炎上する船
炎上する船の中をデクスターは走っていた。
階段を駆け下り、一直線にフレデリックがいる部屋の扉をデクスターは開いた。そこにはフレデリックと船の船長がいた。デクスターが甲板に上がる際、代わりにフレデリックを見張ってもらっていたのだ。
「な、なにがあったのですか!!」
「不明です。爆発によって船が沈む可能性がありますので、すぐに救命ボートの元までご案内します」
切羽詰まっていることがわかったのだろう。フレデリックは小箱を抱えたまま、こくこくと頷いた。
「船長、案内をお願いします」
「承知した。閣下、こちらへ」
フレデリックの手を取る船長はエレ・アルカンだ。フレデリックは気にすることなく手を取られるがまま、船の中を走った。
二人の前をデクスターが走る。何かあった時の護衛役でもあるからだ。それまでただ持つばかりだった鉄棒を構え、左右を警戒しながら、爆発の原因について考えた。
偽装されたこの商船は万が一を考え、船尾に爆薬を積んでいる。例えば、海棲モンスターが襲ってきた時に諸共に吹き飛ばすためだ。そのため、爆発物が何かについてはデクスターにも想像がつく。
問題はなぜそれが爆発したかだ。自爆用の仕掛けである手前、その存在を知っている人間は少ない。それに火薬の取り扱いに精通していなければ起爆できないように細工がされている。他ならぬデクスター本人がそれを積んだ時に確認した。
ならばなんで、と思考をめぐらそうとした矢先、デクスターは足を止めた。
船長に言われるがまま、デクスターは通路を進んでいた。不意に足を止めたデクスターに船長は怪訝そうに、どうしたのか、と話しかけた。
「船長、申し訳ありませんが、少々下がっていただけますか。伯爵様もです」
「どうしたのですかな、デクスター殿。一体なにが」
あったのか、とフレデリックは言おうとした。その瞬間、デクスターは持っていた鉄の棒をの両端を握り締め、仕込まれた小太刀を左右から抜き放った。
「隠れているな、でてこい」
反応はない。ただ炎がパチパチとゆらめく音だけが聞こえた。
無言のまま、デクスターは両手の小太刀を通路の壁めがけて突き立て、そして切り裂いた。
おおよそ、刀で切ったとは思えない鋭い切り口は左右の壁に大穴を開いた。直後、その大穴から短剣が飛び出してきた。
「現れたか」
突き出された短剣を握る手首を小太刀で切り飛ばし、デクスターは穴の奥に手を伸ばした。引き摺り出されたのは特異な仮面を付けた男だった。
男が付けているのは銀色の仮面だ。その仮面は龍の顔と人間の頭蓋骨を足して2で割ったような外見をしている。その仮面にデクスターは見覚えがあった。外事院で仕事をしている時に渡された資料に同じ仮面の絵写真が載っていた。
「龍面髑髏!?」
フレデリックは怯えた様子でその名前を口にした。それはなんですか、と船長が聞くと、フレデリックは歯をガチガチと鳴らしながら答えた。
「古い、鍛冶師集団だ!!自分達の作った武器の試し切りのために、暗殺まがいのこともやっている、と聞いたことがある」
気がつけば、デクスターが仕留めた男と同じ仮面を付けた集団がわらわらと壁の中から現れた。10人ぐらいだろうか。各々が船内で戦うことを考えてか、短剣や斧を装備していた。
「伯爵様、私から離れないでくださいね」
小太刀を構え、デクスターは龍面髑髏めがけて突撃を始めた。
デクスターは小太刀を振るい、迫る龍面髑髏を切り倒していく。特に首や手首といった露出している部分を狙ってデクスターは小太刀を振るった。
龍面髑髏はその全員が鎖帷子という防具を着込んでおり、重装にもかかわらず、その動きは非常に軽快だ。揺れる船内にも関わらず、その力を存分に振るっていると言える。
あとはレベルの高さか、とデクスターは突き出された短剣を回避しながら、相手の動きを考察する。
「SoleiU Project」はRPGだ。レベルという強さを表す指標がある。レベルが高ければ、その人物の力のほどを示すステータスが比例して高くなり、それが身体能力に反映される。
デクスターの見る限り、龍面髑髏の平均レベルは25だ。一般的なヤシュニナ海兵の平均レベルが18ぐらいと考えれば十分高い方だろう。動きが警戒であるのも頷ける。
だが、デクスターからすれば鈍重に、緩慢に見える。まるでスローモーションでも見ているかのように感じた。
デクスターのレベルは78だ。相対している龍面髑髏とは3倍以上の差がある。ゆえに、10人ばかりの龍面髑髏を切り伏せるのに2分とかからなかった。
デクスターが戦っている間に事態を把握したのか、水夫に扮した海兵が救命ボート倉庫に駆けつけてきた。足元に転がる龍面髑髏の死体に彼らは驚くが、すぐに状況は把握したのか、デクスターに指示を求めた。
「そこにいる年配の男性を救命ボートに乗せ、迎えの船団に送ってください。——船長、火災はどうにかなりますか?」
「退船準備をさせます。どのみち、処分するのだから構わないでしょう」
