???な冒険者
「黒瑛は弓持ちを黙らせろ、ゲイズと俺が壁になる」
『承知した』
「ガァーゥ」
俺とゲイズは盾をしっかりと構えてモンスターの一団に突っ込んで行く。
ゲイズの巨体からのタフネスと怪力で守りに専念されたらオークの戦士ごときに崩されることはないだろう。
俺も3年もの間この迷宮で戦い続けてきたんだ。この辺りの冒険者の中じゃトップクラスの剣士の自信はある。
力任せに斧を振り回すオークにやられてたまるかよ。
とは言えさっきからヒュンヒュンと風を切りながら飛んでくる矢が厄介だ。下手だろうが数を射たれたらかわしきれない。
斥候の黒瑛が飛び回りながら弓持ちのオークにナイフを投げてくれていたがオークの厚い皮に阻まれて決定力に欠ける。
(やっぱり投げナイフじゃダメだな。かといって身軽な斥候に重装備でガチにやらすのは意味がねえし。何でアイツ弓が下手なんだよ)
小柄な黒瑛は短剣も投げナイフも得意だったが、弓に関しては下手をしたら自分を射るんじゃないかというくらいひん曲がりながら何処に飛んでいく。
俺達にとってオークは恐ろしい敵ではないんだが20人もの団体さんじゃ油断は出来ない。
「フレア、ダンの治療は後にして援護してくれ。ウィドーは何してんだ」
「ウィドーって言ったらまた怒られるわよ。彼女は上から回り込むって行っちゃったわよ。巻き込むと怖いから目眩まし位しか出来ないわ」
翠のローブ姿のフレアは鎖帷子に身を包んだダンの矢傷にかけていた治癒魔法を中断して俺の援護の為に立ち上がった。
「ダン、ごめんなさい。少し待っててね」
「ワンッ」
自分を見つめ健気に返事をするダンに後ろ髪を引かれながらフレアはオークに杖を向け呪文を唱え始める。
魔法使い達の唱える呪文てやつは何度聞いても理解不能だ。
歌のようでもなく言葉のようでもない不可思議な音の連続、しかも同じ効果の魔法でも一人一人呪文は違うらしい。何でも事象とかを操作するには自分なりのアプローチが必要で一度習得した魔法を自分のものにするために常に自分中に確変を肯定し記憶する自己を持たなくちゃいけないとか。
俺は魔法使いに成れなくてよかったよ。言ってることの一欠片も分からねえ。
俺が理解して感じられるのは剣を振り盾で受け殺られる前に敵を殺る、それだけだ。
「ダルモース!」
フレアが叫ぶ。
呪文はアレだか最後の魔法名はちゃんとした言葉なのが一般人には救いだぜ。魔法使いがどんな魔法を使うのか判断できるからな。
一拍後にオーク達が戸惑い始めた。まるでこっちを視認しづらいようだ。
と言うよりそうゆう魔法なんだ。
ダルモースは対象にしか見えない薄い霧で包み込む魔法だ。
俺も掛けられた事があるが周囲にうっすらと白い霞がかかるようで濃いとこと薄い所がありはっきり見えたと思ったら急に見えづらくなったりと気持ちの悪いイヤな魔法だ。
「ギュギー!」
目の前にいたオークが目を血走らせ叫んだ。
見ると尻の辺りから血を流してる。味方の矢にやられたようだ。
前衛にいたオーク達がしきりに叫びだす。弓持ち共に射るなと言ってるのか?
パッタリと矢が飛んでこなくなった。
絶好の機会到来。
「ゲイズ、今だ!」
「ガァーゥ」
数と矢で膠着していた状況をひっくり返してやる。
左から斬りかかってきたオークの短剣を盾で弾きすかさず目の前の尻を射られた斧使いの顔に剣を突き出す。
あわてて仰け反りかわすが庇ってる下半身が隙だらけだ、爪先を鉄で補強されたブーツでオークの脛を思い切り蹴りつけた。
「~~~~!」
声も上げられず斧を捨て七転八倒しはじめた。
とりあえず一人脱落。
さらに盾で攻撃を弾かれた時に短剣を無くしていたオークの喉に突きを入れる。素手で守ろうとしていたが俺の剣はオークの太い両手の間をすり抜けガードの奥の喉に届いた。
次だ。
ゴボゴボと血の泡を吹きながら崩れるオーク蹴り飛ばしながら剣を引き抜き右側の棍棒を持つ若そうなオークに向かう。
若いオークは味方の死と魔法でパニックになったのかめったやたらに棍棒を振り回していた。
俺は弓持ちとの間にこのオークを挟むように位置をとり状況を見る。
フレアは矢に射られないようにダンのカイトシールドで自分と怪我をしているダンを亀のように守っている。
黒瑛は投げナイフが切れたからか、俺が開けたオークの前衛の隙から短剣を構え弓持ちに突っ込んで行く。弓持ちもナイフくらいは予備に持っているだろうが黒瑛の腕なら問題ないだろう。
「ガァボーーア」
ゲイズは幾つか傷を負っていたが250センチの巨体に見合う鋼のメイスと大盾を振り回し当たるを幸いにオーク達を凪ぎ払う、足元には倒されたところを踏みつけられ事切れたオークが4体あった。
やるなゲイズ、よく見ると矢が2,3本刺さってるけど気にした様子もないぜ。
「ゲイズ、余り無茶するなよ」
本人が平気でも見てる方が痛くなる。
「ウガー、ぼーすー、げいずーいけるー」
ゲイズはその場にしゃがむと、
正面にいたオークの胸元にふんッと頭突きをかます。
ズボッ!
