第12話 屋台戦争
テオドールファミリーの溜まり場は、いつもより少しだけ真面目な空気に包まれていた。
テーブルを囲む構成員たち。腕を組むブルーノ。その横で、ローレンツが椅子にもたれている。
その前で、テオは事情を説明していた。
「――というわけで、屋台の売り上げ勝負をすることになった」
沈黙。
ブルーノが口を開く。
「ローゼンベルク家の窮状は聞いていたが、エリザベートお嬢様自らが屋台でお仕事をされているとは。しかも、地元のマフィアと揉めたと。ボスが偶然通りかからなければ、危ないところでした。そして、今後も嫌がらせは続くことでしょう」
「俺もそう思う」
テオは真顔で答えた。
「まあ、通りかかっただけなんだけどね。勝負とか言われても、商売では向こうに一日の長があるから厳しいねえ」
「よく受けましたね?」
「ローゼンベルクが勝手に、だよ」
構成員の一人が頭を抱える。
「屋台勝負って……」
「ケンカじゃないんですか?」
「商売で勝負?乗り込んでぶっ飛ばした方がはやいでしょう」
テオは肩をすくめた。
「乱暴なのはちょっと……」
一同はそれを勝手に「暴力で排除するのはいつでもできるから最後の手段だ」と解釈した。
そして小さく呟く。
「どうしよう」
再び沈黙。
その時、ローレンツがゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「ボス」
「なに」
「これは重大な問題です」
全員の視線が集まる。
「露店通りの商業圏争い」
ブルーノが頷く。
「ボスの威信がかかった戦い」
大袈裟な仕草。
「違う」
テオが否定するも、ローレンツは止めない。
「テオドールファミリーの名誉」
「違う」
テオは机に突っ伏した。
「そんなものはかかってない」
ローレンツは満足そうに頷く。
「つまり戦争です」
「違う」
会話は成立していなかった。
しかしローレンツは笑った。
「安心してください、ボス」
「嫌な予感しかしないけど」
「秘策があります」
ローレンツは人差し指と中指を立てる。
「しかも――二つ。敵を倒す二本の矢です」
ブルーノが呟く。
「ろくでもないだろ」
「完璧です」
ローレンツは断言した。
「任せてください」
構成員から湧き上がる歓喜の声。
「流石、知略のローレンツ」
「世界一のコンシリエーレ」
「金に汚い、狡猾な狐」
最後は若干の悪口。しかし、盛り上がりは最高潮に達した。
勝手に勝どきをあげる構成員。
テオは天井を見上げた。
(俺はなぜ異世界でこんな目に……)
――翌日。
露店通りは朝から騒がしかった。
焼ける肉の匂い。香辛料の香り。呼び込みの声。人の波。その中で、ひときわ目立つ行列ができている屋台があった。
その中心に立っているのは――
「……なんで俺がこんな格好してるんだ」
テオドール・フォン・ベルンシュタインだった。
黒いメイド服。白いエプロン。頭にはカチューシャ、それもウイッグをつけて、その上から。
完全にメイドだった。
女性にしては背が高いので、若干の違和感があった。
横ではエリザベートが同じくメイド服姿で串焼きを並べている。
こちらは普通に似合っている。
テオは深くため息を吐いた。
「ローレンツ」
「はい、ボス」
「説明してくれ」
ローレンツは腕を組んで頷いた。
「庶民に疑似貴族体験を味わってもらうのです。それが売り上げにつながるのです。そのためには女装」
「どういう理屈だよ」
「メイドです」
「説明になってない」
ローレンツは真顔だった。
「庶民は貴族の屋敷の生活を知りません」
「そうだろうな」
「しかし憧れはある」
「あるのかな」
「あります」
断言だった。
「そこで」
一つ咳払い。
「可愛いメイドが接客する屋台」
テオは嫌な顔をする。
「なんで俺がそのメイドなんだ」
「ボスは顔がいいので」
「理由が雑すぎる」
ブルーノが腕を組む。
「理屈はわかる」
「ブルーノまで言うのか」
「似合っています。普段の凛々しいお姿もよいですが、これはこれで――」
「嬉しくない」
構成員たちもうんうん頷いていた。
テオは背中にぞわりという感覚が走った。
「ボス、美人ですね」
「普通に可愛い」
「付き合って」
悪乗りしている構成員に、テオはカチンときた。
「前出ろ」
テオが本気で言うと、構成員は行列の後ろに隠れた。
その時、客がどんどん増えてくる。
「串二本!」
「こっち三本!」
アルフレッドが焼き、エリザベートが皿を並べ、テオが渡していく。
「ベルンシュタイン、遊んでないで。はい、これ!次三本!」
「はいはい!」
テオは諦めて勝負に専念する。
