第35話 フロンの憂鬱
東街リミナリの冒険者ギルド。
真昼の陽光が差し込む大広間―ー冒険者たちの熱気が満ちるこの場所は、メタリアス王国でも指折りの実力者たちが集う王国屈指のギルドだ。
世界最強の三傑──セラフィナイト級の冒険者こそ不在だが、その下に位置する七人のミルドナイト級のうちの二人がここを拠点としている。
そんなリミナリの冒険者ギルドは、普段以上の活気に満ちていた。テーブルを囲む冒険者たちの間で、同じ話題が繰り返し語られる。
「聞いたか? クタフィル峡谷のガルーダの話」
「どっちの話だ? 冒険者の話か、ガルーダの話」
ギルドのどのテーブルでも、盛り上がっている話題は同じだった。
「例の件で、エクリプスがレジェンド級になったんだって!」
「俺はシルフォスがプラチナ級になったってのが一番驚いたぜ。シルバー級の時から知ってるからな」
「聞いた話だと、ガルーダが大量発生したかと思ったら、今度は大量に自然死したとか……」
「モルティス旧墓地のアンデッドといい、最近そういう話多いよな。一体何が起こってるんだか」
噂は瞬く間に広まり、ギルド内は興奮の渦に包まれていた。
そんな喧騒の中、一人の少女が静かに扉を開いた。
「──おい見ろよ。噂の」
少女の姿に気づき、ギルドの喧騒が一瞬で静まり返る。視線が一斉に集中した。
「フロン・ノブルクレス……例のプラチナ級冒険者がお出ましだ」
「一人でガルーダを倒したんだろ? そりゃプラチナ級だわな」
「姉のセリーナと同じで、ソロでミルドナイト級まで上り詰めるのか?」
ひそひそと交わされる会話は、まるで劇場での囁き声のように館内に響いた。
フロンの耳にも届かないはずはない。
「……」
だが、彼女はそれらの視線を全て無視するように──いや、むしろ煩わしそうに前を見据えたまま歩を進める。
「はぁ……」
小さな溜息が漏れる。
早く用事を済ませて帰りたい。久しぶりに家に戻ってきた姉に、自分の成長した姿を見せたい。
その思いだけを胸に、フロンは受付へと向かった。
「フ、フロン様! ようこそいらっしゃいました」
受付のドワーフが慌ただしく頭を下げる。
「新しいギルド証を受け取りに来たのだけど」
フロンは用件を端的に告げる。
その素っ気ない口調に、ドワーフは一瞬たじろぐと、慌てて奥へと姿を消した。
すぐに戻ってきた彼は、白金色に輝くギルド証を恭しく差し出す。
「きょ、今日はユウタ、様とご一緒ではないのですか?」
その言葉に、フロンの眉が僅かに動いた。
「ユウタがどうかした?」
「い、いえ、あの……ユ、ユウタ様もフロン様と同様にプラチナ級に昇級したのですが、彼は中々冒険者ギルドにいらっしゃらないので……」
フロンはなるほど、と小さく頷く。
階級の昇級といった通知事項は、フロンのように住居も身分も明らかな場合は容易い。
しかしユウタのように所在も定かでない冒険者には、本人がギルドに訪れない限り伝える術がない。
その上、彼はクエストを受けずに魔物狩りに向かうため、通常の冒険者と比べてギルドを訪れる機会も少ない。
ユウタの居場所が分からない、連絡手段がない―ーそのことはフロンも苦く思っていた。
「私もユウタの居場所が分からずいつも困ってる。何か連絡手段を持つ必要がある」
やはり、ユウタに発信型魔術具を付けるべきだ、とフロンは思案する。
冒険者パーティでは一般的な手法だが、固定パーティを嫌がるユウタのことだ、きっと拒否するだろう。
なのでコッソリとやる。
あとは自分が受信型魔術具を持っておけば、いつでもユウタの居場所を把握することが出来るわけだ。
今度、バレにくい発信型魔術具をマウルに確認する必要がある、とフロンは思った。
「私が渡しておく。ユウタの新しいギルド証を渡して」
「えっ、そ、それは……」
「大丈夫、私とユウタは事実上のパーティだから」
「そ、そんな事実婚のような―ー」
「い い か ら」
「は、はいっっ!!!」
威圧的な雰囲気に屈した受付は、慌ててユウタの新しいギルド証を差し出した。
思わぬ収穫に内心で微笑みながら、フロンが踵を返す。そのとき。
「昇級おめでとう、フロン」
聞き覚えのある声―ーそれも、フロンにとって最も聞きたくなかった声に、彼女の足が止まった。
振り返ると、そこには意味ありげな笑みを浮かべる男が佇んでいた。
長身で整った顔立ち、しかしその笑顔には何か薄気味の悪さが漂う。
「フェネル・オペルタ……」
「久しぶりだね、フロン」
ノブルクレス家と同格の名門、オペルタ家の跡取り息子。
そして、フロンと同じ年でありながら、レジェンド級に到達した天才冒険者。
その男が今、フロンの前に立っていた。
「ついに君もプラチナ級だね。たった一人でプラチナ級に登り詰めるなんて、流石だよ」
自分は一人でレジェンド級までなったくせに──そんな皮肉めいた思いを噛み殺し、フロンは眉をひそめた。
「何か用」
「用も何も、いつも通りだよ。僕とパーティを組まないか、という誘いさ」
フェネルは優雅に肩をすくめる。
その余裕げな態度に、フロンの表情が一層険しくなった。
「何度断ればいいの。組む気はない。分かったら消えて」
「僕だって分かってるよ。君が僕と組む気が無いことは。でも、君のお父様のご要望だからね」
男は柔らかな微笑みを浮かべる。
「……」
その言葉は紛れもない事実だった。
フロンの父は、二人を同じパーティに──そして生涯のパートナーにと望んでいる。
「まあ、形だけでも誘ったまでさ。もちろん、僕はパーティを組みたいよ? 実力的にも申し分ないからね。君のお父様にも喜んでもらえるだろうし」
「うるさい」
フロンは俯いたまま、逃げるように歩き出した。
「じゃあね、フロン。お互い生きてまた会おう!」
後ろから聞こえる声に吐き気を覚えながら、フロンはギルドを後にした。
その背中には、フェネルの視線が冷たく注がれていた。




