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あなたのこれからの道に、祝福があらんことを

 天井が、崩れた。


「……え?」


 地下世界を覆う遥か頭上の天井。その一部に巨大な穴が空き、崩れた瓦礫が街へと降り注いでいる。

 教室の中では、誰かが悲鳴を上げていた。先生も何かを叫んでいる。だけど、何を言っているのか全然頭に入ってこない。


 穴から、黒い何かが落ちてくる。

 1つや2つじゃない。10、20――そんな数でもない。

 見間違えるはずがなかった。


「魔女……?」


 なんで。

 どうして魔女が、ここに――。


◇◇


 時は数時間前まで遡る。


「コートーハーちゃーん」


「わっ!? ちょ、ノノカ!?」


 突然、後ろから抱きつかれた。

 首元に腕を回され、背中にはノノカの体がぴったりくっついている。ただでさえ飛ぶので精一杯なのに、突然1人分の体重が増えたせいで、体がぐらりと傾いた。


「ちょっと! 何してんのよ! 今、戦闘中なんだけど!?」


「いいではありませんか。私たちは親友なんですし、これくらい」


「いつから親友になったのよ!」


「まあ、違ったのですか? 悲しいですね」


「そういう意味じゃなくて! 親友なら戦闘中に抱きついていいなんてルールないから!」


 なんとか体勢を戻す。頭上に浮かんだ輪が視界の端で揺れ、背中の翼を大きく広げた。

 まったく、ノノカは何を考えて――。

 ヒュンッ、と。

 何かが頬のすぐ横を通り過ぎた。


「……へ?」


 振り返る。少し離れた場所に置かれた装置から、光の弾が次々と発射されている。そして、さっきまで私がいた場所にも1発。

 今、気づいた。

 もしノノカが抱きついて、私の体勢を崩していなかったら。


「……私、今の当たってた?」


「さて、どうでしょう?」


 ノノカがにこりと笑う。


「絶対分かってたでしょ!」


「ふふっ。なんのことでしょうね」


 この女……!


 なんて言っている場合ではない。次の光弾が飛んでくる。慌てて翼を動かし、右へ避ける。1発、2発。ここまではいい。

 3発目。


「うわっ!?」


 避けきれなかった。

 光弾が肩に当たり、バランスを崩す。そのまま高度がぐんぐん下がっていく。


「ちょ、待っ、待って待って! 止まってぇぇぇ!」


 慌てて翼を広げたものの、間に合わなかった。


「いったぁ……」


 お尻から地面に落ちた。

 少し遅れて、ノノカが私の隣にふわりと着地する。なんでこの子はそんな綺麗に降りられるのよ。


「見事な着地でしたね、コトハちゃん」


「どこがよ!」


「きちんと地面には着いていましたよ?」


「それは着地じゃなくて墜落って言うの!」


 ノノカは口元に手を当てて笑っている。

 絶対楽しんでる。ノノカめ!!


