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そのビデオを観たら……
「そのビデオを観たら1週間後に死んじゃうんだって」
「何それ。怖っ」
「呪いのビデオってやつじゃんね?」
コメダ珈琲でモーニングを頂いている時、
学校をサボったのか、それとも遅れて登校するのか知らないが、側の席に座る3人の女子高生が大声でそのような会話をしていた。
お喋りも声が大きすぎると、その者の育ちが知れるというものだ。聞きたくもない他人に会話が嫌でも耳に入って来る。
私は溜め息を吐き、緩くなったコーヒーに口をつけた。
「けどさ。ビデオ観ても、その呪いから逃れる方法あんじゃないの?」
「そのビデオをコピーして他の人にみせたら、呪いがとけるらしいよ」
「つか、それってまんま映画のリングじゃね?」
「あ、それ私も思った」
「リングって、今更感過ぎるんですけど」
「でもさ、その噂流行ってんでしょ?」
「インスタとかXでもビデオテープの画像載っけてたり、YouTuberとかTikTokでもこれが噂のビデオですっ生配信してる奴もいるんだって」
「私、その配信見たけど、映像一切見せねーの。んで、喚いたり苦しんだりしてみせてさ。馬鹿じゃね?って思った」
「え?どうしてどうして?」
「美沙、ほんと鈍くない?だって死ぬのは1週間後よ?見た時に苦しむ訳ないじゃん」
「あ、そっか」
「美沙、ビビりすぎ」
3人が大きな口を開けて馬鹿みたいに笑う。静かな空間が下品な若者のせいて台無しだ。
私は我慢の限界だった。痴呆のように開いたその口を閉じさせてやりたかった。私はスマホを胸ポケットにしまい、周りを見渡しながら側に置いてある口を開いたバックに手を入れた。スイッチを止めしまい帰り支度を始めた。モーニングを残すのは残念だが、この空気に耐えてまで食べられる程、私の心は図太くなかった。
「でもさ。そんなビデオ、誰が作ったんだろうね」
「それ、私知ってる」
「マジか?」
2人の女子高生が口を揃えて言った。
「マジよ。マジ。けど、それが本当の製作者なのかは知らないよ?TikTokで観ただけだからさ」
2人が身を乗り出して1人の女子高生を見やった。
見られた女子高生は軽く咳払いをし、話し始めた。
私はその製作者が誰なのか気になり、上げかけた腰を再び下ろした。
「杉蔵って人らしい」
「杉蔵?」
「うん。なんでもビデオのタイトルが杉蔵の〇〇ってあったみたい」
「〇〇って何だよ」
「知らない。そのTikTokでも、言えないって言ってた」
私はジャケットからハンカチを取り出し額に浮き出た汗を拭いた。無意識にグラスの水を一気飲みした。
「で、その杉蔵って人、どんな呪いのビデオ作ったんだって話よ」
「内容まではわかんないけど、でもさ。その噂が本当だとしてもさ。今の時代、ビデオなんて観れる環境じゃねーつの」
「本当それ。せめてDVDだっての。なのにコピーして他人に見せろって、噂がガチだったら、観た人間殆ど死ぬじゃんね」
そう話す女子高生の声に、私は思わず立ち上がり、怒鳴った。
「死にたいのはワシの方じゃ!」
「は?爺さん、何なん?」
「こいつが杉蔵だったりして」
「それがガチなら、マジヤバい。ウケすぎ」
「そうじゃ!そうだとも!ワシが杉蔵じゃ!」
「ゲッ。マジか」
「すいませーん。店員さん、この人老害なんですけど」
「この人じゃないションベン垂れの小娘が!ワシには杉蔵っちゅう名前があるんじゃ!」
「あーうっさいうっさい」
1人の女子高生が私に向かってシッシッと手で払う真似をした。
「お前ら目上の人間に対して何がシッシッじゃ!ワシは許さんぞ!」
「許さなくていいから、杉蔵爺ちゃん、そのビデオ爺ちゃんが作ったって本当なの?本当ならどんな呪いの内容なん?」
「呪いなんかじゃありゃあせん!あのビデオをワシが20歳から誕生日の日にだけ撮影したプライベートオナニービデオじゃ!エロい本やAVの時もあったなぁ。懐かしいのう〜って言うとる場合か!」
「このジジイ、マジキモすぎなんだけど」
「店員さ〜ん。助けてくださーい」
「くっそー。どうりで家中探しても見つからなかったんやな。しかし、一体誰がワシのプライベートオナニーの映像を流出させたんじゃろかぁ……はっ!まさか死んだ婆さんが……?」
「ヤバっ。シコり自撮りする変態ジジイに嫁いたのかよ」
「お婆ちゃん、可哀想。何十年、この変態と一緒に暮らしてたんかな。そんな性癖あるって知ったら私なら生きてらんないわ」
「つか杉蔵ジジイ、オナ自撮りしてたんだから、それってまさにある意味、呪いのビデオじゃん!」
「噂は、ガチなやつだったんじゃんよ!」
「怖っ」
女子高生3人はそういい、それぞれがスマホを手にして何やら打ち始めた。恐らく呪いのビデオは本当だったとSNSにアップするのだろう。
私は男性店員に厳しく注意され、平謝りした。
いなくなるまで私は空になったグラスから無い水を飲み続けた。確かに婆さんは死ぬ2ヶ月前、大掃除をしていた。身の回りの整理みたいな事をすると、死に呼ばれるぞという私の忠告を無視してあらゆるものを粗大ゴミとして捨ててしまった。きっとビデオもその中に紛れていたのだろう。
だが、このままでは死んだ婆さんに顔向け出来ないじゃないか。確かにビデオは私の物だろう。それなら、最後まで真実を伝えるべきだ。
間違った話をSNSに晒されてたまるか。
私はバックを持って今度こそ退店する為、席を立った。
そして女子高生の側に行き私は言った。
「いいかい。君達、あのビデオは自撮り何かじゃない。ワシの為に婆さんが撮ってくれたものじゃ!その辺の所、間違えんじゃないぞ!」
「ババアも変態だったんかーい!」
女子高生はハモるようにツッコんだ。
私は3人に一礼して店を出た。一礼したのは、3人の女子高生の生足を盗撮させて貰ったせめてもの礼だった。
さぁ。家に帰って仏壇の前で今、撮影したばかりの女子高生の映像を婆さんの遺影に見守られながら、シコってみるとしよう。
実際、私のチンコが勃起するかわからんが……
了