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短編集

恋心を殺した日。

作者: 宵月


 私は今日、自分の恋心を殺した。


 それも、紐で絞め殺した後に、ナイフでめった刺しに。形が分からないくらいぐちゃぐちゃの、どろどろに。


 長年燻り続けた恋心は私の心の安定剤みたいになっていた。その事実に気付いた時、絶望した。いつから私は「人」ではなくて「恋心」に執着して依存していたのだろうか。


 途方もない恐怖に襲われた私は、急いでパソコンの開いて実名SNSサイトで昔の会社の後輩のページを開いた。一つ下の可愛い後輩。面白いくて可愛くて仕事もとても真面目にこなしてくれるので、私はその会社に在籍中はずっと仲良くしていた。そうして、決して名前も写真も明かしてはくれないけれど、彼女の恋人が私の思い人であると確信していた。


 それは直感とも言えるし、違和感とも言えた。女の第六感だなんて非現実的なことは信じていないが、多分、近い表現をすればそうなってしまうのだろう。


 それでも彼女も私の思い人もお互いを恋人だなんて言わないし、私が「恋人居ないんですか?」と飲み会の席で思い人に聞いても「いないよ」としか答えてはくれなかった。


 当たり前だろう。彼女は私の一つ下で、思い人は私の十四も上だった。当時彼女はまだ二十歳。隠して当然の年齢差だ。それでも、私はその会社を辞める時に手紙で言ったのだ、好きだと。ずっとずっと好きだったと。


 色好い返事なんて元より期待していなかった。ただ、自分の中のけじめ、なによりも、確信めいた疑惑で汚れていく自分の恋心に耐えられなくて、思い人に手紙を出した。


 いっそ、振ってくれたらこんな思いをせずに済んだのに。責任転嫁もいい所だけど、そう思ってしまう。そうしたら四年も経ってこんなに心臓が痛くならなくて良かったのに。


 震える手で開いた彼女のページ、アイコンが子供と彼女と、思い人の三人で写ったプリクラだった。


 思い人の腕に抱かれた子供の大きさから、二人が私が会社を辞めてすぐに出来た子供だろうと判断できた。どろりとした感情が腹の底から湧いてくる。なんで、言ってくれなかったのだろうか。私が、二人の幸せを祝福出来ない程の心の狭い人間だと思われていた、のだろうか。


 私は確かにあの人のことが好きで、ある種の依存をしていたのだろう。それでも私は自分の恋が叶うことは無いと分かっていたし、後輩の幸せは嬉しかったし、あの人が幸せそうに子供を抱く姿に微笑ましさを覚えられるくらいには、二人のことが好きだったのに。


 言ってほしかった。振ってほしかった。私はどんなことを言われたって「おめでとう」「幸せにね」「子供可愛いですね」って返したのに。


 そこで気付いた。私はもうあの人が好きなんじゃなくて、あの人を思うことで得られる心の安寧が欲しかっただけなんだと。


 決して叶わない恋は、甘い毒だ。


 きちんと振られていないことを理由に、新しい恋心に傾きかけても無視できる。まだ恋心があることを理由に、ほろ苦くも懐かしい記憶に執着もできる。前に進むことも後退することもない、その場で立ち止まるいい言い訳。


 気付いてしまった。気付いてしまったから、私は今日、あの人への恋心を、殺した。


 バラエティー番組の音が響く部屋に、塩辛い雨が降った。


 五月の連休最終日の出来事。



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