ゲイズは頭を完全に覆う鋼鉄製のフルフェイスの兜を被っている。以前迷宮で戦った蛮族が兜を被っていたのを見て欲しいと駄々をこねたので俺が特注してやったのだ。
巨大な鋼のドクロの形をしていて目と耳に細かいが丈夫な鉄格子を付け飯が食えるように顎も動くようにした。
見るからに恐ろしい物が出来てしまった。
そして最大の特徴は俺が悪のりで額に付けた槍の穂先の様な刃の角だ。
別に意味など無かったのだが。
「ガァーゥ」
その角の先端ががオークの背中を突き破っている。
ゲイズは立ち上がり頭にぶる下げた犠牲者を思い切り振り落とす。
冗談で付けただけなんだがな。
ゲイズの周りにいたオーク達は図上から落ちてきた仲間を見て青ざめている。こうなると士気もなにもないだろう。
弓持ち達の方を見ると黒瑛につつきまわされ混乱している6人のオークの上にキラキラとした細い網が覆い被さるところだった。
みるみる間にオークは網に絡めとられ、終いに身動きひとつとれなくなった。
その天井から「オホホホホー」と女性の高飛車な笑い声が聞こえていた。
あっちはお仕舞いだな。
さてと、
俺は未だに棍棒をブンブン振り回す若いオークに近づいて行く。
「グギー!くるな、おでつよい、ギー」
おっ、ヒトの言葉を使えるのか?
だったら、助けてやってもいいかな。上手くいけば……
「おでつよい、おでニンゲンたくさんくった、おんなうまい、がきうまい、こっちくるな、グギー」
涎を振り撒きながら俺を威嚇してくる。
思わずため息がこぼれた。
「異種族を食う部族かよ、仲間には出来ないな」
ならば、
「グギー」
オークも破れかぶれに俺に突進してきた。
俺は歩を止め振り下ろされる棍棒を落ち着いて見極め余裕を持ってかわす。そして振り切ったその腕を撫でるように斬り裂いた。
勢いで飛んでいく棍棒を横目に返す刃で首を刈り取る。
軽く撫でただけのつもりが首の半分まで裂けていた。
本当に良い剣だぜ。
後ろでガーン!と音がしたから振り返ったらフレアの構えてた盾にさっきの棍棒がぶち当たっていた。
「ちょっと、気を付けてよね!」
「悪い、悪い」
マジでヤバかった、盾が無かったら幼馴染みの美女の顔が潰れたトマトになってたよ、気をつけよう。
「グガァーー!」
うわ、今度はなんだ。
斧を杖にしてよろけながら立っているオークがいる?
「ああ、最初に脱落したお前かよ。おどろかせんな」
そういえば居たなお前。
「ニンゲンころす」
「手負いで逃がすと危ないよな。今楽にしてやるよ」
向こうは動けないだろうし俺から行くか、と思ったらそのオークの背後で黒い影が動くのが見えた。
『お館様の手を煩わせるな下郎』
オークの後ろに音もなく立った黒瑛は短剣で首を薙いだ。
あーあ、待てと言う暇もなかった。
「おう、すまねえな黒瑛」
く、俺がやりたかったのに。オークが20いて殺ったのが2体じゃ後で何言われるかわからないぜ。
そう思いつつにこやかに黒瑛に礼を言った。
『我はお館様の影ゆえに』
黒瑛は片膝をつき俺に礼をとる。
クールに決めてるつもりだが黒い頭巾から飛び出た細長い耳がピコピコ嬉しそうに揺れてるぞ。
俺より年上なのに愛嬌あるな。
て、和んでる場合じゃない。俺も獲物を探さねば。
「ガァーゥ、ガァーゥ」
この声はゲイズか、まさか?
声の方を見ると死屍累々のなかで両手をあげて雄叫びを上げる血塗れのゲイズがいた。
「お前一人で11かよ!」
少しはとっておいてくれよ。
「ぼーすー、すごい?」
「ああ、お前はすごいよ」
首の後ろをボリボリ掻きなが俺はゲイズを褒め称えた。
だってあんなに無邪気に聞かれたら褒めるしかないでしょ。
「ねえ、主様。こいつら吸っちゃっていいわよね」
捕獲された弓持ちの山にまたがる淑女が俺に許可を求める。
いくらなんでも彼女の獲物を横取りするのはないんだろうな。リーダーとして。
「掃除屋が来る前に済ますんだぞ」
「オホホホホ、迅速な食事は冒険者の基本でしてよ」
もう、いいや。
今日はこれくらいにして帰ろう。
俺達の迷宮探索も中層を過ぎようとしていた。