第5話 ベルンシュタイン家の流儀 前編
テオドール・フォン・ベルンシュタイン、街の不良をぶちのめす。
その噂は、学園の中を思った以上の速さで駆け巡った。
テオにやられた不良たちは、テオがベルンシュタイン家の次男であり、見かけによらず凶暴だから、外見を見て侮って手を出すなと仲間に言って回ったのだった。
その話がワルたちの間を駆け巡ると、リート学園の不良生徒が聞いて、学園にもその話を持ち込んだのである。
当然、伝言ゲームには尾ひれがついていく。
「ベルンシュタインの次男が、街で一悶着起こしたらしい」
「裏の連中を相手にしたって話だぞ」
「お前の女をよこせって言いがかりをつけたらしい。断ったら半殺しだってよ」
テオは、そのどれもが誇張と誤解の塊だと分かっていながら、訂正する気力も起きず、いつも通り教室で静かに過ごしていた。
――はずだった。
「テオ様!喜んでください!」
昼休み、やけに張り切った声とともに現れたのはローレンツだった。
彼の満面の笑みを見て、テオは一抹の不安を覚えた。そして、相手にしないことが一番だとの結論に至る。
「ちょっと待ってくれ、ローレンツ。俺は――」
「もう話は通ってます!」
「どこに!?」
ローレンツは、得意げに胸を張る。
「一年生を中心に、志願者を集めました。二十人ほどです」
「……何の話だ?」
「もちろん、“テオドールファミリー”の話ですよ」
テオは、その場で固まった。
(また、俺の知らないところで何か始まってる……)
「放課後、校舎裏に来てくださいね!絶対ですよ」
そう言われて、とても行きたくなかったが、放置すれば悪い方向に向かいそうという危機感もあり、結局言われた通りに校舎裏へと足を運ぶことにしたのである。
放課後、指定された校舎裏に行ってみると、そこには確かに二十人ほどの生徒が集まっていた。新興貴族の子弟に、不良っぽい雰囲気の生徒たち。
そして、その中にひときわ群を抜いて大きい生徒、ブルーノの姿もあった。
ブルーノ・フォン・ヴァルト、彼は落ち目のローゼンベルク家の寄り子の家の子であった。今では少なくなったローゼンベルク家を寄り親とする騎士爵家の長男であり、エリザベートには忠誠を誓っている。
ローレンツは、満足そうに集まった面々を見渡した。
「テオ様が不良を締めた話は、もう有名です。その背中に学びたいっていう志願者がこれだけ集まりました。これで俺たちも立派なファミリーです」
「いや、だから誤解だって……。っていうか、ファミリーって何?家族?」
「何を言っているんですか。ファミリーっていったらマフィアに決まっているじゃないですか」
「悪い冗談はよしてくれ……」
テオはローレンツの言葉にクラクラ来た。悪い夢なら覚めてくれ、どこかでドッキリ大成功の看板を持った奴がいるはずだ、などと思った。
だが、集まった生徒たちの目は、やけに真剣だった。
「テオドール様のファミリーに入りたい」
「強い人の下で、男を学びたい」
口々に語られる言葉に、テオは頭痛を覚える。
(現実か……)
ローレンツは、咳払いをしてから宣言した。
「では、ここに“テオドールファミリー”の結成を宣言します」
拍手が起こる。
テオは、思わず天を見上げた。
(……平穏な学園生活、どこに行ったんだ……)
こうして、本人の意思とはほとんど関係なく、“テオドールファミリー”は産声を上げたのだった。
しかし、テオの苦悩はファミリー結成だけでは終わらない。
ひときわ体格のいい少年、筋肉の塊みたいな男――ブルーノが腕を組んで、難しい顔でローレンツを睨んでいる。
「なあ、ローレンツ。さっきからお前が仕切ってるけどよ。なんでお前が偉そうなんだ?」
空気がぴりっと張りつめた。
ローレンツは一瞬だけ、面倒そうに目を細めたが、すぐに薄く笑った。
「いい質問ですね。簡単に言えば、調整役が必要だからです。誰かが全体をまとめ、テオ様に余計な負担をかけないようにする。その役は、私が最適だ」
「つまり?」
「私は“コンシリエーレ”です。相談役であり、実務の取りまとめ役。――私の言葉は、テオ様の言葉だと思ってもらって構いません」
どよめきが起きる。
そのどよめきの中、ローレンツは心の中で笑っていた。
(クックック。ナンバー2のアンダーボスと違って、仮にファミリーが官憲の摘発を受けても、俺は単に組織運営の助言をしていただけと言い逃れでき、ファミリー内ではボスのテオ様と同等の権力がふるえる。コンシリエーレとは最高のポジション!)
ブルーノは目を見開き、次の瞬間、声を荒げた。
「なんでお前なんだよ! そんなの、ボスであるテオ様が決めるもんだろ!」
テオは慌てて手を振る。
「いや、俺はそんな――」
だが、ローレンツはそれを制するように片手を上げた。
「揉めるのは時間の無駄ですね」
そう言って、ちらりとブルーノを見る。
「見るからにあなたは力がある。実行部隊の長としては、申し分ない」
「……は?」
「だから、あなたを“カポ”に任命します。現場をまとめる役、実行部隊のリーダーです。どうです? 不満は?」
ブルーノは一瞬、きょとんとした顔をしたが、次の瞬間には、ぱっと表情を明るくした。
「お、おう! そういうことなら、任せろ!俺が適任だな」
胸を張って、周囲を見回す。
「いいか!ローレンツの言うことは、ボス――テオ様の言葉と同じだ!文句ある奴は、俺が相手する!」
周囲からざわめきが起きた。
ローレンツは満足そうにうなずく。
「話が早くて助かります」
一方、テオは額に手を当てて、深いため息をついた。
(なんでこうしてるうちに、勝手に組織が完成していくんだ……)
こうして、“テオドールファミリー”の骨格は、本人の知らないところで、着々と固まっていったのだった。




