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マフィアの息子ですが、普通に学園生活を送りたい ~なぜか学園にファミリーが出来ました~  作者: 工程能力1.33


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第2話 放課後の呼び止め

 放課後の鐘が鳴った瞬間、教室の空気が少しだけ緩んだ。

 とはいえ、テオにとっては「解放」とは言い難い。


(やっと終わった。でも、帰るまでが一日だよな……)


 静かに荷物をまとめようとした、その横から――


「テオ様!」


 元気すぎる声が飛んできた。嫌な予感しかしない。


「これから街に出て、喧嘩ですよね? ぜひお供します!」


 ローレンツが、なぜかキラキラした目でそう言い切った。


「違うから!」


 テオは思わず即座に否定した。


「街にも出ないし、喧嘩もしない。普通に帰るだけだから!」


 その瞬間、教室のあちこちで、椅子が軋む音がした。

 何人かの生徒が、ぎょっとした顔でこちらを見ている。


「……今、喧嘩って……」

「放課後に街で……?」

「やっぱり、ベルンシュタインだ。怖いな、近寄らないようにしよう」


 そうしたひそひそ話が聞こえてくる。


(だから違うって……!)


 テオは、周囲の視線に背中を刺されながら、必死に心の中で否定した。


「誤解だから。本当に違うから。俺は一人で帰るから」


 そう言い残すと、ローレンツの返事も待たずに、さっさと教室を出た。


(ここにいたら、また余計な誤解が増える……)


 廊下は、まだ帰り支度の生徒たちでざわついている。

 その中を、できるだけ目立たないように歩きながら、テオは内心でため息をついた。


(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)


 校舎の出口に近づいた、そのとき。


「よう、ベルンシュタイン」


 低く、ぞっとするような声が、背後からかけられた。

 足を止めて振り返ると、そこに立っていたのは、クラスメイトの一人だった。

 背は高く、体格もいい。制服の着崩し方も雑で、目つきは明らかに友好的ではない。


 名前は――マティアス・ヴォルフ。

 入学初日からテオと並んで「素行が悪いらしい」と噂されていた人物だ。


 その周りには、同じような雰囲気の生徒が二、三人。

 通路を、さりげなく塞ぐような位置取り。


(あ、これ、いつものやつだ)


 テオはベルンシュタインという家の子供ということで、今までも喧嘩自慢の不良に絡まれることが多々あった。降りかかる火の粉というやつである。

 マティアスは、口の端をつり上げて笑った。


「放課後に街で喧嘩、だっけ? ずいぶん景気のいい話してたじゃねえか」

「誤解だよ。ただ帰るだけだ」


 そう言って、横をすり抜けようとした瞬間、マティアスが一歩前に出て、進路を塞いだ。


「へえ。でもさ、せっかくだし……俺と“ちょっと話”しようぜ、ベルンシュタイン」


 その目は、はっきりと――面倒ごとの色をしていた。

 テオは、心の中で静かに呟く。


(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)


 テオが嘆いていると、少し遅れて聞き慣れた声が追いついてくる。


「テオ様、待ってください!」


 ローレンツだった。

 ローレンツの視線が、目の前の不良たち――その中心に立つマティアス――へと向いて釘付けになる。

 ローレンツの顔から、さっと血の気が引いた。


「まさか……」


 小さく、しかしはっきりとした声で呟く。


「マティアス・ヴォルフ……。対立するマフィア、『ヴォルフファミリー』のボス息子……」


 その名を聞いて、テオは内心で首をかしげたが、ローレンツの様子はそれどころではなかった。


「誰?」

「ベルンシュタイン家と対立しているファミリーの息子ですよ」


(まずい……)


 ローレンツの脳裏に、いくつもの噂話がよみがえる。


 ――喧嘩で負けたことがない。

 ――街の不良グループを一晩で潰した。

 ――武器を持った大人を素手で倒したことがある。


 どこまでが本当で、どこからが誇張なのかは分からない。だが少なくとも、「関わってはいけない相手」であることだけは、はっきりしていた。


(やばい……これは、本当にやばい……!)


