第15話 風紀委員
生徒会室には、いつもより張り詰めた空気が漂っていた。
机に手をついたまま、ジークフリートは低く言う。
「入学早々のマティアス・ヴォルフへの暴行。学園内でのマフィアファミリーの結成。演劇クラブの乗っ取り。テオドール・フォン・ベルンシュタインはやはり奴は危険だ」
静かに頷くディートリヒ。
近衛騎士団長の息子にして風紀委員長。ジークフリートの忠実な部下だった。
「排除しますか」
紅茶を優雅に口へ運びながら、シャルロッテが呆れた声を出す。
「やめなさいよ」
ルミナは楽しそうに身を乗り出した。
「戦いですか?」
「違う」
ジークフリートは即座に否定する。
「これはあくまで調査だ。結果が出たら、それなりの対応をする」
(絶対違う)
その場の全員が同じことを思ったが、誰も口には出さなかった。
第一王子としてあまやかされて育ってきた彼は、気に入らないものは力で排除してきた。
時には政治力、時には物理的な暴力。今では一応体面を気にするようになり、露骨な対応はしなくなったが、本質は変わっていない。
誰もがそれを理解していたのである。
ジークフリートはディートリヒを見据える。
「風紀委員長ディートリヒ・フォン・シュタイン」
「はっ」
「テオドール・フォン・ベルンシュタインを調査しろ。風紀を乱すようなことがあれば、即座に排除だ」
シャルロッテが吹き出した。
「ふふっ……本気なの?」
ジークフリートは真顔だった。
放課後。
テオはローレンツに背中を押され、かつて演劇クラブであったアジトへと向かっていた。
「ボス、今日はきっと驚きますよ」
「毎日驚かされているんだけど」
「今日のはひと味違います」
「猛烈に悪い予感がしてきたんだ。帰っていいかな?」
「何をおっしゃいますか。俺がこのためにどれだけ先行投資をしたと思っているんですか」
それを聞いたテオは、悪い予感に押しつぶされそうになっていた。
こうして到着し、アジトの扉を開けた瞬間。
「いらっしゃいませ」
室内から若い女性の声。
室内はまるでキャバクラのようであった。ソファーとテーブルが用意され、そこで女性にお酒を注がれる構成員たち。
「どうですか、ボス。気に入りましたか?」
「ローレンツ、これは?」
くらくらする頭に手を当て、テオはローレンツに訊ねた。
どや顔で説明をするローレンツ。
「ここで金を稼ぐ方法を考え付きました。家賃のいらない酒場として使うことで、構成員や生徒たちを客として呼び込み、莫大な利益を稼ぐというわけです。女たちに支払う給金も高いので、質の良いのが集まりました」
「あの、ここは学びの園……」
「何をかたいことを言っているんですか。ほらほら、ご新規さんご案内!」
ローレンツに押されて室内に入る。
無理矢理ソファーに座らされると、すぐに女性が横について、グラスにワインが注がれた。
「学校でお酒は――――」
必死に断るテオ。
その時である。
「何をしているか!」
怒鳴り声が響く。
振り向くと、そこにいたのはディートリヒだった。
「まずい――」
ローレンツは焦った。鬼の風紀委員と噂されるディートリヒである。
問題になるのは間違いなかった。
「風紀違反だよな。これだけのことをすれば退学だな」
「退学……」
ローレンツの頭の中のコンピューターが、退学を回避するために高速演算を開始した。
そして出た結論は……
「ボス、だからやめようって言ったじゃないですか」
テオに全ての責任を擦り付けることだった。
「ええ!?」
いきなり言われて戸惑うテオ。
「やはり、貴様が首謀者か」
ディートリヒは納得した。
「ち、違うから」
必死に否定するテオ。
しかし、ディートリヒは信じない。
「言い訳とは見苦しい。ならば、いやでも自白するようにしてやる。俺は魔力を使うと、その反動から虎の獣人になるんだ。お前は力自慢らしいが、獣人化するほどの俺に勝てるか?殴られて泣いて本当のことを言うようにしてやる」
(俺以外にも体が変化する人がいたんだ。いや、今は感心している場合じゃない。これは絶対に許してもらえない流れだ。そんなのと戦うとなれば、俺も――)
テオは女体化を見られない方法を考えた。
「みんな、俺は彼と話し合いをしてくるから、絶対についてこないでくれ」
「ほう、子分の前でカッコ悪いところは見せられないか」
そう言うと、二人は校舎裏へと向かった。
(助かった。今のうちにこいつらを丸め込んでしまおう)
ローレンツは責任逃れに必死だった。
「この酒場はボスの発案。責任はひとりでとると俺に目で訴えた。だからついてくるなって……」
