能力が特級だから……って訳じゃない。君には目的がある筈だ。どんな代償を支払っても叶えたい目的が」
言葉に詰まる。
「だから君を選んだ。あの凄惨な実験の数々を耐え抜く意思、痛みに負けない強い意志を持つ最初で最後の候補者。もう一度言おう、私は目的のための支援と手段を君に、君は研究のための実験や実戦によるデータ収集を私に。互いに利害が一致していると考えている。だから――」
一呼吸を置いて、
「力を求める君に聞こう。悪魔と契約、――いや、悪魔に付き合う気はあるかい?」
その答えは――。
●
研究所の入り口、そこに三人は居た。
「そうだね。“装骨”のコンセプトは平成からの作品が近いから、これから放送順に見ると良い」
渡された紙にはある特撮シリーズの名前と順番が書かれていた。
「これは布教用だからそのまま貰って構わない。見終わったら気に入った作品を教えて欲しい、参考にするから」
渡されたキャリーケースはずっしりと重い。
中に入っているのは、再生用のディスクとはいえ数が数だった。
「同士を増やすというのもあるが、“装骨”の使い方や機能を参考にしている部分もある。装備や機能で要望があれば可能な限り叶えよう。ああそれとこれを」
渡されたのは一枚のカード。
「研究所仮メンバーの証だ。入り口で翳せばロックを解除できる。学生証にセットしておいてくれ」
そんなものを軽く渡さないで欲しい。
「さて、本当なら今すぐにでも実験を始めたいが、機材の設置どころか梱包すら解いてない状況だ。準備が終るまで一週間程掛かるだろう。そうしたら正式に申し込むから、それまで待っていてくれ」
「了解。それじゃまた今度。あ、小夜さんお茶美味しかったです」
「ありがとうございます。次はお茶請けも用意しておきます」
二人に礼をしてその場を去る。
キャリーケースを転がし、向かうのは自身の寮。
思うのは先の選択。
「これで一歩は進めたかな」
広がる青空に答えを投げる。
これから先の未来に期待を持って。
「とりあえず今日は徹夜で特撮鑑賞だな。成長はしないけど疲労や睡眠不足まで回復するってのはこういう時便利だね」