【第9話 見えること、見えないこと(リューエル視点)】
アマネくんは、不思議な人だ──。
そう思ったのは、入学式の翌日、自己紹介を終えたばかりの教室で彼を見たときだった。
「標準的」とは、彼が自分のことを表現した言葉。
特別でもなく、劣っているわけでもない。
ただ“普通”であることに、何の卑屈さも感じさせない声音と表情。
(……ボクと、少し似てるのかも)
そんな共鳴のようなものが、最初の印象だった。
でも、今日──初めての授業が終わったばかりの今。
火灯での契約と、魔力地図の授業を経て、ボクはあらためて思っている。
やっぱり、彼は“普通”じゃない。
特に、あのときのことを思い出すたび、その確信が強まっていく。
──振り分け試験の日。
実技の順番を待っていた時間帯だった。
試験場の空気がほんの一瞬、変わった。
風が揺れたわけでも、音が鳴ったわけでもない。
けれど、アマネくんはふいに顔を上げ、ボクの肩に軽く触れて引いた。
その一歩ぶんで、ボクは確かに、結界の揺らぎの端を踏まずに済んだ。
魔力結界が、ほんのわずかに膨張した瞬間。
普通の人には、気づけるはずのない揺らぎ。
それに反応できたアマネくんは、ぼそりとつぶやいた。
「……気のせいだったかも。魔力の境界線が一瞬、浮いたように見えたけど……勘違いかもしれない」
その言い方は、あまりに自然で。
まるで、風が通り抜けたことを話すみたいに、あっさりと。
でも──“魔力の境界線が一瞬浮いたように見えた”なんて、普通の生徒が言うだろうか?
あの時、ボクは何も見えなかった。
たぶん先生たちだって、気づいていなかった。
けれど、彼はそれを“気のせいだったかもしれない”と言って見過ごすふりをした。
あれは、偶然でもなければ、気のせいでもなかった。
彼だけが、見えていた。
アマネくんの隣には、いつもシオンくんがいる。
忠実な従者であり、どんなときも淡々と寄り添い続ける存在。
だけどその二人の距離感は、ただの主従とは違う。
言葉のない信頼、過不足のない間合い、時に“何かを隠している”ような空気。
シオンくんは誰に対しても一定の距離を保っているけれど、アマネくんにだけは──
それは、どこまでも自然で、どこまでも絶対的だった。
ボクは、あの関係が少しだけ羨ましい。
でも、だからこそ分かることもある。
アマネくんは──きっと「隠している」。
それが力かもしれないし、過去かもしれない。
でも、それを無理に知ろうとすることには、きっと意味がない。
彼が“普通”であろうとするのには、理由がある。
ボクにはそれを聞き出す権利も、必要もない。
だからボクは、決めたんだ。
無理に踏み込まない。
でも、友達としてそばにいること。
今のボクにできるのは、それだけだから。
そう思いながら、ボクは少し離れた席から、アマネくんとシオンくんの背中を見つめている。
(──きっと、彼はまだ、いろんな顔を持ってるんだろうな)
その一つひとつが、いつか自然に見えてきたら。
そのとき、ボクはまた少し、彼に近づけているのかもしれない。
リューエル。
彼は一見、静かで控えめな存在ですが、その内側では多くのことを観察し、思考し、葛藤しています。
王族という出自、能力に関する自意識、そしてアマネに対して抱く違和感と興味。
彼にとって“標準”を装うアマネは、周囲の誰よりも「不可解で、放っておけない存在」になりつつあります。
今回描いたのは、そんなリューエルが、初めて自分の視点で世界を見つめ、誰かのことを「信じよう」と決めるまでの小さな一歩でした。
この物語において、彼は“見る者”の代表として、アマネのもう一つの理解者となっていきます。
4MB!T/アンビット