 一方、マティアスは、面白そうに口元を歪めていた。


「なんだ? 取り巻きまで連れてきてるのか、ベルンシュタイン」

「違う、ただのクラスメイトだ」


 テオがそう言っても、マティアスは聞く耳を持たない。


「まあいい。立ち話もなんだ。場所、変えようぜ」


 そう言うと、顎で校舎の裏手を示した。


 取り巻きの一人が、テオの背後に回り込む。逃げ道を塞ぐ、あからさまな動き。


(あ、これ完全に詰んでる)


 テオが内心でそう思ったとき、ローレンツが一歩、引いた。


「テ、テオ様……」


 その声は、かすかに震えている。


 マティアスは、ちらりとローレンツを見てから、取り巻きに言った。


「お前らは、ここで見張ってろ。変な奴が来たら、知らせろ」


 そして、テオの肩を乱暴につかむ。


「行くぞ。二人きりで、話そうじゃねえか」


 抵抗する間もなく、テオはそのまま校舎裏の方へと連れていかれた。

 ローレンツは、その背中を見送りながら、拳を強く握りしめる。


(ダメだ……あれは……ダメなやつだ……)


 頭の中で、ゲルハルトの顔が浮かぶ。


(先生を呼ばないと……! 今すぐ、職員室に……!)


 ローレンツは、踵を返すと、全力で廊下を駆け出した。


 一方、校舎裏。

 人気のないその場所に着くと、マティアスは、ようやくテオから手を離した。

 壁際に追い込むように立ち、低い声で言う。


「……なあ、ベルンシュタイン。最近、初日から調子こいてるじゃねえか」

「何の話?」


 テオは、本気で分からなかった。


「クラスで好き勝手やって、取り巻き作って、“街で喧嘩する”とか、威勢のいいこと言ってたって?」


(またそれか……!)


 テオは思わず頭を抱えたくなった。


「それは誤解だ。ただの……」


 言い終わる前に、マティアスが一歩、距離を詰める。


「誤解? 便利な言葉だな」


 その目は、完全に獲物を見るそれだった。


「親父同士がどういう関係か、分かってるよな? ベルンシュタインのガキ。ここで一回、立場ってやつを教えてやろうと思ってな」


 テオは、喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。


(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)


 逃げ道はない。説得も、通じそうにない。


 マティアスが、拳を握る。


「安心しろ。殺しはしねえ。でも――二、三日は、まともに歩けねえくらいにはしてやる」


 テオは、思わず一歩、後ずさった。


「……待て。俺は、本当に――」


 そのときだった。


「――おい」


 低く、よく通る声が、校舎裏に響いた。

 マティアスの動きが止まる。

 テオが、ゆっくりと振り返ると――

 そこに立っていたのは、見慣れた長身の男。

 乱暴に肩にかけた制服、鋭い目つき。

 そして、学園中で知らない者はいない、あの存在。


「……俺の弟に、何してる?」


 レオンハルトが、そこに立っていた。

 レオンハルトの視線は、マティアスに突き刺さったまま、微動だにしなかった。


 マティアスは一瞬だけ気圧されたように口をつぐんだが、すぐに口の端を歪めて笑った。


「はっ。なんだよ。弟の喧嘩に兄貴が出てくるとか、みっともねー真似すんなよ、ベルンシュタイン」


 その言葉が、空気を切り裂いた。


 次の瞬間――


 ドンッ、という鈍い音が響いた。


 マティアスの身体が、横殴りに吹き飛び、壁に叩きつけられる。何が起きたのか理解する前に、床に転がり、うめき声を上げた。


 レオンハルトは、無言で歩み寄る。

 そして、立ちどまると口を開いた。


「誰に向かって、口きいてる」


 そして、容赦なく――


 蹴る。

 蹴る。

 蹴る。


 鈍い衝撃音が、校舎裏に何度も響いた。


「ぐっ……! や、やめ……っ!」


 マティアスは必死に腕で頭を庇いながら、地面を転がる。だが、レオンハルトは止まらない。


「さっきまで、威勢よかったじゃねぇか」


 もう一度、強烈な蹴り。


「ほら、立てよ」


 さらに、蹴る。


「ベルンシュタインを、なめるんじゃねえ」


 マティアスの声は、もはや悲鳴に近かった。


「や、やめてくれ……!悪かった……!俺が悪かった……!頼む……!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、地面に額を擦りつける。


「殺さないでくれ……!もう二度と……!」


 その光景を、テオはただ呆然と見ていることしかできなかった。


(止めなきゃ……)


