表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

眠り姫とあれだと思ったら、やっぱりあれだった

 夜がこんなに長いなんて。



 目を覚ましたのは、いつもの目覚まし――ではなく、繰り替えされるチャイムの音。枕もとに手を伸ばして、現在時刻を確認。溜息。

「まったく。おせっかいな奴だ」

 僕のつぶやきは朝もやと一緒に消えていき、華絵ちゃんのけたたましい声が朝のせいひつな空気をぶち壊す。

 それでも、誰かが心配してくれるっていうのはありがたいことだけどさ。


「先輩、今日は雨の予報ですよ」

 華絵はオレンジ色の傘を差しだしながら、笑ってみせる。「持ってこないと、傘もささないんじゃないかと思って」。

「失礼な。僕だって傘ぐらい持ってるよ。

 ……透明な、やつだけど」

「ちょっと拝見。わ、これボロボロじゃないですか」

「骨が折れてるだけだ。まだ使えるさ」

「うーん、そうなのかなぁ」

 ビニール傘の内側、四方に飛び出た骨を指でいじっている。

「デザイン的に問題はあるかもしれないけど、機能性に支障はないからね」

「これだと、機能性にも問題がある気がするなあ。……それより、外、行きましょう。今は雨も止んだみたいだし」

 先に手を取り歩きだす。

「先輩、まだ寝れないんでしょう? 」

 まだ、という言葉の真意を測れかねて。僕はあいまいに笑ってそれに応える。

 あの日。

 アイツが現れた日から。

 音夢は目を覚まさなくなった。耳を澄ませば寝息は感じるし、手を触れればぬくもりは残っている。

 連れてった病院で、白衣の医者は「問題ありません」を繰り返すだけだった。原因不明。症状不詳。だから、治すこともできません。そんな類のことを、ぼやかしていうだけだった。


「そんなに起きてたら、体に毒ですよ」

「どうってことない。

 眠りっぱなしのやつも居るんだ」

「そりゃそうですけど。だからって、夜通し歩き回るのは、極端だと思います」

 吸血鬼は夜歩く。

 そんな微かな、噂ともいえる情報だけどもとに、僕は日が沈んだころに起きだして、あいつの足跡たどる。はじめは鳥、次は犬。そして人間。被害者が一人だけとは思えない。夜の闇に隠れて、消えていきそうな残滓を追いかけるのだ。


 その時、心配そうな顔をしているのに気付いた。


「ごめん、大丈夫だって。気を付けるよ」

「本当に? 」

「うん、約束する。無理はしない。無茶も」

「私、嫌ですよ。親友が2人も、急に居なくなったら」

 その言外に含まれた感情をくみ取って。僕は静かに深呼吸する。


 久方ぶりに歩く街並みは日差しが照り返してきて、とてもきれいだ。軒先の鉢植えに水をやるおばさん。ジョウロの先から水滴がこぼれ、陽光を照り返し白くなっている。

 傾斜のついた道路沿いに商店街が広がり、端の交差点で、僕らは立ち止まる。左に居る華絵ちゃんの視線は、まっすぐと向こうを見ていて、--、その先にあるのはどうやら花屋のようだった。