◇◇


『――そこまで! 本日の飛行回避訓練は終了! 各自、変身を解除して教室へ戻るように!』


 訓練場に先生の声が響いた。


「や、やっと終わった……」


 立ち上がり、変身を解く。頭上の輪が消え、背中に生えていた翼も光の粒になって消えていった。

 もう無理。疲れた。

 午前中だけで何発避けたんだろう。いや、何発当たったんだろう。途中から数えるのをやめた気がする。

 隣を見ると、ノノカも変身を解いていた。こっちは大して疲れている様子もない。


「でも、私たち天使は強くならないといけませんから」


「それはそうなんだけど……」


 さっき光弾が直撃した肩をさすりながら、ため息をつく。


「あんな化け物、どうやって倒すのよ……」


「コトハちゃんは弱いですからね」


「ちょ、ノノカ! なんてこと言うのよ! 私はできる天使なのよ!」


 失礼な。

 確かに今日の訓練では人よりちょっと多めに攻撃を受けたかもしれないけど、だからって弱いと決まったわけじゃない。たぶん。


「それは頼もしいですね。では、そんなできる天使のお仕事を務めるためにも、化け物……いえ、魔女をいっぱい倒さなければいけませんね♪」


「うぅ……」


 それを言われると何も言い返せない。

 魔女。天使になった以上、これから何度も戦うことになる化け物。実戦で見たことも何度かあるけど、正直めちゃめちゃ怖い。

 できれば戦いたくない。でも、天使になったからにはそういうわけにもいかないのだ。


「……ま、まあ? 私ならそのうち百体くらい1人で倒せるようになるし?」


「まあ」


「な、何よその顔!」


「いえ。楽しみにしていますね、コトハちゃん」


「絶対信じてないでしょ!」


 そんな話をしながら、ノノカと一緒に校舎へ戻る。


 窓の向こうには、いつもの街並みが広がっていた。建物の明かりがいくつも並び、そのずっと上には、空の代わりに巨大な灰色の天井が広がっている。


「なんか今日、暗くない? 天井灯、もうちょっと明るくしてくれてもいいのに」


「もう夕方ですからね」


「そもそも私たち人類は地下に住んでるのよノノカ。地下に夕方も何もないでしょ」


「雰囲気は大切ですよ?」


「雰囲気のために暗くされても困るんだけど……」


 私がそう言うと、ノノカはまた小さく笑った。

 今日はなんだか、いつもより機嫌がいい気がする。


「……何?」


「何がですか?」


「いや、なんか今日楽しそうだなって」


「そう見えますか?」


「見える」


 即答する。

 ノノカは少しだけ目を細めた。


「……今日、楽しいですね」


「何よ急に。いつもこんな感じじゃない」


「そうですね」


 それだけ言って、ノノカはまた笑った。

 変なの。

 まあ、ノノカが変なのはいつものことだけど。


◇◇


「では雨宮。この問題を答えてみろ」


「えっ」


 まずい。全然聞いてなかった。

 黒板を見る。分からない。


「……三十九!」


「雨宮。これは選択問題だ」


「えっ」


 教室に笑い声が広がる。

 隣を見ると、ノノカまで口元を隠して笑っていた。


「……ノノカ、笑ったでしょ」


「いいえ?」


 顔が熱い。ノノカはまだ笑っている。

 もう。あとで覚えてなさいよ。

 そう思った、その時だった。


 ドンッ!!


「きゃっ!?」


 机が大きく跳ねた。

 教室中が一瞬で静まり返る。何が起きたのか理解するより先に、今度はさらに大きな轟音が響いた。窓ガラスが激しく揺れ、天井から白い粉がぱらぱらと落ちてくる。


「全員、机の下に――!」


 先生が叫ぶ。

 でも、誰も動かなかった。

 窓際にいた生徒の1人が、外を見たまま固まっている。その視線を追う。


「……なに、あれ」


 天井に、亀裂が入っていた。

 地下世界を覆う遥か頭上の天井に黒い線が走り、それが枝分かれするように広がっていく。

 そして。

 崩れた。

 巨大な瓦礫が街へ降り注ぐ。その隙間から、黒い何かが次々と落ちてきた。

 1体、2体。数えきれないほど。


「魔女……?」


 息が止まった。

 なんで。

 どうして魔女が、ここにいるの?


