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【第6話 境界の外】

 火灯ひともしの授業が終わり、訓練場から寮舎へ戻る道すがら。アマネは胸の内で、今日聞いた内容をひとつひとつ反芻していた。


 午前中いっぱいを使った実技はようやく終わり、生徒たちは昼食を取るため、思い思いに散っていた。寮舎に戻る者もいれば、学院中庭のベンチで弁当を広げる者もいる。アマネもその一人ではあったが、まだ食事に気持ちが向かず、ひとり思考の中を歩いていた。


 今日使ったのは最低等級のルビー。未契約の宝石が一人一つ渡され、契約が完了すれば、それは《火の宝石》として学生に認められ、日常的な使用が許可される。


 (……外では、考えられないな)


 それは制度として異常ではない。宝石は魔法を現実に顕現させるための媒体であり、国家の戦力そのもの。各国の軍人は例外なく魔法使いであり、魔法使いは必ず宝石を用いる。


 つまり――宝石の保有数と、優秀な魔法使いの数が、そのまま国の軍事力を表す。


 貴族といえども、自邸に宝石を好きに置いておけるような環境は稀で、たいていは国の管理下にある。必要なときに必要な分だけ貸与される、それが普通の運用だ。


 だが学院では違う。ここでは、学生が契約した宝石は本人の所有物として認められ、持ち歩きすら許されている。


 その自由さは、驚きでもあり、解放でもあった。


 さらに講師はこうも言っていた。


「最低等級未満――つまり、宝石とみなされなかった石でも、魔力伝導率の判定には使える。そうした“準宝石”は、個人の自由研究や訓練用として、申請すればいくらでも提供される」


 それらは契約対象ではなく、精霊との接続もできず、契約印も刻まれない。けれど既存の契約宝石と併用することで、出力の調整や偏向、魔力の軌道制御などに応用されるという。


 事実、訓練場の隅には焦げた石や割れた破片が転がっていた。

 失敗の痕跡。試行錯誤の残滓。あるいは、見捨てられた素材たち。


(使い捨てられた宝石が、ある。たくさん、だ)


 アマネはそこに強く惹かれていた。


 契約の対象にはならず、誰の注目も浴びない。けれど、魔力を通したときに、ほんのわずかでも“応答”の兆しを見せるものがある。断絶されているのではない。正規の道を通らなかっただけ。ならば、その“外”に道はあるのではないか。


 彼の思考は自然と、かつて拾った“黒ずんだ金属片”へと向かう。


 アマネは足を止めた。制服の胸元からそっと手を入れ、小さな布袋を指でなぞる。中にあるのは、あのとき拾った金属の破片。


 熱を持たない、魔力媒体としては不適格とされた素材。

 けれど、自分がこの世界で最初に“応答”を得たのは、この破片からだった。


 布の上からそっと魔力を流し込む。


 ……びくり。


 ほんの一瞬。袋の内側、金属の輪郭がわずかに震えた。


 空気の流れが変わるような、指先が逆撫でられるような感覚。明確な反応ではない。だが“ゼロ”ではない。魔力が通じた瞬間、たしかに何かが起こった。


(……やっぱり、君は……)


 契約宝石ではない。精霊との定型的な構造もない。

 それでも、金属片には“存在”があった。応答する可能性が、たしかにそこにあった。


 そもそも、なぜこの世界では宝石だけが媒介とされているのか。

 伝導率か、精霊側の都合か、あるいは社会的な“常識”か。


(宝石と金属。違いがあるとすれば、きっと構造の問題だ。素材じゃない。接続形式と認識の順序……)


 彼の中に、小さな疑問が芽生え始めていた。

 それはやがて、“拾い鉄”によって精霊を呼び起こす思考へと、つながっていく。


「……」


 その時、足音がひとつ、石畳に重なった。

 アマネは振り返らない。誰かはわかっていた。


 シオン。数歩後ろを、一定の距離で静かに歩いてくる。


 彼はアマネの従者であり、沈黙を好む。だがその沈黙は、ただの無言ではない。

 何も問わず、何も押し付けず、しかし常に“そばにいる”。その静かな気配は、今のアマネにとってとてもありがたかった。


「シオン」


「はい」


「……ありがとう。黙っててくれて」


「アマネ様が話したいときに、私は聞きます」


 短いやり取り。

 けれど、それだけで十分に伝わる安心がそこにはあった。


 アマネは胸元の金属片に手を当て、再び歩き出す。


 昼食の時間は、まだたっぷりある。今日は食堂ではなく、中庭の奥にある静かなベンチで――ひとり、あるいはふたりで過ごすのも、悪くない気がした。



 木陰の下、石造りのベンチにふたり並んで腰を下ろす。

 シオンが用意してくれていた携帯食を、アマネは感謝とともに受け取った。


 干し果実を蜜で煮詰めた甘い焼き菓子。口の中にやさしく広がるその味が、少しだけ思考を緩めてくれる。


 そのとき、芝の向こうから軽快な音が近づいてきた。


 ぴょんぴょんと跳ねるような足音。靴底に埋め込まれた魔導具仕込みの宝石が、陽の光を受けてきらきらと反射している。


「シオン、アマネ!」


 声の主は、もちろんトーヤだった。


 満面の笑みを浮かべながら、勢いよく近づいてくる。


「シオンってやっぱすごいんだな! あれより綺麗で大きい火灯、見たことなかったよ!」


 アマネも微笑んで頷く。


「ねえ、僕もないよ」


 シオンはふっと小さく笑った。


「私は、ありますよ」


 その一言に、ふたりの表情が一変する。


 トーヤは「えっ、だれの?」という顔。

 アマネは「ちょ、それ言う?」という顔。


 シオンはあくまで穏やかに続けた。


「アマネ様の御父君のものです。私の師でもありますから」


「へえ、お父ちゃん、すごいんだな」


 トーヤの素直な声に、アマネは笑って答えた。


「ああ、自慢の父だよ」


 その言葉に、欠片の曇りもなかった。

学院という環境の中で、アマネが「当たり前」に抱く違和感。

使われない素材、放棄された宝石……そこにこそ可能性がある。

この話は、アマネの思考のクセと未来の伏線を詰め込んだ、静かな決意の回でした。

鉄に宿るものは、まだ誰にも見えていません。

4MB!T/アンビット

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