「ベルンシュタイン、皿!」
「わかってる!」
しばらくそんなやり取りが続いた。
そしてエリザベートが眉をひそめる。
「……ベルンシュタイン」
「なに」
「長いわね」
「なにが」
「名前」
エリザベートは真顔だった。
「忙しいときに『ベルンシュタイン』は長すぎます」
テオは串を渡しながら言う。
「じゃあどうする」
「短くするわ」
「どうやって」
「……ベルン」
「嫌だ」
「何でよ」
「ベルンは嫌だ」
エリザベートは小さくため息をついた。
「面倒な人ですね」
テオは少し考えてから言う。
「じゃあテオでいいよ」
「テオ?」
「そう呼ばれてる」
エリザベートは少しだけ考えたあと、頷いた。
「分かったわ」
「では、テオ」
テオは一瞬手を止めた。
「串三本」
「……はいはい」
エリザベートが続ける。
「それなら」
「なに」
「私のこともエリザベートは長いでしょう」
「まあ」
「リザでいいわ」
テオは少し笑った。恥ずかしさからである。
そして、串をアルフレッドから受け取ると、それをエリザベートに渡そうとして――
「はい、ローゼン……、いや、あの……」
「早くしてよ、忙しいんだから」
そう言われると、テオは覚悟を決めた。
「じゃあリザ」
「はい、テオ」
そのやり取りを見ていたローレンツが呟く。
「ほう」
ブルーノが言う。
「おい」
「もう名前呼びですか」
テオは揶揄うローレンツを睨んだ。
「黙れ」
「黙ってください」
リザも不機嫌になっていた。
ローレンツはそれに怯むことも無い。
「息ぴったりですね」
「ローレンツ」
「はい」
「あとで覚えてろ」
「ああ、ここで秘策第二弾!」
ローレンツはテオの視線を無視して、秘策の発表をする。
「サクラ!おら、お前ら並べ!」
ローレンツの号令の下、構成員たちがテオたちの屋台に並ぶ。
「人が集まっていれば、それを見た人も並びたくなるのが人間心理。勝負が終わるまで、構成員が何度も並んでにぎわっているように見せます!」
胸を張るローレンツに、構成員から質問が飛ぶ。
「なあ、串を買う金はファミリーの金庫から――」
「自腹に決まっているだろうが!お前ら、ボスを勝たせるために身銭を切る覚悟はないのか!」
「じゃあ、お前も並べよ」
「俺は指揮官だ!」
「ふざけんな!」
どこまでも金に汚いローレンツであった。
――
隣のマフィア屋台は焦っていた。メイド服を着た二人の美少女が売る屋台。
「このままじゃ負けるぞ!」
兄貴分が怒鳴る。
すると、大男が前に出る。
「俺に任せてください」
「何か策はあるのか?」
「なあに、俺たちゃぁワルですぜ」
そう言って意味ありげに笑うと、兄貴分も理解してニヤリと笑う。
そして、大男は行動に出た。
水の入った瓶を持って、テオたちの屋台に近づくと――
「悪ぃな、足が滑った」
巨体が屋台に突っ込む。
瓶からは水が飛び出し、串を焼く薪目掛けて飛んでいく。
「危ない!」
テオは前に出た。
しかし、間に合わずに水は薪に当たって消火してしまう。
水蒸気が発生して、周囲の視界を奪った。
怒ったテオは魔力を一気に解放する。
リザの目には、煙の中のシルエットだけが見えた。
細く、美しく、しなやかな影。
(……綺麗。本物の女性みたい)
次の瞬間。
ドゴッ!
大男が吹き飛んだ。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、いつものテオだった。
「……大丈夫?」
「え、ええ……」
ローレンツがもみ手で近寄ってくると、相手の屋台を指さした。
「いやー、邪魔しに来た男を投げ飛ばして、相手の屋台を壊すとは。そんな作戦、この私でも思いつきませんでした」
見れば、投げ飛ばした大男が相手の屋台にぶつかり、相手も商売が出来ない有様となっていた。
両者料理不能となったことで、勝負が終了となる。勝負は完全勝利だった。
「こちらの勝利ってことで文句はないわね!」
エリザベートは壊れた屋台に足をかけ、マフィアたちを睥睨し指を突きつけた。
――
夕方。
街には妙な噂が広がっていた。
「ベルンシュタインが敵対するマフィアの露店をぶちこわした」
「テオドールファミリーの資金源だ」
「誘拐してきた少女を売り子にしてたぞ」
全部違う。
それが耳に入ってくるも、テオは叫びたい気持ちを抑えて空を見上げた。
(違うんだ)
(俺はただ通りかかっただけなんだ……)
そして呟く。
「ああ……俺はなぜ異世界でこんな目に……」
「もう、テオったら。忙しいんだから止まらないで」
「ごめん、リザ」
屋台は繁盛していた。




