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界別の才氏シド

 会議が終わり、あくび混じりに起き上がったシドはアルヴィースと共に宮殿に呼ばれていた。御所と呼ばれているその場所はヤシュニナ氏令国の象徴である王君(イルフェン)の住む宮であり、いくつもの明美な建物が重なり合うヤシュニナ最大最高の建造物である。


 ヒト一人が住むにはあまりに広い敷地に建てられた槍とも、ハープとも取れる独特な形状の建物が中央にあり、その周囲を森と見間違えそうな庭が囲んでいる。樹高数十メートルの木々が乱立し、その中では独自の生態系が築かれていた。


 御所の40階は聖殿と呼ばれている。その場所は王君の玉座があり、玉座と広間の間には薄く白いカーテンがかかっていた。


 シドとアルヴィースはカーテンの前で片膝をつき、首をたれる。しばらくして、コツコツという足音が鳴った。そして玉座に座る衣擦れの音が聞こえた。


 「面をあげよ」


 二人にそう告げたのはカーテンの脇に立つ男だった。白い毛並みの狼頭の獣人で、白と黒をうまい具合に織り重ね、赤い生地がアクセントとして加えられた服を着ていた。


 言われるがままシドとアルヴィースは顔を上げた。視線の先にはカーテンがある。玉座に座る人物の足元だけが薄いカーテンの向こう側に見えた。


 「界別の才氏(ノウル・イゼッタ)シド、並びに橋渡しの(ディプロス・)議氏(レネル)アルヴィース。貴殿らに帝国よりの亡命者を出迎えを命ずる。我が国の品位を汚さぬよう、丁重に出迎えよ」


 「「御意のままに」」


 シドとアルヴィースは同じタイミングで頭を下げる。


 「ああ、そうそう」


 不意にそれまでの厳粛な雰囲気をぶち壊すような気安い言葉遣いで可愛らしい声が響いた。はっとなって二人は顔を上げる。


 カーテンの向こう側の人物の顔はシドには見えなかった。だが、いたずらっ子のような笑みを浮かべていることはわかった。


 「万が一、文書の引き渡しを固辞したら、相応の対応をしなさい。遠慮の必要ありません」


 思わぬ言葉に獣人は困惑して、え、と声を上げた。対照的にシドとアルヴィースは微笑を浮かべ、御意のままに、と賛意を示した。



 御所を出たシドとアルヴィースはその足で外事院、外交のための部署の建物へと向かった。八階建て、石造りの大きな建物で、敷地は半端な公園が四つは入りそうな雰囲気があった。