ウソ泣きであるが、構成員の心に訴えかけた。
酒に酔った構成員たちは、ローレンツの嘘を簡単に信じてもらい泣きをする。
「ボス、俺たちのために」
「ううう……」
酒のせいで構成員たちは涙もろかった。
そして、ローレンツも泣いた。
(くううう、ソファーにテーブル。酒の仕入れなど、全部パアか。俺の金が……)
自分のために泣いていた。
そのころ、校舎裏に来たテオたち。
「ここなら気兼ねなくやりあえるな」
ディートリヒがそう言った次の瞬間、魔力が膨れ上がる。
骨が軋む音。
筋肉が膨張する。
背がさらに伸び、牙が覗く。
そして――
虎の耳と尾。
完全な虎獣人。
「殺しちまったらわりいな!!」
「えええええ」
「行くぞ!!」
ディートリヒが踏み込む。
その瞬間――
今度はテオの体が変化した。
輪郭が細くなる。
髪が伸びる。
空気が一変する。
そこにいたのは――
可憐な少女。
だが、その瞳は同じだった。
落ち着いた灰青色。
「何か変わったようだな」
ディートリヒはテオの変化を感じた。
しかし止まらない。
テオを吹っ飛ばすつもりで、体当たりをかました。
「……は?」
ぶつかった瞬間感じたのは、男の分厚い胸板ではなく、クッションのような柔らかさ。
一瞬、思考が追いつかない。
だが本能は動いた。
一旦距離を取って、再び踏み込む。
拳が振るわれる。
当たらない。
ひらりと避けられる。
軽やかに。
無駄なく。
しなやかに。
(……美しい)
思わず、そう思った。
テオが動いた。
距離が詰まる。
目が合う。
「勘違いだし、引いてくれないかな。ローレンツには止めるように言っておくから」
その言葉でディートリヒの心臓が跳ねた。
ドクン、と。
(なんだ、この感覚は)
体が動かない。
いや、動けない。
ディートリヒは一歩、後ろに下がった。
一度冷静になるため。
(殿下の命令を遂行しなくては)
下唇を強く噛み、浮ついた気持ちを消し去る。
「駄目だ。それに、貴様が首謀者だろう」
「やっぱり駄目か」
テオは淡い期待を抱いていたが、それが高望みだったと諦めた。
そして踏み込む。
「死なないよね?」
そう訊くが、ディートリヒに返答する時間は無かった。
テオの拳がみぞおちに入る。
巨大な虎の体が宙を舞った。
意識を失い、そのまま背中から落下する。
その衝撃でディートリヒは意識を取り戻した。
そして、ポツリと口にする。
「……撤退する」
「え?」
「これ以上は戦えん」
テオは安堵した。
わかってくれたと思った。
ディートリヒは静かに言う。
「その姿……」
一拍。
「惚れた」
テオの顔が固まる。
(ばれてる!?)
――――
ディートリヒは生徒会室に戻った。
「どうだった」
ジークフリートの問い。
ディートリヒは真顔で答える。
「……戦えません」
「なぜだ」
一拍。
「惚れました」
沈黙。
シャルロッテが吹き出した。
「ぶっ……!」
「は?」
ジークフリートの顔が固まる。
ディートリヒは真剣だった。
「惚れた相手は殴れません」
ルミナが微笑む。
「素敵ですね〜」
バルタザールが腕を組む。
「同性相手に恋をしましたか」
カスパルが淡々と書き込む。
「風紀委員長、恋愛により戦闘不能」
ジークフリートはゆっくりと目を閉じた。
「……なるほど」
「何が?」
シャルロッテが笑いながら聞く。
ジークフリートは重々しく言った。
「奴は危険だ。ディートリヒを魅了した。どうやったかわからないけど、同性を惚れさせるだけの能力がある」
「違います。あいつは女でした」
「ディートリヒ、頭を強く打ったか?」
シャルロッテは腹を抱えて笑った。
「ぶははははは!!」
ルミナが楽しそうに言う。
「魅了系ですね〜」
カスパル
「精神干渉の可能性」
バルタザール
「市場価値が高い」
ジークフリートは断言した。
「単なる戦闘能力ではない」
ふーっと息を吐いた。
真剣なまなざし。
「極めて危険な存在だ」
――――
その頃、アジト。
戻ったテオの元に、構成員たちが駆け寄る。
「ボス、ありがとうございました」
「コンシリエーレに聞きました。俺たちを慰安するために作ってくれた酒場」
「ひとりで責任をとろうとするなんて」
テオは本気で困っていた。
ローレンツがにやりと笑う。
「評価が上がっています」
「意味が分からないんだけど」
ブルーノが頷く。
「ローレンツの言ったことは違っているのでは?」
だが、その疑問は誰にも届かなかった。
(ああ……俺はなぜ異世界でこんな目に……)
テオはもう色々と否定する気力もなくなっていた。




