表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

甲板で氏令はただ待つ

 夜の静かな海の上にとある船団があった。1隻の大型船と3隻の中型船で構成された4隻の船団だ。


 大型船は中型船と比べて横幅が広く、どっしりとした印象を受ける。マストは4本あり、それをたたんで停泊していた。


 大型船の周りを囲む中型船は錨を降ろさず、等間隔で周囲を航行していた。時折、光信号で周辺に異常がないかを伝えてくる以外の行動は起こさなかった。


 大型船には貴賓室があり、その中にはさながら陸地の高級ホテルの一室を丸々持ち込んだかのような調度品の数々が置かれていた。ふかふかのソファ、鏡面のごときテーブル、シックな雰囲気の家具類、まばゆい光を放つランプとどれもが一級品の品である。


 その貴賓室でシドとアルヴィースはくつろいでいた。テーブルの上にはワインボトルが一つとグラスが二つ、そしてチーズや干し肉などのつまみが置かれていてソファに腰を下ろした二人はそれらを飲んだり、つまんだりしていた。


 4月30日の深夜、予定通りであれば帝国からの亡命者を乗せた商船と合流する日だ。事前に帝国内に入り込んだデクスターからは船が出港したことは知らされているため、行き違いになることはない。


 ただ待てばいいというのは退屈なもので、こうして飲み食いをしているくらいしかやることがない。もっとも、それも十全に楽しめるかと言えば嘘になる。


 シドとアルヴィースはどちらも「毒耐性」というスキルを有している。毒物が体に入ってもすぐに解毒するスキルで、これは微量のアルコールにも反応する。つまり、酒を呑んで酔っ払うことが二人はできない体なのだ。


 「楽しさ半減って感じ?飲み食いできない奴らと比べればまだマシだろうけどさ」

 「味わえるだけマシか。それもそうか」


 ワイングラスを口へ運び、ゆっくりとアルヴィースはその中身を嚥下した。芳醇な葡萄の香りが鼻腔をくすぐり、それが口いっぱいに広がっていった。


 しかし、今食べているつまみがワインに合わなかったのか、シドはうーん、と唸る。酔えないならせめてワインとつまみくらいと思うのは道理だろう。


 仕方ないとシドは腰のポーチに手を伸ばした。中から取り出されたのは小さなポーチよりも大きなチーズの包みだった。包みを広げると香ばしい発酵集が室内に広がった。


 「臭っ、おい、シド。密閉空間でチーズ開くな!!」

 「嫌なら窓でも開けよ。俺は気にしない」


 舌打ちをして、アルヴィースは窓へ向かう。押上式の窓を開くと、急にビューと雪と共に寒風が入ってきた。常人ならばコートが必要な寒さだったが、シドとアルヴィースは気にするそぶりは見せなかった。


 「にしたって、もう4月だぞ。相変わらずここは冷えてるな」

 「北の海だからな。雪解けだって5月以降だし」


 「ほーんと、辺鄙な土地だよなー」

 「俺らの国だぞ?我慢しろ」


 「お前の、の間違いだろ。ま、日々が楽しいから付き合ってやってるけどさ」

 「俺一人で国が維持できるわけないだろ。日々、いろんな奴らが助けてくれてるからだって」


 いけしゃあしゃあと嘯くシドにアルヴィースは顔をしかめた。思ってもいないことを平然と言えるシドの面の皮の厚さには呆れてしまった。


 そうして二人が無駄話を続けていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。警戒しながらアルヴィースが扉を開くと、オークの水夫が立っていた。アルヴィースを見て、水夫は敬礼し、報告を行なった。


 「哨戒中の軍船より報告であります。南西1浬先で目標と思われる船舶を発見したとのことです」

 「伝令ごくろう。その船に光信号は?」


 「送りました。符号も合っています」

 「よーし。おい、シド。俺は甲板に行くが、お前はどうする?」


 「うーん?俺も行くかな。ああ、悪いんだけど窓閉めておいてくれる?」


 去り際、シドは報告に来た水夫にそう命じ、甲板へと昇っていった。残った水夫はなんで窓を開けているんだろう、と不思議に思いながら、窓を閉めた。



 甲板に出たシドとアルヴィースを船の副船長が待っていた。副船長は鶴の獣人で甲板に上がってきた二人にある方向を指差して示した。


 二人は副船長が指差した方角へ視線を向けた。望遠鏡を用いて見ると、確かに暗いが船が見えた。夜目がきくアルヴィースにはいっそうくっきりとそのシルエットが確認できた。


 「接触までは、あと10分くらいか」


 取り出した懐中時計にランプを寄せ、シドは確認を取る。第三勢力に見られないため、偽装された商船と同様にシド達の乗る船も明かりを落としていた。当然、国旗も掲げていなかった。


 「戻って待つか?」

 「いや、いい。それより、哨戒している軍船に周辺警戒を徹底させろ。海棲モンスターの接近には特に注意させろよ?」


 シドの指示をアルヴィースは副船長に伝えた。副船長は丁寧なお辞儀をして、甲板から去っていった。


 「ここまでは順調か」

 「いっそ、俺が船まで行こうか?船が到着するよりも速いぞ?」

 「別にいいよ。いきなりお前が来たら驚くだろ、商船のやつらも」


 それもそうだな、とアルヴィースは納得し、首肯する。プレイヤーであるアルヴィースであれば寒さなど気にせず、水上を走って商船に乗り込むことはできる。しかしそれは無用の争いと混乱を招く。なにせ、向こうの商船は甲板も真っ暗で、アルヴィースの顔などわからないのだから。


 「気長に待とうぜ。デクスターだっているんだ、きっとだ」


 大丈夫、とシドが言いかけたその直後、不意にシドは右耳がかゆくなるのを感じた。プレイヤー間でのみ使える「伝話」という遠距離通話機能の着信の印だ。シドの網膜には発信者が表示される。デクスターだった。


 「なんだ、デクスターか。一体どうしたんだ?」


 デクスターの通信に出ようとシドは眼球操作をする。その直後だった。


 背後で爆音が轟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