第34話 ナノなのです!
「ここなら大丈夫だろ」
宿の一室に入るなり、ルークがカバンから飛び出して大きく伸びをする。
畳一間ほどの質素な部屋だが、この通りの宿は客足も少なく、人目を気にせず話せそうだ。
「おい、もう出てきてもいいぜ」
「……」
ルークの声に促されるようにひっそりと影から出てきた少女は、相変わらず警戒するような目つきで部屋の隅に佇んでいた。
「座ったら?」
「ここで大丈夫なのです」
まだまだ警戒されているみたいだな。
相当酷い目に遭ってきたんだろう。
「話の続きをする前にまずは自己紹介だ。オレはルーク。見ての通りカーバンクルだ」
ルークは胸を張って名乗ったが……
「カ、カーバンクル……? ミクリンではないのです?」
「ミクリンじゃねえよ! 全然違うだろ!」
「分からないのです……」
「大丈夫、俺も最初間違えたから」
「なのです?」
「大丈夫じゃねえよ!! 全く。で、コイツが俺を召喚したご主人の──」
「えー、アポクロの最古参ギルドの一つ”レンデュランズ”のサブリーダーの高橋優太です」
「……だそうだ」
「なのです???」
「まあ、ユウタって呼べばいい。で、オマエは?」
「ナノなのです」
「ナノナノ?」
「ナノ! なのです!」
「や、ややこしい……!」
ルークは混乱した様子で頭を抱えつつ続けた。
「じゃ、ナノ! 単刀直入に聞くぜ。ナノは吸血鬼なのか?」
ルークの問いかけに、ナノの表情が一変する。
「違うのです!! ナノは人間なのです!! でも血統書はないのです……」
「そりゃ犬じゃねえんだから。でもオレが知ってる人間は、人の血を吸ったりしないと思うぜ」
ルークの言葉に、ナノは肩を落とした。
「それは……奴らに何かされて、それでこんな身体になってしまったのです……」
「奴らって、誰だ?」
「それは……分からないのです。ナノに何かしたのは、ナノと同じくらいの女の子だったのです」
「ナノと同じくらい……人間を吸血鬼に──魔族に変えちまう技術を持ってる割に随分と幼いな。ソイツも魔族かもしれないぜ」
確かに、魔族なら見た目と年齢が合ってないということはよくあるからな。
ゲームの知識だけど。エルフが見た目少女で三百歳とかってよくあるしな。
「そうだ、さっきルークが言ってた『魔族が人間に滅ぼされた』とか『エルフとドワーフは許された魔族』とかって何のことなんだ?」
俺は会話の流れを変えるように、さっきから気になっていた点を尋ねた。
「文字通りだぜ。魔族は人間にほとんど滅ぼされたんだ。だいぶ昔の話だから、ご主人が知らないのも無理はない」
「いや、でも魔族ってメチャクチャ強いんじゃないのか? 人間なんかじゃ勝てないだろ」
完全にゲームの知識だけど。
「何を言ってるんだ、ご主人。人間を舐めちゃあいけないぜ。知能が高くて、技術もあって、更には魔族と比べて圧倒的に数が多い。特に最後のは大きな強みだ。数が多い分、ケタ外れの存在が生まれる確率も高い」
俺は思わず首肯した。
確かに人間の強みを並べてみると、なんと厄介な存在なんだ……
「じゃあ、許された魔族ってのは何なんだ?」
「それも文字通り、人間が共存を認めた魔族だぜ。人間に全面降伏した魔族は、魔界から人間社会に来ることを許されたんだ」
「お、魔界とかあるのか!」
グンッとマップが広がった気分だ。
しかも魔界とか、絶対クッソ強い魔物とか激レアな魔物とかいるだろ。
絶対行ってみたいぞ。
「もう無いけどな。人間に消されちまったらしい」
「は!? 人間ツマンネ! はよナーフしろや!」
というか魔界が消されるってどういうことだよ!?
大陸ごと消滅でもさせたのか?
