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変身英雄  作者: 白烏黒兎
1/10

序章 災厄

 視界に色が戻る。

 夕陽に負けない紅の輝きが辺りを照らす。

 火だ。

 紅蓮に燃え盛るそれは、あらゆる物を火種として、全てを飲み込まんと盛り焚けている。

「――――」

 耳に音が戻る。

 幾つもの悲痛な音が響き渡る。

 悲鳴だ。

 血を流し、恐怖し、化け物に喰われている人達の助けを求める声だ。

「か……っはぁ……!」

 呼吸が戻る。

 鉄臭さや、生臭さなどが混じりあった臭いが肺に満ちる。

 血や臓腑、化け物の臭いだ。

 吐き気を催すが、内臓はほとんどが零れてしまっているし、中身も空だ。

「ま……だだ……っ」

 鉄の味が広がる。

 口内の異物を吐き出す。

 少々の血と幾つかの欠けた歯だ。

 引き抜かれた舌が再生したことで言葉をはっきり喋る事ができる。

「……あ」

 熱や痛みが全身を再び駆け巡る。

 のたうち回りそうな激痛の中、右手に硬く滑らかな感触を感じる。

 お菓子の缶容器だ。

 それはとても大事な物で、大切な人から受け取った物で……。

「ぐっ……」

 立たなくては。

 手足はもう直っている。

 圧砕、貫通、千切れた部分はどれも綺麗になっている。

 腹部から散乱した内臓も体内に収納される。

 それは掃除機の自動巻取りを思い出させる様だ。

 千切れてしまったものは残ってしまうが問題は無い。

「ぎぁ……かはっ……」

 途方もない不快な感覚と共に欠けた部分が再生する。

 長いようで短い時間で完全に体は直った。

 立ち上がった体は血に濡れているが傷一つ無い。

 損害と言えば衣服が血で汚れ、大きく破損してしまっているぐらいか。

「化け物……」

 口から零れた言葉。

 そいつを形容する言葉はそれぐらいしか思い浮かばなかった。

 だが、これ以上適切な表現はないと思う。

 辛うじて人の形をしたナニカ。

 二本の足で直立し、二本の腕を振り回し、一つの頭には深紅に輝く双眼と裂けた口があった。

 全てが黒に染まるそれは災厄だった。

「caca――!」

 そいつは嘲笑う、自らが起こした災厄に。

 そいつが生み出した小さな化け物達は、瞬く間に成長し、街一つを阿鼻叫喚の地獄に変えてしまった。

 そいつが腕を振るうたびに、轟音と共に幾つもの家屋が吹き飛んだ。

 そいつが何かを叫ぶだけで、不可視の何かが地形を抉り変えた。

 そいつは人々の恐怖に慄き泣き叫ぶ姿を嗤っていた。

 そいつはただ甚振るためだけに、一人の子供を不死に近い何かに作り変えた。

「――――っ!」

 背後から響く声。

 今、守らなくてはいけない大切な人。

 幼い彼女が泣いて叫んでいる。

 何て言っていたのかは覚えていない。

 自身の全てを化け物(そいつ)に向けていたから。

「この……化け物がぁ!!」

 声を出せ、張り上げろ。

 この身が、心が健在であることを。

 足を前に、走り出せ。

 闘志が消えてないことを示せ。

 少しでも意識を逸らせば、この甚振り(あそび)は終ってしまう。

 そうなれば、彼女の身が危ない。

 化け物の狙いは彼女なのだから。

 この絶望的な甚振り(あそび)にも勝機はある。

 ただ一つ、時間を稼ぐ事。

「わああぁ――!」

 幼い体で振り上げた拳は届かない。

 自身の身長の倍程まで伸びた腕に捕まえられたからだ。

「ぐっ――あっ」

 喉を掴まれ、頚椎ごと圧砕された。

 酸欠の苦しみと痛みに視界が白く染まる。

「ca!」

 化け物はお構いなしだった。

 面子のように地面に叩きつけられた。

 化け物は伸びた腕をしならせ、地面に赤い花を咲かせる。

「がっ……ごぁ……っ」

「cululu――」

 痛みに苦しむ様子が見たいのか、腕を縮めて目の前に吊り下げられる。

 深紅の双眼は語っていた。

 ……もう諦めたらどうだ?

 嘲りを籠めたそれは十分に伝わった。

 だから。

「ま゛、だまだだ……化げ物……」

 ほぼ再生した口で答え、ぺっ、と血を吐きつけてやった。

 前に見た映画の真似だ。

 少しでも嫌がらせになれば、とやったが効果は大きかった。

「cua――!」

 格下の、それも子供に侮られる、というのは我慢ならなかったようだ。

 四肢を千切られ、内臓を抉られ、脳内をかき混ぜられた。

 直る傍から裂かれ、抉られ、潰された。

 そんな永遠とも思えるような痛みは唐突に止んだ。

 再生中で霞む視界に広がったのは、子供程度なら丸呑みできそうな裂けた口。

 遊びは終わりのようだ。

 ……間に合わなかったか……。

 自身の迂闊な挑発で好機を失った事。

 大切な人を守れなかった事に自責の念に駆られる。

 生臭く、凶悪な牙に飲まれるその時、

「cu!?」

 希望は来た。

 風を切り裂いて来たそれは矢だ。

 幼いといえ、自身の腕ほどある矢は、化け物の片足を貫いて地面に縫い付けた。

 力ずくで引き抜こうにも足はピクリとも動かない。

「――っ!!」

 驚愕する化け物に、二の矢三の矢が飛来する。

 回避するには足が動かない。

「cuaa――!」

 化け物は回避した。

 動かぬ足を自らの手で切り捨てて。

 しかし、矢の射手はそれすら読んでいた。

 それは輝く光の矢。先程の矢よりは小さいが、威力は比ではないことが一目でわかった。

 狙いは化け物の頭。

 地面を転がり、片足を失った化け物は即座に逃げられない。

「――え?」

 トンっという衝撃。

 胸に刺さる、半ばまで埋まった矢を見て理解した。

 盾にしたのだ。今食べようとした自分を。

 思わず引き抜こうと両手で掴もうとしたが、出来なかった。

「が、あああ――!」

 身体の内側から食い荒らされるような激痛。

 連続して襲い掛かる痛みに、ただ叫ぶ事しかできなかった。

 痛みにのたうち回る視界には、

「――っ!!」

 悲鳴を上げ、こちらへ必死に手を伸ばす彼女と、

「caa――」

 彼女に喰らいつこうとする、化け物が視界に映っていた。

 助けられなかったと自らを呪う。

 大切な者が穢される様を白くなる意識の中で見つめていた。

 ……お前だけは絶対に許さない。

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