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妹があれだと思ったら、あれなのは妹じゃなかった

音夢が泣いていた。まだ小学生のころだろう。同級生にいじめられたと言って、涙を流していたのだ。

 俺がやっつけてやる。握りこぶしに力をこめて、俺は音夢にそう言った。けれど彼女は、首を振って、

 あっちが悪いわけじゃないの。ただ、話が合わなかっただけ。

 嫌いだから、そんな理由で倒してばかりいたら。その先どうすればいいの?




 場面は変わって。


 俺の首筋にかみつこうとする音夢。瞳孔は真っ赤にそまり、理性は失われたその姿で、かすかに残る理性で彼女は自分と戦いながら。


「それじゃあ吸血鬼だという理由で、私のことも排除するの? 」

 いつか人を襲うかもしれないという、理由で。











 

 目を覚ますと、真っ白な天井だった。まばたきを数回。深く息をすって履くと、内臓のどこかが痛い。

 体を起こそうと身じろぎをすると、腕からチューブが伸びていることに気づいた。


「もう! 」

 その声は、右わきから聞こえた。

 ひどく重く感じられる身体をひねって、なんとかそちらの方を向くと、華絵が涙ぐみながらこっちを見ていた。

「先輩、心配したんですからね」

「……どういうこと? 」

「私、気がついたら先輩が倒れてるし、わけのわかんない吸血鬼は居ないし。……外も真っ暗だしで、大変だし、すごく心配したんですよ」

「ごめん、ごめん」

「ごめんじゃないですよ!

 先輩まで居なくなったら、私、私……」

 小刻みに震えるその背中に、俺は手を添える。ごめん、と繰り返して。そのあとに続ける言葉を見つけられなくて――。

 扉を開け、中に入ってきたその医者は、「おっと邪魔だったかな」と戸を閉める仕草をした。

「……茶化しに来たなら、帰ってくださいよ」

「まあそう睨むな。朗報を持ってきたんだ。

 君の持ってきた血液から、血清が精製できた」

「血って。俺、そんなの持ってましたっけ」

「これだよ」

 そういって彼は、俺がいつも持っているアクセサリーを示した。

「カギの部分に仕掛けがしてあるみたいだ。傷口を深くえぐる、出血を促し、」

 無明先生は墓地の部分を分解してみせる。

「中に血液を保持する機構が入ってる。

 恐らく、想像だがこれを使っていた人たちは吸血鬼と戦い、自衛のためにそんな手段を持ったのだろうね」

「てことは音夢は、治るんですね」

「今はどちらかというと、君のほうが重傷だよ」

 俺は苦笑いで、それに応える。

 隣を見ると、音夢がいつも通りの顔で寝息を立てているのが見えた。……しかしこころなしか、顔色は以前よりもよさそうだ。

「はい、先生。聞きたいことがあります」

 華絵が手をあげる。

「こういうのって、ふつう、親玉が倒されたら治るものじゃないですか? 」

「そうだねぇ。

 けれどこれは、魔術とか呪いとかそういった類のものじゃないから」

 無明先生は近くにあった椅子に腰かける。

「だからこそ、本人の持っている遺伝子と、外部要因が合わさって引き起こされる『疾患』なんだ」

「いつ治るんです? 」

「僕の見立てでは、3日中にはよくなるはずさ」



 華絵のほっとした息遣いと。

 先生の後姿を見て。

 俺は自分のベッドの上に横になって、目を閉じた。体の痛みは当然かもしれないけれど、やっぱり消えてなかったのだから。



 華絵に支えられながら、病室に入る。……ベッドの上には、相変わらず音夢が安らかな顔で横たわっている。

 無明先生は、手元のカルテを見ながら説明を始めた。


「遅くても三日後には、目を覚ますはずだよ」


 そう請け負って。

 三日たっても、一週間経っても。



 音夢は目を覚まさないのだった。


 ぎいぃと鳴る扉をあけ、屋上にでる。眼下には防風林が広がっており、遠くには水平線が見える。潮風を一つ息吸い込み、ふと何気なく視線をあげると、こちらをあざ笑う三ケ月と目が合う。



「どうして、私だけお月見に行っちゃダメなの?」


 当時低学年だった音夢は、目に涙を浮かべていた。

「友達みんな行くんだよ? 先生も来てくれるって」

「そういうことじゃない。

 いいから、おうちの中で遊ぼう」

「嫌だ!

