第34.5話 ク・タ・フィリア峡谷のその後
ク・タ・フィリア峡谷、炎神鳥の聖域のさらに奥地。
霧深い峡谷の最奥部に、無数のガルーダの死骸が転がっていた。
青緑色の羽毛は血に濡れ、かつての輝きを失っている。その光景はまるで古の戦場を思わせた。
異様な死の匂いに誘われてか、黒い影が次々と死骸に群がり始めていた。おそらくは腐肉を漁る下級の魔物だろう。
しかし魔物たちは、倒れているガルーダにすら近寄ろうとはしなかった。
死骸の周囲に漂う得体の知れない威圧感に、本能的な恐怖を覚えたかのように。
「アルセイラー、これで何体目ー?」
アルセイラの肩の上で、異常に小さな体躯の少女ミリーが退屈そうに足を揺らす。
彼女はかつて小人族と呼ばれていた魔族の少女であり、その卓越した頭脳を買われ、組織では研究者の役割を担っていた。
「これで十五体です、ミリー」
アルセイラは無機質な声でそう答えると、ガルーダの頭部を掴んで持ち上げて見せた。
彼女もまた、かつて人間に滅ぼされた魔族の一つ──ゴーレム族の少女であり、すらりとした銀の身体には、幾つもの魔術具が埋め込まれていた。
「うーん、なかなか出ないなあ。王鳥の心核」
「ガルーダが王鳥の心核を持つ確率は、二百体に一体と言われていますから」
「そうだけどさぁ──あっ! もう一体来た!! 次こそ出ますように!!!」
遠くの空から、ガルーダが現れた。青緑色の羽毛は月明かりを浴びて鈍く輝き、鋭い嘴と爪は血に濡れていた。おそらく獲物を狩り終えたところなのだろう。
ガルーダの目は赤く光り、その眼光は次の獲物を探すように辺りを見回していた。
だが、そこにあるのは同族の死体だけ。目の前の光景に困惑したように首を傾げる。
「──〈引力渦・強〉」
アルセイラは呟くと、ガルーダに掌を向ける。
掌に埋め込まれた魔術具が明滅すると、ガルーダに向かって透明な引力の渦を発生させた。
「──!?」
渦に飲み込まれたガルーダは制御を失い、空中で羽ばたきも叶わぬまま身体を捻じ曲げられていく。巨大な体躯が歪な軌道を描き、まるで見えない鎖に絡め取られたかのように身動きが取れない。
それを確認すると、アルセイラの指が精密に動き、引力渦を制御する。
その瞬間、ガルーダは凄まじい力に引き寄せられるようにアルセイラの掌に引き込まれていった。
そして、遠い空を飛んでいたはずのガルーダの身体がアルセイラの掌に綺麗に収まった。
「バギュアアアア!!」
「うるさいなぁ。早く見てみようよ! 心臓!」
「はい」
アルセイラは暴れるガルーダを左手で持ち上げると、右手でガルーダの胸部を貫いた。
「ガッ……」
アルセイラの一撃で絶命したガルーダの身体から引き抜かれたその手には、未だに鼓動を続けるガルーダの心臓が握られていた。
「ハズレですね。普通の心臓です」
アルセイラは掌の上で鼓動する心臓を見つめる。
王鳥の心核は、ガルーダの心臓の一部に生成される緑色の結晶体であり、本来はガルーダ原種のみが持つその器官は、膨大なエーテルを閉じ込めることが出来る、所謂”生体魔石”の一つだ。
現存するガルーダにも極まれにこの器官を持って生まれることがあるが、現存種はエーテルを溜め込むことができず、形だけ残っている状態だった。
「もー!! こんなこといつまでやればいいの!?」
「出るまでです」
「じゃあいつ出るの!?」
「さあ」
「さあ、じゃないよー! ちぇー」
ミリーはたまらずアルセイラの肩から降りる。
そして退屈そうに周辺を歩き回った。
「はぁー、早く帰って研究の続きしたい……」
「……紅闇龍、ですか」
「吸血鬼はダメだったんだよねー。眷属は魔族扱いしてくれないみたい、あの聖杯」
「彼女はどうなったんですか?」
「ヴィクターが表で処理するって言ってた」
「そうですか」
アルセイラが感情の無い声でそう答える。
「アンデッドの方も全然ダメ! やっぱり魔族の血じゃないとお気に召さないんだよねー」
「では手詰まりですか」
「だからこうしてわざわざガルーダ狩りしてるんだよー! こうやって人為的な大量発生まで引き起こして!」
「ガルーダロードが居て幸運でしたね。緑のエーテル汚染を引き起こせば、いくらでもガルーダを生成してくれる」
「不思議だよねー。この世界のホメオスタシスって。魔物だけじゃなくてアイテムまで作っちゃうんだから」
「迷宮……理解の範疇を越えます」
「ばあばは時空魔法が関係してるかもって言ってたけど、まだ研究中だねー」
「……龍の古魔法、ですか」
「そう、きっともうすぐ、私たちも使えるようになるよ! 楽しみ!」
ミリーの声には純粋な喜びが溢れていた。その瞳は、新しい玩具を手に入れた子供のように輝いている。
「……そうですね」
無邪気に笑うミリーに、アルセイラは微笑んで見せた。