「全員避難しろ!! 天使は変身! 戦える者は避難誘導を――!」


 先生の声で我に返った。


「ノノカ!」


「はい」


 変身する。頭上に輪が現れ、背中から翼が広がった。

 手が震えている。

 本物の魔女なんて怖いに決まってる。さっきまで訓練で飛んでくる光弾にすら当たっていたのに、あんな化け物とまともに戦えるわけがない。


「い、行くわよ! 私はできる天使なんだから!」


 自分に言い聞かせるように叫び、教室を飛び出した。

 廊下はもう滅茶苦茶だった。逃げる生徒たちがぶつかり合い、泣き声と先生たちの怒鳴り声があちこちから聞こえてくる。窓の外では黒い煙が上がっていた。

 また轟音。

 外を見ると、少し離れた建物が崩れていくところだった。


「……嘘でしょ」


 魔女がいる。

 1体じゃない。

 街の上空を飛ぶ天使たちに何体もの魔女が襲いかかっている。さらにその上、崩れた天井の穴からは、今も次々と新しい影が降ってきていた。

 何これ。

 何が起きてるの。


「助けてっ!」


 声がして振り返る。

 廊下の隅で、女の子が1人うずくまっていた。


「あっ……大丈夫!?」


 考えるより先に駆け寄る。


「立てる? 怪我してない?」


「こ、怖くて……足、動かなくて……」


「だ、大丈夫だから! 私がいるから!」


 本当は私だって怖い。

 でも、今それを言ってどうするのよ。


「ほら、掴まって! 一緒に行くよ!」


 女の子の手を取り、避難している生徒たちのところまで連れていく。途中でまた大きな音がして、そのたびに心臓が跳ねた。

 戦うなんて無理だ。

 でも、これくらいならできる。


 他に逃げ遅れた人はいないか。そう思って辺りを見回して――気づいた。


「……ノノカ?」


 いない。

 さっきまで一緒にいたはずなのに。


「ノノカ!?」


 来た道を戻る。

 そして、見つけた。

 少し離れた廊下の真ん中。ノノカが1人で立っている。


「ノノカ! 何して――」


 そのすぐ後ろに、魔女がいた。


 息が止まる。


 魔女がノノカへ近づいている。

 なのに、ノノカは逃げない。


「ノノカ!! 何してんのよ!! 逃げて!!」


 ノノカがこちらを向いた。

 目が合った。

 それでも、動かない。


「っ、もう!!」


 魔女が腕を振り上げる。

 何してんのよ。なんで逃げないのよ。

 そんなことを考えている暇もなく、翼を思い切り広げた。


「ノノカ!!」


 一気に距離を詰め、その体にぶつかる。ノノカが「きゃっ」と小さく声を上げ、そのまま二人で床へ倒れ込んだ。


「もう、何やって――」


 首元を、何かが通った。

 


 痛い、と思う暇もなかった。

 突然、視界がぐるりと回る。


「……え?」


 天井が見えた。次に壁。その次には床が見える。

 おかしい。

 何これ。

 

 なんで私、回って――。

 

 一瞬だけ、ノノカが見えた。その隣に、誰かが立っている。

 首から上のない、天使の体。


 見覚えのある制服。

 見覚えのある翼。

 あれ。

 あれって。

 


 私――。


◇◇


「――っ!!」


 飛び起きた。


「はっ……はっ……!」


 反射的に首を押さえる。

 ある。首がある。


「え……? なに、どういうこと……」


 触る。何度も触る。傷もない。血もついていない。


「……え? 何......!? どういうこと!?」


 辺りを見回して、さらに混乱した。

 寮の部屋だった。

 ベッド。机。棚。床に置きっぱなしにしていた鞄。全部見覚えがある。


「なんで!? 学校は!? 魔女は!? ノノカは!?」


 夢?

 いや、でも。

 首を飛ばされる夢なんて見る!?

 というか、あれが夢だったなら私はなんで自分の部屋で寝てるの? 授業は?


「わ、分かんない……!」


 とにかくノノカ。

 慌てて端末を手に取る。画面が点灯した。

 そこに表示された日付を見て、動きが止まる。


『12月1日』


「…………え?」


 12月1日。

 何度見ても、12月1日。

 

 今日は12月31日だった。

 いや、さっきまで12月31日だった。


「……1か月前?」


 意味が分からない。

 端末が壊れているのかと思って日付を何度も確認する。でも変わらない。

 どういうこと?

 夢?

 

 私が1か月間ずっと夢を見てた?

 いやいやいや、それはもっとおかしいでしょ。


「何なのよ、もう……」


 混乱した頭を抱えていると、視界の端に見慣れないものが映った。

 机の上。

 一冊のノートが置かれている。


「……何、これ」


 こんなもの、持っていただろうか。少なくとも、昨日――いや、昨日っていつ? 分からない。

 恐る恐る手に取り、表紙を開く。その裏側に、文字が書かれていた。


「……え?」


 知っている。

 見覚えのある字だった。ノノカのだ。


『コトハちゃん。

 このような役目を押し付けてしまって、ごめんなさい。

 

 でも、私にはこうするしかありませんでした。

 コトハちゃん。

 

 あなたのこれからの道に、祝福があらんことを』


 一度読む。

 意味が分からなくて、もう一度読む。


 それでも書いてあることは変わらない。


 ノノカの字だった。


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