裏切ったつもりはないけれど、こっちにしてみれば同じあれだった。
☆彡
華絵は顔色一つ変えない。
「僕の父親が何をしていたかって?
簡単さ。吸血鬼を殺す仕事をしていた。
このアクセサリーはそのための道具だ」
左手でもてあそんでみる。
「普通の人には害はない。
けれど吸血鬼が触ったとたん、強靭凶悪、変幻自在な彼らの身体を滅してしまう。
……そんな風にね」
俺は華絵の右手を指さした。
右手は、まるで火傷にでもなってみたいに、赤くただれていた。
どうして、吸血鬼が一匹だけだと思ったのだろう。僕はうかつな自分を恥じた。
「君が音夢のことを噛んだんだ。
血清を打つ前も、打った後も。
そりゃ効果が出るわけがないよな」
「でも、でも先輩」
「理由なんか聞きたくない。
俺が言いたいのは1つだけだ。
音夢を治せ。元通りにしろ」
「先輩、でも昨日言ったじゃないですか。
楽しかったって」
ねえ、先輩――。
楽しかったですよね。
その言葉を思い返し。
その真意に思い当り。
「ふざけんな! そんなことのために、音夢を利用したっていうのか。何の関係も、罪もない音夢を――! 」
俺と一緒に出歩きたい。
そんな理由のために。
「罪なら、ありますよ」
しれっと華絵は答えた。
「だっていつも、音夢の心配するじゃないですか。
怪我しなかったか。風邪ひいてないか。お腹は空かせてないか。ねえ、それじゃ隣に居る私はどうなんですか? とっっってもみじめです。
この子だって、私の気持ちに気づいてたくせに。偉そうに。
『お兄ちゃんは普通の人間だ。
だから近寄るな』って。
自分も同じ化け物の癖に」
俺はいつものように、剣の部分を手に持ち、鉤を相手へと向ける。いつでも、戦闘態勢に入れるように。
「そしたら『私は、いつか居なくなるつもりだから』って。
それじゃあ私にくれてもいいじゃない。
そう思いませんか? 」
「思わないな。
いいか、理解できてないみたいだから、もう一回言うぞ。
音夢をもとに戻せ」
「私を化け物だって思ってるなら、それは」
「音夢は俺の妹だ。ただそれだけ」
それ以上でも、それ以下でもない。
華絵は。
華絵『だった』吸血鬼は、舌打ちをすると、黒い霧となり、部屋を出ていった。
当たり一面に広がる血の匂い。どこかの部屋から、その不快感から悲鳴が上がる。……。
消え失せろ化け物、と。
感情は消えない。
「お腹すいた! 」
ベッドの上で、目を覚ました音夢の第一声はそれだった。どうして自分がここに居るのか、理解できてないのだろう。あたりを見回しながら。すっごい長い夢を見てた、と言った。
「私ね、空を飛んでたの。
東京までいって、東京タワーのてっぺんまで行けた」
「そりゃよかったな」
「そこでお月見もできたし。すっごい多いkな満月だったの」
「今度行こうな」
月の出ない日ならいつでも。
「お兄ちゃん」
そして音夢は俺の目を見据え、
「また無理したでしょう」
「してねーし。
お前に何が分かるんだよ」
「分かるもん! 」
音夢は強引に、俺の右手をひっぱる。
右手は治ったはずだった。……ただ、それは日常生活に支障がないというだけで、外傷は完璧に癒えたわけではない。
無数に刻まれた裂傷を見て、息を呑む音が聞こえた。
「もう、こんなの……。こんなの、やめてよ」
「別にお前のせいじゃない。
ちょっと遊びに行って転んだだけだよ」
なあ、華絵――。フォローしてくれよ。
俺は助けを乞うために、後ろを振り返るが。
そこには誰も居ない。
目頭が、ほんの少しだけ熱くなる。
「どうしたの? 痛かった? ごめん」
「いや、そうじゃなくて」
俺は解放された右手で、目頭を押さえた。
「……どっちにせよ、ちょっと遊びに行ってただけだ。華絵と一緒にな。それで、華絵は遠くに行った。ただそれだけのことだよ」
何も問題はない。
そう、何も。
きっと。
この苦しい気持ちとか。
やりきれない思いとか。
ああ、とにかく誰か。
すっごく悪くて。
わかりやすい悪者が。
居てくれればなあ、なんて。
「まあ、お兄ちゃんがそういうなら信じるけど」
「やけに素直だな、今日は」
「いーじゃない、たまには」
「そうか? ま、そうかもな」
俺は音夢の隣に腰かけた。もう、涙は引いていた。
それじゃ、俺もたまには兄らしく。強がって、かっこつけてみせるか。
ニコッ、と笑顔を作り。
「んじゃ、帰ろうか」
無明先生が、俺たちを玄関まで見送ってくれた。
音夢を先にタクシーに乗せて、先生に頭を下げる。
「私は、こんななりをしているから」
サングラスをとって、口元だけで笑顔を作る。
「よく化け物だと言われました。頭がどうかしてる、ともね。少なからず、傷ついたこともある」
「俺はそう思いませんけど……」
「ああ、そういう意味ではなくて。
化け物が、みんな見た目通り化け物であればわかりやすいのにな、と思っただけです」
それが誰のことを言っているのか。
俺はすぐにわかったが、目をそらし、
「きっと君は悪くない。
いや、誰も悪くないんです。
みんなががんばって、空回りしたら。
それはきっと、そういう運命だったんです」
「俺が、もっと――」
「君がもっと強ければ?
もっと賢ければ。それとも判断を間違わなければ?
そんなことはないんです。なぜなら、君はただの人間だから。君にできることは、ただ、目の前にあるものを、大事にすることだけです」
「先生、なんていうか」
「身体を壊さないように。
それから、こんな病院に二度と来ちゃいけませんよ」
「分かりました」
いって俺は、再度頭を下げる。
遠くで、カラスが鳴いていた。
かあかあかあ。俺もマネして声に出してみる。……不思議そうに、音夢がこちらをのぞいた。
カラスは何故なくのだろう。子供が待っているからだ、と答える童謡があった。
俺も帰ろう。
カラスに導かれるようにして、タクシーが走る。すでに外は暗がり、路面が紅く染まっていく。
十字の剣と、墓地のシンボル。それは異端とたたかった審問官と、倒された相手の墓地を意味するらしい。
妹の命をすくった「お守り」は、彼女の首の下で揺れていた。
ああ、今日は何を食べようか。
そんなことを考えながら。
久しぶりの我が家に向かうのだ。