「まあ、魔族にとって人間が理不尽な存在であることは間違いないだろうな。で、そのときに吸血鬼も滅んだはずなんだが……どういうわけか、ナノを吸血鬼にした連中は人間を魔族にする術をもっているみたいだな」
「なのです……奴らはそれを魔人化って呼んでたのです」
「魔人化……」
「ご主人、これは結構な大事に首を突っ込んじまったな」
ルークの表情が険しくなる。
「じゃあ次は、ナノのことを教えてくれ」
「ナノは……両親がいないのです。なので、同じ境遇の子たちと一緒に施設で育ったのです。
おおぅ……重い過去。
この子、この年で凄まじい人生歩んでるな。
俺なんか同じくらいの年齢のとき家でゲームしかしてないぞ。今もだけど。
「ナノはそこで楽しく暮らしていたのです。ナノは本を読むのが好きで、すごくお利口さんだったのです。でも、ある日突然来た男の人が、みんな一緒に連れて行ったのです」
「……その男って、どんな感じが覚えてるか?」
「赤くて長い髪を後ろで結んでいた、背の高い人だったのです。あっ、あと、ナノを吸血鬼にした女の子と同じような服を着ていたのです」
ナノは記憶を辿るように、虚空を見つめながら答えた。
「やっぱり組織的犯行か……ご主人、こりゃヒドい話だぜ。そいつら、身寄りのない子供を狙って、その魔人化とやらの実験体にしてるみたいだな」
……ナノと一緒に連れていかれた子たちはどうしたんだろうか。
それは怖くて聞くことが出来なかった。
「と、ところで、ナノの、その、吸血鬼の特性について教えてくれ」
重い話題を避けるように、俺は気になっていた点を尋ねた。
「ナノの、なのですか?」
ナノは首を傾げる。
「そう、ナノの。さっきからナチュラルに影の中に入れてるけど、普通は出来ないからな」
「そうなのです。ナノは、影の中に入れるようになったのです」
「吸血鬼の特徴の1つだな。影から影へ移動する魔族だぜ」
「え? ナノは影から影には移動できないのです」
「えっ、そうなのか? オレが知ってる吸血鬼は出来たぜ?」
「できないものはできないのです」
「じゃあ、魔人化と言っても元の魔族の特徴をそのまま受け継ぐってわけじゃなさそうだな」
「あ、あと、一日に一回、人の血を吸わないと理性を失うのです」
「こわっ!」
理性を失うって……
確かに俺の血を吸うまで人語を話してなかったな……
「そして、ナノが血を吸った相手は、死んじゃうか、ナノの言うことを何でも聞く吸血鬼になるのです」
「さらにこわっ!」
じゃあ、複数人から少しずつ血を吸わせてもらう、とかも難しいわけか……
「あとは多分、身体能力も上がってるはずだぜ。魔族の身体能力は人間と比べ物にならないほど高いからな」
「ケガもすぐに治るのです。それは結構嬉しいのです」
「あ、それは嬉しいんだ……」
「ご主人、ナノのことだが……どうするつもりだ?」
ルークの問いかけに、ナノの表情が再び曇った。
「元いたっていう教会に戻すのは?」
「そんなことしたら、片っ端から血を吸って、大惨事になるぜ」
「そうだよなぁ」
「それは嫌なのです……」
一日一回、血を吸わないと理性を失い、しかも吸った対象は吸血鬼になる──
かなり厳しい条件だな。どうするか。
──すると、ナノは天井を見上げ、まるで独り言のように話し出した。
「あー、どこかにナノが血をいくら吸っても平気で、吸血鬼にもならないトンデモ人間が居たらいいなあ、なのです」
「いやいや、そんな奴いるわけ──」
「「い、いたぁ!!!」」
「いやわざとらしすぎるわ」
俺を同時に指差すナノとルーク。
コイツらいつの間にこんなに仲良くなったんだ?
「と、いうわけだ。ご主人、当分ナノの面倒を見てやろうぜ。ナノと一緒に居れば、魔人化の犯人たちと繋がれるかもしれないしな」
いや、別に繋がりたくないんだけど。気にはなるが。
……俺の一番の希望は、”誰にも邪魔されずにゲームをプレイできること”
フロンとのパーティを頑なに断っているのも、パーティを組むと自由に行動することが出来なくなるからだ。
ずっと走って移動したり、疲労を気にせず昼夜冒険したり、死ぬことを気にせず戦ったり。
そういうのって、俺が一人だから出来てることなんだよな。
一方、ナノが上手いこと生きていくにはユウタが必要なのも確かだ。
おそらくみずっちが【吸血鬼化】的な状態異常を用意していないから、ナノに血を吸われてもHPが減るだけなんだろう。
まあ、普段は影の中に居るなら邪魔にならないか?
そもそも一緒に居ないと死んだも同然なんだし、ユウタが死んだときのことを考えても仕方ないか。
「……はあ。じゃあ、俺の影の中でヒキコモリやってていいから。その代わり、あんまり邪魔はしないでな」
「いいのです!? 嬉しいのです!! ユウタ好きなのです!!」
ナノが思い切り飛びついてくる。
なんて現金なやつだ。
「……まずは、口についた血を洗い流すところからだな」
「……ごめんなさい、なのです」
それと、服装とか髪とかちゃんとしてもらわないとな。
見られたときに俺が虐待してるみたいになる。
なんだか、ユウタの命が少し重くなっちゃったな……