「花、買っていきます? 」

「どうして? ってああ、そうか」

 今日が音夢の誕生日だからだ。言ってすぐに思い出す。

「いくら忙しいからって、誕生日を忘れるのはひどいと思いますよ。お金、建て替えときます」

 小走りに、華絵ちゃんは店内に入っていった。



「それにしても、受け入れてくれるところがあって、よかったですね」

 様態不明の患者の受け入れをどの病院も拒否した。なんせ体調は悪くない。ただ寝ているだけ、と彼らは判断したのだから。

 最終的に、音夢を受け入れてくれたのは「無明灯」という馴染の医者だった。彼は名医だと評判を聞くけれど、「少しだけ」問題がある。

「病院に行くの、今日が初めてだっけ」

「その先生のところに行くのは、そうですね」

「驚かないように、心していた方がいいよ。

 びっくりして目が飛び出ないように。……ああ、つまんないジョークだ」

「私を怖がらせようと思って、話を大きくしてるでしょう。私、けっこうそういうの平気ですからね」

 まあいいさ、と僕は心の中で独りごちる。言うべきことは言ったし。やるべきこともやった。

 あとは話に聞くより、実際に自分の目で見て確認してもらうしかない。


 ちょうど病院の前にたどりついたというのもあって、僕らはいったん会話を打ち切る。


 病院は少しばかり小高い丘の上にある。入院施設もあるから、きっと土地が安いここを選んだのだろう。

 院長の趣味だというが、白い外壁を夏蔦が這っている。……夏の日差しをたっぷりと浴びた植物は、無尽蔵に成長して今にも病院内部まで浸食しそうに見える。


 ガーデニングが趣味だとは聞いたけど。

 悪趣味だよなぁ。


 通るたびに同じことを考える。

 病院の受付で、名前を名乗ると、部屋の前まで案内される。「今、担当医が来ますから」と静かな声を告げて、僕ら2人、それから音夢を残して部屋を後にしていった。



「ねえ、かわいそうだと思わない? 」

「かわいそうって

どっちが? 先生? それとも病気のほう? 」

「あんた、うまいこと言うわね。どっちもよ」

 ドアは閉められていたけど。風に乗ってか、笑いあう看護師の声が聞こえた。

 僕が何かを言おうと振り向くと――、ぎゅっと右手首を誰かに捕まれる。

「先輩、思うことはいっしょです」

 つかんでいたのは、華絵のようだった。今にも火花が散りそうな目で、ドアをにらみつけている。

「でも、やるのはやめましょうね。

 音夢が治ったら、こんな病院二度とこないんだから」

 まったくだ。

 僕が返事をする代わりに、扉が開いて白衣の男が入ってくる。男はこちらを向いて、律儀に頭を30度ばかり傾けた。

「こんにちは、このたびは」

 部屋の中に居るというのにサングラスをしていて、右手は白い手袋に覆われている。

「あの、まぶしいですか? カーテン閉めますよ」

「あ、いえお気になさらずに。

 こうなってるもので」

 無明先生はサングラスを外して、にこりと微笑んだ。……そこにあるはずの目は、少しだけくぼんでいるだけであるはずの眼球がない。


「もっと近くで患部を見たいんです」


 と若かりし先生が思った姿のなれの果てである。眼球は視神経とともに、手袋で隠された右手に、移植されている。  

 一連の説明に、華絵は手をたたいて喜ぶ。なぜか。

「わあ、すばらしいですね」

「すばらしいというか」

 僕はその発想に、変態染みたものを感じるけど。


「ところで、音夢さんの容態ですが」

 無明先生は手元のカルテをめくりながら説明する。心拍数、血圧、脳波、エトセトラ。すべて数字は前回と同じ。

 つまり、異常ありません。


「じゃあどうして、起きないんですか、先生」

「起きたくないんじゃないでしょうか。

 いや、失礼。そういう意味ではなくて」

 どう説明したらいいものか。

 巨漢の男は宙を見つめて、言葉を探している。


「より強い欲求の方が勝つ、という話です。

 あなた、すごくお腹がすいて眠たい時、どうします? 」

「僕は先に食べてから寝ます」

「私、すぐ寝ちゃうなあ」


 つまり、と彼は前おいた。

「音夢さんの中では『音夢さんの意志』と『別の意志』が戦っている、なおかつ負けている状態なわけです。だから身体のコントロールができない」

「そこまでわかってるなら、解決策は? 」

 華絵の問いに、僕も頷く。


「ワクチン治療という方法を、ご存知でしょうか。インフルエンザとかに使われるアレですね」

 ぱら、とめくっていたカルテの最後の一枚をこちらへと向ける。

 そこには鍵方をしたブロックが、デフォルメ化されたバイキンと戦う絵が書いてある。

「これが抗体反応です。

 体は外敵に最適化した守護者を造り、戦わせるわけです」

「わかった!」

 華絵が手をあげる。

「抗体を作るわけですね?

 血清と同じだ! 」

「そのとおり。

 吸血鬼の血をつかって血清を造り、音夢さんの体内に打ち込む。これが現状で考えられる、最適の治療です」

「なるほど」

 言って僕は立ち上がる。

「じゃあ僕らは吸血鬼をふんじばればいいわけだ。分かりやすい。どこにいけば会える? どうやって手に入れればいい? 指示がほしい」

「まあ、そう急かさないで」

 先生は、看護婦が持ってきたお茶を口にする。

「血を持ってくるといっても、本人から回収するのは現実的じゃない。

 だってあなた、吸血鬼と戦えますか?