 「亡命者は帝国の財務大臣、フレデリック・ド・バンドール伯爵。彼が持つのは帝国の新税法の原本で、それを特殊な箱に入れて持ち込むらしい」


 外事院の一室で、シドとアルヴィースは今回の任務に際し集められたチームと改めて亡命者の情報を確認した。


 ヤシュニナと帝国の間には「トーリンの海」と呼ばれる海がある。行き来するためには船を使う他ない。今回の亡命でも船を使う予定だ。しかし、いくつか問題がある。


 ヤシュニナと帝国の間を往来する船はない。一度第三国を経由する形でしかヤシュニナと帝国を往来する術はない。


 複数の国を経由するとそれだけ亡命者が見つかるリスクがある。まずシド達が頭を悩ませている部分だ。


 次にトーリンの海自体にも問題がある。大型の海棲モンスターが時に洋上の船を持ち上げ、転覆させてしまうのだ。長時間、洋上で止まるといっそうリスクは高まる。


 「亡命の申し出を受け、すぐにノーメッド商会に商船の偽装を手配しました。標準船3隻の値段で商船を引き渡すと先方は言ってきました」


 報告するのはモノクルを付けた青年だ。歳の頃は20代後半くらいだろうか。仮にも氏令という国のトップが二人もいる空間で、青年は少し緊張しているようだった。


 「ご苦労様。随分と安いんだな」


 「あくまで船分の代金だろう?商会の通商文書の売却やら、積荷の口止め料でたんまりぶんどるつもりなんだろうよ」


 シドの疑問にアルヴィースが答える。それが正解だと苦い顔をする青年の表情が物語っていた。


 「船の手配はできてるか。じゃぁ次は伯爵の護衛だな」


 「中隊規模じゃ不安か?」

 「不安かな。一人か二人、腕の立つ護衛が欲しい」


 先の氏令会議で海軍から中隊規模の人員が外事院に貸し出されることが決定した。精鋭とまでは言わないが、腕が立つ海兵を貸し出す、と海軍を統括する氏令は保障した。


 「デクスター、行ってくれるか?」


 アルヴィースはモノクルを付けた青年を見る。青年、デクスターは表情を崩さず、わかりました、と答えた。


 「もう一人くらい人員を送りたいが、難しいか」

 「表向きの立場があるやつは難しいだろ。裏の奴らを使うにしても限界がある」


 だよな、とシドはアルヴィースの言葉に賛同し、ため息を吐いた。


 「デクスターくん、そういうことだ。悪いが無事に伯爵をヤシュニナに送り届けてくれ。報酬ははずむ」

 「報酬よりも休暇の方が魅力的ですね。ここ最近働き詰めでして」


 「なるほど。確かに休養は労働者の権利だな。わかった。そこにいる上司に休暇申請をするといい。嫌とは言わせない」


 部下の前でからかわれ、アルヴィースはバツが悪そうに顔をしかめた。デクスターはそれを見て破顔する。緊張していた室内の空気が少しばかり緩み、小さな笑い声がさざめいた。


 「じゃぁ、デクスターと海軍一個中隊を帝国に送るとして。水夫はどうする?商会の連中を使うのか?」

 「商会からは貸してもいい、と連絡を受けています。ただその場合の」


 「ちっ。足元見やがって。——わかった。払うと伝えろ」


 部下の報告にアルヴィースは舌打ちをする。ノーメッド商会へと沸々とした苛立ちが込み上げてきていた。


 「それで?段取りはどうなっている」

 「4月26日までに伯爵は帝国アスカラ地方皇帝直轄地であるポリス・カリアスに到着。その後エイギル商業連合行きに偽装した商船に乗船いただき、直接本国へ向かいます。その際、領海近くで別の船に乗り換えていただく手筈になっております」


 「となると、大体4月30日から31日ごろか、合流は」

 「議氏アルヴィース、その通りであります」


 またその合流時に商船は沈めるとも報告した外事院の職員は付け加えた。偽装した船が曲がり間違ってもヤシュニナに直接入港することはあってはならないからだ。


 「事前に聞いていた通りか。伯爵の手引きは内通者がやるんだな?」

 「その手筈となっております。ただこちらの情報網が一部、犠牲になります」


 「それは痛いな。けど、仕方ない」

 「了解しました。このまま進めます」


 他にはなにかあるか、とシドは室内の全員に問いかける。すると挙手する手があった。


 「どーした?」

 「海軍の方から乗り換える船の護衛のため軍船を出す、という申し出が出ています」


 「船の規模は?」

 「弩級(エファンレーテ)を3隻です」


 弩級はヤシュニナ海軍が有する中型の船で長距離戦に対応している。平時はヤシュニナ近海の海棲モンスターを駆逐する目的で使われている。


 「護衛としては申し分ないな。あまり、動かす人員を増やしたくはない、仕方ないか。よし、海軍には申し出を受け入れると言っておけ」


 「大事になっていないか?」


 「冬明けで海棲モンスターが活発化してるからな。外交船一隻、ぽつんと海原の上じゃ心細いだろ?」

 「いざとなれば俺やお前で対処できると思うが?」


 「それじゃぁ俺とお前は助かるけど、他が死ぬかもしれないだろ。護衛はいるに越したことはない」


 納得はいっていない様子だったが、アルヴィースはそれ以上何も言ってはこなかった。改めてシドは、伝達漏れがないかを周囲に確認する。挙手する手はなかった。


 「久しぶりの極秘作戦だ。全員、気を引き締めて取り組んでくれ」

 「「「了解しました!!!」」」


 意気込みを感じさせる活気のある声だった。そのことにシドは確かな満足感を覚えた。


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