銀色非日常
夜と朝の間の時間って、マジカルアワーって言うらしい。
見たことないか?こうさ、なんか夜を薄くしたみたいな空で、朝日がのぼってくる方向がちょっと紫っぽかったりするんだよ。夕方の空の色を逆再生っていうのかな、そんな感じの。
そんぐらいの時間に早起きして、外見たらちょっと霧が出てるんだ。だからなんかテンション上がっちゃって軽く散歩しようって思ったんだ。
「 見 タ ナ ? 」
何これ誰あれどうなってんの?ちょっと地面が凹んだ空き地に人がいてその人と目が合ったら急に危機感覚えるようなこと言われてさ、いや見たは見たけど何、ダメだったの?散歩中に他に人を見つけたらダメなの?俺そんなルール知らないけど、でもとにかく直感的に走って逃げた。
え、なんだろ、なんかヤバい事してたのか?でも穴掘って無かったし人ひとり入るような黒い袋も無かったし、えーと後はなんだろ、透けても無かったし口が裂けても無かった……かな?マスクはしてたけど、でも男の人だったから都市伝説の女性とは違うんじゃないかな。
そういえばあの人、喋り方がちょっと変だった気がする。こう……翻訳機で訳したのを機械の音声に言わせたみたいな。
あと――――
「逃ガサナイヨ、地球人」
――――全身が銀色だった。
脱兎の如くその場を後にしたはずなのに、なぜか景色がぐんにゃり歪んでさっきの空き地に戻ってた。もうパニック。
え、待って待って、何?なんなのこれ、夢?
夢だったらむしろホッとできるんだけど、さっき目撃した男の人がザッザッて近づいてくる足音がリアルで、多分残念ながら夢じゃない。もう混乱して焦っちゃって、その場でぐるぐる回りながら足踏みする、そういう、はたから見たら「何やってんだこいつ」って思われる行動しかできない。
ザッ、とすぐ傍で音がして、俺は焦ったまま勢いよく顔を向けた。さっきは持ってなかった透明な地球儀みたいな物体を手に、その銀色の人は俺を見てた。結構身長差があったから、覗き込んでた、って言った方が正しいかもしれない。
「あ、あの、えっと、あ……の、」
どうしよう。どうしようって言うか、どうされてしまうんだろう。
何がダメだった?朝早くに散歩したこと?でもさ、普通ヤバい事すんのって夜なんじゃないの?ドラマとかでもそうじゃん、朝早くに隠ぺい工作とか聞いたことないよ?夜の方が暗くて見つかりにくいしさ、そりゃ今日は霧が出てるけどムリがあるんじゃないか。
だから、そうだ。
「………………お、俺は」
だから、つまり。
「俺はっ、悪くないからな!あんたが、っあんたのタイミングが変なんだってのッ!!」
俺がマズかったわけじゃない!
涙目になりながらも心の底から抗議してぜいぜいと息をつく中、その男の人はちょっと顔をしかめて、それから
「スミマセヌ」
現代ではなかなか聞かない形の謝罪の言葉を口にした。
◎ ◎ ◎
「地球人ヲ知リ、地球人ノヨウニ振ル舞ウ。ソシテ秘密ニ調査ヲスル。ソレガ目的ダ」
「俺に話してる時点で秘密じゃねぇ……」
変な謝罪の言葉に脱力した後、なんだか警戒心がどっかいっちゃって話を聞いてみることにした。だってスミマセヌだよ、スミマセヌ。言葉もアレだし謝ってるし、悪い人じゃない気がするじゃん。
そしたら悪い人じゃなかった。というか、人じゃなかった。
「宇宙人ガ調査ニ来テいる、ト話シテモ、誰モ信ジないサ。そうダロウ?」
いや、宇宙人ってことは一応人なのかな……。
もちろんすぐに信じたわけじゃない。だって銀色の服で機械音声みたいな喋り方なんて、なんかベタ過ぎるし。
だからそういう設定のコスプレなんだろうと適当にハイハイ返事してたらマスク取って、肌色だった部分を一瞬でメタリックに染めやがった。ううん違うな、目とか口の中も銀色だったから、3Dゲームで全身同じ色に設定されたキャラみたいだった。
宇宙人は愕然としてる俺の手を取って自分のメタリックなほっぺたに触れさせてから、色を戻した。