 そう思うのに、声が出ない。足も、動かない。

 レオンハルトはしばらくマティアスを見下ろしていたが、やがて興味を失ったように視線を逸らした。


「つまんねぇ……」


 そう吐き捨てると、踵を返す。通り過ぎざま、テオの方を一瞬だけ見たが、何も言わず、そのまま去っていった。


 残された校舎裏には、地面にうずくまって嗚咽するマティアスと、立ち尽くすテオだけがいた。


(最悪だ……)


 頭の中が、うまく回らない。


(医務室に運べば、俺が犯人にされるよなあ……)


 そのときだった。


「――そこまでだ!」


 聞き覚えのある低い声が、校舎裏に響いた。


 振り向くと、息を切らしたローレンツと、その後ろに――担任のゲルハルトが立っていた。


 さらに、その後ろには、好奇心と恐怖が入り混じった顔をした生徒たち。どうやら、野次馬がぞろぞろとついてきたらしい。


「テ、テオ様……!」


 ローレンツは青い顔でテオのもとへ駆け寄る。

 ゲルハルトはまず地面に転がるマティアスを見て、次にテオへと視線を向けた。


「ベルンシュタイン。これはどういう状況だ?」


 ざわり、と野次馬たちが息を呑む気配がする。

 誰もが、テオを見ていた。まるで、すべての元凶を見る目で。

 テオは、喉がひくりと鳴るのを感じながら、かろうじて口を開いた。


「俺じゃ、ありません」


 その声は、自分でも驚くほど、弱々しかった。


 だが、周囲の生徒たちの表情は、まるでこう言っているかのようだった。


「本当に?」

「言えないだけじゃないのか?」

「ベルンシュタインだから……」


 テオは、ゆっくりと拳を握りしめる。


(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)


 その呟きは誰にも届かないまま、夕暮れの校舎裏に溶けていった。


 ゲルハルトは倒れたまま動かないマティアスの前にしゃがみ込んだ。

 服は土にまみれ、顔は腫れ上がり、まるで――ぼろ雑巾のようだった。


「おい」


 低い声で呼びかける。


「聞いてるか」


 マティアスはびくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

 その目はまだ恐怖に縛りつけられている。

 ゲルハルトははっきりと問いかける。


「テオドール・フォン・ベルンシュタインに、やられたのか?」


 一瞬、空気が凍りついた。

 野次馬たちの視線が、一斉にテオへと集まる。

 まるで、その答えはもう決まっている、と言わんばかりに。


 テオは、思わず息を呑んだ。


(違う……)


 声に出そうとした、その前に――


「……ち、違う……」


 かすれた声が、地面のほうから漏れた。

 マティアスだった。


「……あ、あいつじゃ……ない……」


 言葉は途切れ途切れで、視線は泳ぎ、指先は小刻みに震えている。

 ゲルハルトは、じっとその様子を見つめる。


「本当だな?」


「ほ、本当だ……。あいつは……何も……」


 そこまで言って、マティアスは、びくりと身体をすくめた。

 まるで、「それ以上は言うな」と、誰かに睨まれたかのように。

 その仕草が、かえって周囲の想像を掻き立てた。


「……今の、見たか?」

「名前……言わなかった……」

「言えないんじゃ……」

「ベルンシュタインに口止めされているんだ。命の危険を感じて口をつぐんでいる」


 ひそひそとした声が、さざ波のように広がっていく。


 誰もが、テオを見ていた。

 まるで、「口止めしている張本人」を見る目で。


 テオは、慌てて首を振る。


「違う! 本当に俺じゃ――」


 だが、その声は、誰の耳にも届かない。

 マティアスは、ただ怯えたように視線を伏せ、口を閉ざしたままだ。

 それは、どう見ても「脅されて沈黙している被害者」の姿だった。

 ゲルハルトは、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。


「……分かった。今日はここまでだ」


 そう言いながらも、その視線は、はっきりとテオに向けられていた。

 疑いと、警戒と、そして重たい沈黙。

 野次馬たちも、同じ目をしている。


 ――誰もが、同じ結論にたどり着いていた。


「ベルンシュタインが、“口を割るな”と命じたんだ」


 テオは、その視線の中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


(ああ……)


 胸の奥が、ずしりと重くなる。


(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)


 夕暮れの校舎裏で、

 テオドール・フォン・ベルンシュタインの“悪評”は、決定的なものになった。


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