 不老不死、変幻自在、怪力無双、おまけに眉目流麗ときてる。

 ミイラ取りがミイラになるとも限らない」

「僕が返り討ちにあうと? 」

「だから、安全率の高い方法を選ぼうと言ってるだけです。血清だけなら、本人でなくとも、近い生物から作ることができる。

 幸い、私の友人に妙ちくりんな生き物を飼うのが好きなやつが居ます。彼のペットから、本のすこし分けてもらえばいい」

 そう言って。


 彼はカルテに地図を書き記した。





「そうは言ってもな」

 電車に乗り、揺られること1時間弱。丘を下り、田園を抜け、そろそろ海が見えようかというところで、駅を降りる。

 ホームをくぐると、鼻をかすかに塩の匂いがくすぐる。遠くから、波の音が聞こえてきそうだった。

 華絵は、手に持っていたオレンジ色の傘を、駅舎の中に立てかける。「晴れるのも、善し悪しだなあ」。

 メモに書いてある住所を一瞥して、駅員に邦楽を尋ねる。ここからどのくらいかかるのかと。

 髪を短く刈り上げた、年若い駅員はメモをみて……、笑顔で頷く。

 一方華絵はと言えば、案内図で自分の居場所を確認したかったのだろう。周囲を見渡しながら、けれど前方へ注意を向けず、歩き続ける。

 そして、


「痛い、っ」


 一人の少年とぶつかっていた。


「ごめんね、大丈夫? 」

「うるせえ。さわんな」

 フードを目深にかぶりー、華絵の胸元ぐらいの身長の少年。暗がりから除く目は、心なしか蒼く光っているようにーー。


「おい、悪いのはこっちだけどな。

 しっかり前を見ないそっちだって」

「すんません。

 これでいいだろ? 」

 そして少年は、きびすを返して走り出す。


 その姿を見送って。

「なんだか、変な子でしたね」

「平日だってのに、制服でもないしな」

「そうじゃなくて」

 華絵は言葉を選んで、

「ううん、不思議な空気」

 と。




「それにしても、ずいぶん広い庭だな」

 ぼくたち二人は、タクシーで下ろされた家の前で、立ち尽くしていた。

 とにかく庭が広い。四方を真っ白な壁に囲まれている。インターホンは門のすぐ横についているものの、その先の玄関は伺いしれない。


「とりあえず、押さなきゃ」

 ピンポーン。

 と、案外普通の音が響く。

 待つこと数秒。この家の主はどこからやってくるのだろう、玄関を開けてか、それとも使用人がいるのか……。



「はーい」


 などと考えていると、背後からの思わぬ声に驚かされる。僕と華絵は思わず悲鳴をあげながら振り向いた。こそっ、と華絵は僕の左半身のうしろに隠れる。

「どぉも。無明先生の知り合い? 」

「そうですが、その」

「僕はねえ、花塚。花さんと呼んでね。趣味は散歩と人間観察。あとは動物飼育」

「あの、そうじゃなくて」

 切り出したのは華絵だった。

「どうして馬に乗ってるんですか? 」

「ああこれ? 足が不自由でさ。馬に乗ることにしたんだ」


 冗談か本気か分からない理由だ。僕は心の中で、この人を無明先生と同じグループに分類した。


「ところで、君たちが欲しがってるのはこれだろ? 」

 花塚さんが投げた小ビンを、僕は受け取る。

 ビンの中には、手のひら程度の大きさのコウモリが入っている。黒く皺が寄った顔に、するどい牙をむき出しにして、こちらをにらみつけていた。

「ウォンバット、

 吸血鬼のモデルになったと言われる種類だよ」

「血を、頂きたいんです」

「問題は、そこなんだ」

 花塚さんは馬から降りて、椅子にこしかけた。

「僕はコウモリの血管に詳しくない。

 きっと君らもそうだろう。

 だとすると、採血するのは難しいことになるね」

 こっちはそんなこと四の五の言ってられない。最悪、もっと残酷な方法であってもーー。

「君、すこし悪いこと考えたね。

 まあ、人の命を救うなら、それも悪くないけれど。

 それでも、数少ない友人だからさ。命は大事にしてやりたいんだ」

「それはそれとして、ーー」

 言いかけた俺の脇を、何かが走りぬけた。猛然と駆ける黒い影は、花塚さんにぶつかる。

 思いがけない衝撃に、花塚さんの手からビンが転がり落ちた。それをその黒い影、フードをかぶった少年が拾いあげる。


「これがあれば、俺だって」

 勢いで少年のフードがめくれている。日本人にはありえないだろう、金色の髪の毛。青い目。そして背中では何かが蠢いていて。

 それは間違いなくコウモリによく似た、見知った羽だった。


「なあ、おい、これがあれば、吸血鬼を治せる。そうなんだろ? 」

「無理だよ」

 土ボコりを払いながら、花塚さんが立ち上がる。

「そいつ一匹から作れる血清じゃ、一人分にも満たない」

「じゃあどうすりゃいいんだよ! 」

「それを話そうとしていたところに、君が割って入ってきたんだろ」

 少年の手からビンを奪い返すと、それを懐に大事そうにしまった。

「君たちにお願いだ。

 こいつを、故郷へ返してやって欲しい」


 と、花塚さんは説明した。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