第38話 紅蝕機関
東街リミナリの昼下がり。
冒険者ギルドを中心に広がる商店街から少し離れた北東の通りには、服屋や美容院といった市民の日常を支える店々が立ち並ぶ。
喧騒から外れたその場所で、俺たちは小さな飯処を見つけていた。
「だいぶいい感じになったんじゃねえか? おっ、結構美味いなこれ!」
ナノの新しい姿を見つめながら、テーブルの上で自身の体ほどもある巨大なサンドイッチを頬張るルーク。
よしよし、いっぱい食べて元気な魔石を産むんじゃぞ……
「なのです。さっぱりしたのです」
ナノのボサボサだった髪は綺麗に切り揃えられ、手入れもしてもらってツヤツヤだ。
ナノが自分で選んだ白のワンピースに麦わら帽子という出で立ちは、元々の整った容姿も相まって、まるで育ちの良いお嬢様のようだ。
「もっと髪切ってもらえばよかったんじゃねえか? 長いと邪魔だろ」
「いいのです。この方が可愛いのです」
両手にサンドイッチを持ったまま、フン!とそっぽを向くナノ。
「これで服も髪も整ったし、とりあえずはオーケーか」
俺はふぅー、とため息をつく。
アイテム欄を開くと、ナノの衣服がズラッと並んでいた。
女の子だし、と思い好きなだけ服を買わせてはみたものの.....服ってほんと高いよな。
防具みたいに強いわけでもないのに、なんでこんな高額なんだよ。
おかげで随分と金を使っちまった。
「これでやっと今日の探検が出来そうだな」
空に視点を向けると、まだ太陽も高い。
今日行きたかった新しいフィールドにも行けそうだ。ぐへへ。
そこで今日の出費ぶんも稼がないとな。
「ユウタ、お出かけするのです?」
「ああ。まあこれもお出かけっちゃお出かけだが。風花平原っていう、この街の東にあるフィールドに行くつもりだ」
風花平原は見晴らしの良さが特徴のフィールドらしく、リミナリからあまり離れていないのに何となくまだ行ったことのない場所だった。
視界が通るということで、今回は弓でバチバチエイム練習するぞ。【木の矢】も999本用意してある。
今回でがっつりと素材を貯めて、金を稼いで、【ミスリルソード】を買うんだ。ぐへへ。
「行ってどうするのです? 用事があるのです?」
「用事というか、まあ、魔物を倒すんだよ。冒険者だからな」
……といいつつ、クエストは受けてないんだよな。
別についでにギルドによってクエストを受ければいいんだけど、面倒なんだよな。
「ユウタは ”冒険者” ってやつだ。魔物を倒すのが仕事なんだぜ」
「魔物を倒す……ナノもお手伝いするのです!」
「いや、いいよ。魔物の血を吸って何か病気になっても大変だし」
「魔物の血なんか吸わないのです!!」
何やらご立腹な様子だが、こんな女の子が戦えるとは思えん。
「いや、ご主人。ナノは今、後天的とは言え魔族なんだろ? だとしたら、人間とは比べ物にならない身体能力を持っているはずだ。戦闘の技術はからっきしでも、単純に殴るだけでも意外といい戦力になるかもしれねえぜ」
フンスフンスと得意げな目を向けてくるナノ。
「一回やってみればいいんじゃねえか? 厳しそうならまたユウタの影の中に入っておけばいいしな」
「なのです!」
「うーん、まあお試しでやってみるか。というか、ルークは戦うのか?」
「いや、オレは遠慮しとくぜ」
「なんだそれ」
まあ、ルークは宝玉創生で魔石を作ってくれるからそれだけでも召喚した価値はあるけど。
「おっ、おおっ……ふぅ……」
「お、出たか? どれどれ──春霞石……これはどうなんだ?」
「あー、ハズレだハズレ。確か人間の評価基準だと第三級とかだったはずだぜ」
「なんだよ……なかなか当たらないな」
「いいものを食べないと良いものがでる確率も低いってことだぜ。つまり、オレにもっと美味いもん食わせろってことだ!」
「いいものってもなぁ……」
どうやら値段が高ければいいってわけでもないらしい。
要するに、”レア度の高い料理アイテム”を食べさせると、良いモノが出やすいそうだ。
うーん、このために料理スキル、取るかぁ?