 どうして私だけ、」



『みんなと同じことができないの? 』


 吸血鬼の身体は人より頑強だったけれど。それは彼女にとって利点じゃなく、ただの不便だった。背の高い人が、身をかがめて歩かなければならないよう。「非力な」人間として生きるには、この世界は窮屈すぎた。

 その夜、怒りに我を忘れた音夢は僕の首もとにかみついた。本能だったのか、それともそれ以外の何かがあったのかは、分からない。

 夏の終わり。

 日が暮れるのも早くなる。この時期に月を見ると、首の傷跡が、うずくのだ。2つ、ぽっかりと穴が開いた傷痕が。


「それでも」

 それでも、音夢は俺の妹だ。

 親父の忘れ形見だ。

 誰であっても、何であっても。




 後ろから、ドアの開く音が聞こえた。

 ビル風に、なびく髪を押さえ、立っていたのは華絵だった。

「先輩、こんなところに居たんですか」

「部屋にいたら息苦しくて。

 でも、すぐに戻るよ」

「ねえ、残念でしたねぇ」

 ちょこんと、僕の隣にあるベンチに腰掛ける。

「音夢、目を覚まさなくて。

 でも、よくなってるって。先生が」

「どうだか」

 俺の態度に苦笑して、同じように視線を上へとあげる。月を見つけたのだろう、「うわあ」と感嘆の声をあげる。

「ねえ先輩」

「ん? 」

「でも、楽しかったですよね? 

 あっちにいったり、こっちに行ったり。

 ハラハラしたり、怖いこともあったけど。

 私はすっごく、楽しかったなぁ」

 そんなこと、考える余裕はなかったが。

「まあ、そうかもな」

 適当に相槌をうつと。

 華絵は嬉しそうに、顔を綻ばせた。

「きっと、音夢もよくなりますよ。

 大丈夫! 私が請け負います」

「お前に言われてもな」

「ひっどーい。

 ……もう遅いから、今日のところは帰りますね。先輩も、風邪ひかないように」


 階段を下りていく、後姿を見送る。

 体に吹き付ける風が、少し冷たくなってきたようだ。俺は両手をこすりながら、屋上から降りる階段へと向かう。……けれど。



 なんだ、この違和感は。

 久しぶりに、昔のことを思い出したからだろうか。首筋の傷をさわったからだろうか。……元気な音夢の姿を見ていないから、頭の中で禍々しい想像をしてしまうのだろうか。

 それとも、疲れているから。


 俺の心の中の直感が、すべてを否定していた。そんなことじゃない。考えろ。何かが変だ。じゃあ、何が?

 首に手をあてながら、歩いていくと、つま先に何かがぶつかる。……それは、無明先生に渡していた、俺のアクセサリー兼、武器だった。

 華絵は、これを届けに来てくれたのだろうか。

 そのアクセサリーを俺は拾い上げ、ポケットにしまった。

 階段を降りると、懐中電灯を持ち歩きながら、見回りをしている看護婦とすれ違った。俺は頭を下げて通り過ぎようとしたが、「ちょっと」と呼び止められる。

「もう消灯の時間だから、あまり出歩かないでくださいよ」

「すいません、少しだけ夜風に当たりたくて」

「そういってもねえ。

 ゆっくり休むのも、患者の仕事なんだから。

 面会時間も終わってるし」

「はい、気をつけます」

 看護婦の小言を聞き流して。

 俺は手元でアクセサリーを弄びながら、自室へと向かう。つるりとした、冷たい感触。無明先生が洗ってくれたのだろう。血のりはついてない。

 ペタペタと、スリッパの音が廊下に響く……。





「先輩、よかったですねえ」

 すっかり包帯が取れた俺の右手を見て、華絵は嬉しそうだった。

「これでまた、学校に通えますね」

「そうだけど、まずはリハビリしないとな」

 俺は枕もとにあったアクセサリーを拾おうとして、手を伸ばす。手に触れる冷たい感触。いつものように掴もうとするが、やはり感覚が戻ってないらしい。手元から滑り落ちて床に落ちてしまう。

「あらら。こりゃ大変だ」

 俺は松葉づえをついていたから。

 華絵はかがんで、そのアクセサリーを拾おうとした。瞬間、

「痛いっ」

 と、手をおさえて飛び上がった。


「せんぱぁい。なんですかこれ。

 すごい静電気ですよ」

「……静電気じゃないんだ、これ」

 俺は松葉づえをおいて、左手でアクセサリを拾い上げる。


「これはね、親父の形見で。悪いものを祓うお守りみたいなもんなんだ」

「へえ。先輩のお父さんって、どんな仕事をしてたんですか? 」

 その質問に答えず、俺は、

「君だったんだね」

 と、華絵の目を見ながら、言った。






外ではまん丸お月様。

裏ではペロリと舌を出して。

見えないように嘘をつく。

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