もうさ、感触があったんだよね、色が戻る時。うまく言えないんだけど、明らかに別のものになったって分かる感触なの。見るだけじゃなくて感じもしたら、もう夢だの気のせいだの言えないよ。
そんでちょっと状況についてけなくてぽかーんと顔見てたら、イタズラっぽく笑ったんだ。ニヤ、みたいな笑い方。その時に気付いたんだけど、
この人、超かっこいい顔してる。
イケメンとか二枚目とかハンサムとか、だいたい同じだけどちょっとずつ意味が違うでしょ。そういうのを全部混ぜたら、多分こういう顔になるんじゃないかな。
素直にかっこいいと思ってしまったのが悔しい。
「そりゃ言っても誰も信じないだろうけど……宇宙人ってみんなそんななの?」
「ソンナ?」
「やけに素直っていうか、聞かれたことにちゃんと答え過ぎ。そんなんじゃ調査に支障が出るだろ」
我ながら何を言ってるんだと思う。
ところがぱち、と一回瞬きした彼は
「地球人はコノ位デ支障が出ルノか?大変ダな。私達ニとっては何ノ問題モない」
なんか割とすごくイラッとくることを言った。
これはあれだきっとあれだ、真っ直ぐな目で言っているけど絶対あれだろ。
「今さりげなく地球人バカにしただろこの宇宙人っ!」
情けは人のためならずって言うけど、恩を仇で返されたっていうかいや恩着せてやったなんて思ってないけど、でも!好意を台無しにされたって気がとてもするー!
思わずそいつの胸元の服をぐいっと掴んだ。
次の瞬間には、霧が晴れてきている空が見えてた。
え、なに?何これ、あれ?手足が宙に浮いてる?え、待って俺なんか苦しい、体が反ってる?背中になんか当たってて、あれ、俺の腹に宇宙人の手が見える。
「もし危害を加えるツモリなら、私もソレ相応の対応をスルぞ」
横から声が聞こえてきて、そっちを見たら顔があった。もっと首をまわして後ろを見たら地面がある。
俺、仰向けに肩に担がれてるのか?
…………さっきの一瞬で?
どっ、と冷や汗が出てきた。いや脂汗かもしれないけど、冷や汗と脂汗の違いなんて知らないからとにかくかいて気持ちのいい汗じゃないことだけは分かる。
何こいつ何こいつ何こいつ、嘘でしょさっき何したの?マジで宇宙人なんじゃん、いや宇宙人だってのはもう知ってるけど、こんな何でもアリなの、そういやさっき喋った言葉最初とかなり違うね、どんどん流暢になってるけど何それも宇宙人の当たり前スペックなの?言語の取得早過ぎだろ、旅行する時便利だな。
最初に会った時より強い焦燥と恐怖が俺の中でぐるぐるまわって、思考とは逆に体は全然動けない。こいつの力が理解の外にあるって理解しちゃって、もう、ほんと、どうしよう怖い。
こいつら宇宙人にとって、俺達は多分どうとでもなる存在なんだ。
ずっと黙って動かずにいたら敵意なしって判断されたのか、地面にそっと降ろされた。そんでまだ固まってる俺に
「目的遂行のタメに拠点とナル場所が必要なんだが、君の家にお邪魔シテもいいかな」
お願いをしてきた。
うん、れっきとしたお願いだ。でもさ、考えてみてよ。全く全然これっぽっちも歯が立たない能力差の相手からのお願いってさ、それってお願いって言えるかな。本人はお願いのつもりでも、こっちにしてみちゃノーとは絶対言えなくない?母親に「夕飯はカレーライスにしようと思うんだけど、ところで洗濯物たたんどいてくれない?」って言われてるようなもんだよ。たたまなきゃカレーがピーマンの肉詰めにかわるんだ、もうこれはお願いじゃなくて脅迫じゃないか。
でもちょっと考えてみた。別に地球を侵略するとは言ってないし、ここで断っても他の人間に頼むだろうから意味はない。ていうか犠牲者が増えるだけだ。あとなんだかんだで素直だし、まぁ……
「うち、狭いけどいい?」
…………別にいいか。
家に帰ったらまず、やたら目立つ銀色の服を着替えさせたいと思います。