なんて思っていた時。
「ユウタ」
聞き馴染みのある声が背後から聞こえてきた。
「お、フロン──と……」
あれっ、フロンの隣に居るのは……
「初めまして。フロンの姉のセリーナですー」
横で緩く結んだ長い髪を風になびかせる美女は、ミルドナイト級冒険者のセリーナだった。
フロンからは何度も話を聞いたことがあるけど、確か前衛なのに武器を持たないから"無手の剣士"って呼ばれてるんだったな。
「ミルドナイト級冒険者のセリーナお姉ちゃん。ユウタの百倍強い」
百倍……あながち間違いではないな。
そう思いつつ、自分のステータスを見ると──レベル17。
ミルドナイト級冒険者と言えば、一国の軍隊にも匹敵すると噂される存在だ。
もしセリーナにもレベルがあるとすれば、おそらく40、50レベルはあるだろう。
結構レベルの違いが顕著なゲームだし、本当に百倍くらい差があってもおかしくない。
「それはどうかしら。SSランクの魔物を召喚するなんて、セラフィナイト級でもできっこないと思うけれど」
そう言ってセリーナはルークに目を向けた。
なんだ、ルークのことを知ってるのか?
「なんだよ、文句でもあるのか?」
ルーク、凄んでるつもりかもしれないが、ソースで口の周りが汚れてて迫力なんてあったもんじゃないぞ……
「お姉ちゃん、どうしてルークのことを?」
「今日、レジェンドに昇級したエクリプスたちにお祝いをしに、マウル・アルカナムでプレゼントを買ったのよ。そこで聞いたわ」
エクリプスたちがレジェンドに……初耳だ。
俺もいい加減、ランクを上げないと。
店の店員とかも、ブロンズのギルド証を見ると明らかに態度が変わるんだよなぁ。
「召喚の術式……あの大魔術師シナンプー・セトゥリアですら叶えられなかった術式。悪いことは言わないわ。今後は使用を控えること」
セリーナは軽く人差し指を立てる。
「どうして?」
「召喚の術式は、この世界の全ての魔術師が追い求めながら、誰一人として到達できなかった幻の術式。多くの魔術師の人生を狂わせてきたわ。その実現は、単なる魔術の革新に留まらず、世界そのものを揺るがすことになるのよ」
セリーナは目を細め、その言葉の重みを伝えるように一瞬の間を置いた。
「考えてみて。王国軍のヘネスや帝国七柱といった、一人で一軍隊に匹敵する戦力もあるけれど、基本的に今は、各国の戦力は主に人数で測られているわ。でも召喚の術式があれば、魔石の数がそのまま戦力になる。更に日々召喚を繰り返せば……どうなるか分かるわよね。メタリアス王国も、隣国の帝国も、他のどの国も、この術式を欲しがっているはず。そして……」
セリーナは声を落として続けた。
「きっと、魔人化の首謀者である紅蝕機関も」
「おい、ご主人。魔人化って...,..」
ルークの言葉に、俺も思わず目を向ける。二人の視線は自然とナノへと向かった。
「お姉ちゃん、魔人化って何なの? それに紅蝕機関って? もしかして、王都に集められた理由は...」
フロンの問いかけに、セリーナは静かに頷いた。
「そう。レジェンド級以上の冒険者五十名が王都に集められたのは、この魔人化の件よ。詳しくは話せないけれど……誰かが、人間を魔族に変えている。その背後にいるのが、紅蝕機関。彼らは何らかの目的を持って動いているわ」
俺はそっとナノの様子を窺う。彼女は俯いたまま、自分の存在を消すように小さくなっていた。
「ユウタ君に伝えたかったのは、召喚の術式は慎重に。目をつけられる可能性が高いから。そしてフロンとユウタ君、二人に伝えたかったのは...」
セリーナの声には、これまでにない真剣さが滲んでいた。
「魔人化に...紅蝕機関に気をつけなさい」
「紅蝕機関……」
「彼らの目的は分かっていないわ。けれど、人間を魔族に変える技術を持った組織よ。何をしてくるか予測できない。特に若い冒険者や学生は危険。甘い言葉で誘い出される可能性が高いわ」
「……分かった」
セリーナの表情が和らぐ。
「ごめんなさいね。初対面なのに重たい話ばかりして。そうそう、ユウタ君のことはフロンからよく聞いているのよ。プラチナ級への昇格、おめでとう」
「……え?」
何のことでしょう?
俺が首を傾げていると、フロンが何やら小さな白金色の輝きを放つものを取り出した。
「これ、ユウタのプラチナ級ギルド証。全然ギルドに来ないから渡せなかったって」
「あー……社会性なくてすみません……なんだ、これをわざわざ渡しに来てくれたのか?」
「まあ」
フロンの返事は妙に素っ気なく、その視線は時折ナノへと向けられていた。
そういえば、まだナノのことを紹介していなかったな。
「この子はナノって言って……まあ、色々あって俺が面倒を見てる」
「な、ナノなのです」
ナノがペコリとお辞儀をした。
「色々……」
フロンが眉を寄せる。
「その"色々"を聞きたい」
「ちょっとフロン……」
セリーナの制止も空しく、フロンの追及はその後もしばらく続くことになった。