「わかりました。ではしょ」
不意に船長が両目を見開き、言葉を詰まらせた。吐血し、うつ伏せになってその姿が倒れたとき、初めてデクスターは彼の背後に立っていた人物の存在を認識した。
銀色の髪をたなびかせる美しい女性だった。龍面髑髏の仮面を被ってはいるが、装具は一切装備していないドレス姿だ。唯一、彼女が装備しているのは美しい一振りの剣だった。
反射的にデクスターは小太刀を正面に出した。十時に構え、防御の姿勢を取った。銀の女はその小太刀を目掛けて剣を振り下ろした。
「ぅぐ!!」
上段からの一撃。それを受けた瞬間、デクスターは自身の体力が一気に削られていく感覚を覚えた。
たった一撃で自身の体力が四割近く削られ、加えて「痺れ」という状態異常まで加わった。デクスターは舌打ちをこぼした。
プレイヤーであるデクスターは自身の体力を正確に把握することができる。加えて、状態異常という体に害がある効果が付与されてもたちどころにその効果について知ることもできた。
デクスターに付与された「痺れ」は一定時間、筋力の低下と反応速度の鈍化の二種類のデバフを付与する。剣の効果ではなく、シンプルな膂力の差であることは失われた体力の量から、推測できた。
「レベル100越え。やばいか。やばいよな」
痺れた右腕を庇いながら、デクスターは相手との距離を取った。
「SoleiU Project」の世界では二種類のレベルアップの方法がある。経験値によるレベルアップと、試練によるレベルアップだ。レベル1から100までは経験値、つまりより多くの戦闘を経験することでレベルアップすることができる。
しかしレベル100以降はそうではない。いくらモンスターを倒してもレベルは上がらない。代わりに試練というレベルアップのためのクエストが用意されている。その試練を一つクリアするごとにレベルは1上がり、上限はレベル150である。
眼前の銀の女はその試練をクリアしていた。デクスターが相手の頭頂部あたりを見ると、彼の網膜に眼前の女のレベルが表示された。
レベル103。3度試練をクリアしたということがその数字からわかる。一度として試練に挑んだことのないデクスターにはそれがどれだけのことかはわからなかった。ただ純粋にすごくやばい、としか感じなかったし、感じられなかった。
小太刀を握る手に力が籠る。勝てる見込みはゼロだ。純粋な剣士である銀の女に対し、デクスターは剣士ではない。どちらかと言えば正面戦闘よりも奇襲や不意打ちが得意なキャラクターメイクだからだ。
「けど、勝利条件が違うんだよなぁ!!」
叫び声を上げ、デクスターは突貫する。両手の小太刀を振りかぶり、真正面から突撃した。銀の女は嘆息し、剣を振るった。デクスターのガラ空きの脇腹を狙い、彼を寸断しようとした。
刹那、彼女の顎を何かが打ち抜いた。かくんと見上げるように体が仰け反った。
銀の女の顎を打ち抜いたのは鉄棒に偽装した小太刀の鞘だ。通路に落ちたそれをデクスターはつま先で操り、銀の女の顎を打った。
今度は彼女の胴がガラ空きになった。すかさずデクスターは技巧を発動させた。
赤い透明なモヤがデクスターの小太刀を包み込んだ。それはオーラであり、技巧の発動の証だ。
技巧は戦士の必殺技、魔法使いにとっての魔法のようなものだ。魔力ではなく、気力を消費し、使用する。その中でも二刀流用の技巧「煉刃」をデクスターは銀の女に向かって振るった。当たれば大ダメージは確実の凶刃だ。
——それを彼女は常人とは思えない反応速度で回避した。
手に持った剣を一瞬で逆手にし、通路に突き立てたかと思えば、それを軸にして彼女は腕一本で、全身をもちあげた。刃は空を切り、デクスターはしまった、と息を呑んだ。
「眠れ」
銀の女の刃がデクスターの心臓を抉った。何が起こったのか、デクスターにはわからなかった。気がつけば、通路に突き立てた剣を彼女は取り上げ、抵抗の余地なく、心臓が貫かれていた。
吐血し、目眩までしてきた。それでも、とデクスターは最後に一矢は報いようと、小太刀を銀の女の背中目掛けて突き刺そうとした。
しかし女はそれすらも見抜いてか、デクスターの刃を躱してしまう。代わりに彼自身に刃は突き立てられた。
「ぐ、ぁああ」
「割腹、ご苦労様」
意識が遠のくデクスターを銀の女は嘲笑う。わずか数十秒の出来事だった。薄れゆく意識の中、デクスターは網膜に投影された「伝話帳」を視線で操作し、シドに連絡をかけた。
「シドさん、青いこば」
——その直後、船は大爆発を起こした。
*
プレイヤーとNPC(煬人)のステータス的な違い。
・プレイヤーと異なり、NPCはステータスやレベルを認知できない。鑑定系スキルでわかるのはあくまでおおまかな相手の能力だけ。
・プレイヤーと異なり、NPCはスキルやステータスをブラッシュアップすることはできない。また、成長も遅い。
・基本的にNPCは余計なスキルや技巧、ステータス割り振りをしているため、レベル分の強さを発揮することは稀。