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【第4話 自己紹介】

 学院生活初日、午前の最初の授業は主教棟の西翼、半円形の講義教室で行われた。


 天井が高く、まるで音楽堂のような構造の教室。木製の机と椅子は、生徒の体格に応じて自動調整され、光沢ある床には淡く魔法円が刻まれていた。天窓からは柔らかな朝の光が差し込み、生徒たちの髪や制服に静かに降り注いでいる。


 壁には魔法強化された黒板が設置され、空間全体には緊張と期待の気配が漂っていた。


 教室には五十名ほどの生徒がすでに着席していた。席順は学院側が決めたものらしく、貴族と従者の関係や魔力適性が考慮されていたようだ。寮と同じく、アマネの隣にはシオン、その前後にトーヤとリューエルが配置されている。


 天井と壁のあちこちに、共鳴型の魔力伝達宝石が埋め込まれていた。教師が話すとその声が教室全体に均等に響く仕組みで、講義の効率と明瞭さを両立していた。


 全員の着席を確認した教師が、壇上に立ち、手を軽く掲げた。


「まずは、私から名乗ろう」


 銀の縁取りのある濃紺の長衣に、繊細な刺繍が施された袖。整った立ち姿の中年の男性だった。


「私の名はケルド・ナムレイ。理論魔法と基礎構文を担当している。上級課程では精神系魔術や共振術の応用も扱う」


 言葉は穏やかだが、筋の通った冷静さが滲んでいる。


「諸君がこれからどのような道を選ぶにせよ、私の務めは一つ。君たちが“自分の魔法”を見出す手助けをすることだ」


 声には誠実さがあり、教室の空気がわずかに和らいだ。


「では、初日は自己紹介から始めよう。名、出自、希望進路。順に語ってもらう。前列から始めよう」


 指名を受け、最前列中央の少年が静かに立ち上がった。無駄のない所作と、堂々とした声。


「ファン・ディアルです。出自は庶民ですが、筆記と魔力量は最上位でした。いずれは上級課程への推薦を目指します」


 言葉にざわめきが走る。だが、ファンはそれを受け止めるように続けた。


「才覚に貴賤はありません。それを証明したい。そして──」


 視線が、アマネの隣に座る少年へと向けられる。


「噂に聞いた“逸材”がこのクラスにいると知っています。でも、誰にも負けるつもりはありません」


 挑戦とも宣言とも取れる言葉。だが、シオンはまっすぐ前を向いたまま、微動だにしなかった。



 自己紹介は順に進んでいき、トーヤが立ち上がる。


「トーヤ・メルグ! 父は鍛冶屋、母は風魔法の講師です。俺は“跳ぶ”とか“走る”とか、体を動かす魔法を極めたい。非接触の競技魔法──それがテーマ!」


 快活な声と真剣な眼差し。教室が少し和らぎ、数人の生徒が笑みを浮かべた。


「空間跳躍や走行補助……いろんな可能性を試したいです。よろしくお願いします!」



 次に立ち上がったのはシオンだった。


「シオン。アマネ様の従者として、この場にいます。今後もその任を果たします」


 言葉は短く、しかし揺るぎなかった。

 ファンの野心とも、トーヤの自由さとも違う。

 ただ一つの役割を貫くという、誇りと静けさ。


 それだけで、彼の在り方は十分に伝わっていた。



 アマネは、静かに立ち上がった。


「アマネです。優秀な従者に恵まれて、幸運に思っています」


 少し間を置いて、肩の力を抜いたように言った。


「……僕自身は、ただの魔法好きです。路傍の石のような存在ですが、見つけた誰かの役に立てるなら、それも悪くないと思ってます」


 その言葉に、笑う者もいれば、真面目に頷く者もいた。誰もが、それぞれの意味で彼の言葉を受け止めた。



 リューエルの番が来た。

 一瞬ためらったあと、彼は小さく息を吸って立ち上がる。


「リューエル……です。王家の傍流の家に生まれましたが、継承権はありません。……魔法も、あまり得意じゃありませんが、ここで変わっていけたら……と、思っています」


 緊張に揺れる声。それでも、彼は最後まで自分の言葉を言い切った。

 教室にいた誰もが、それを静かに見守っていた。



 自己紹介が一巡すると、教師は壇上で全員を見渡し、静かに頷いた。


「よろしい。皆、よく語った。自己紹介とは、自分がどんな人間で在りたいかを示すものだ」


 ケルドは黒板に一つの印を書き込むと、ゆっくりと告げた。


「今日の授業はここまで。明日から本格的な魔法理論に入る。心の準備をしておくように」


 教室がざわめきとともにほぐれ始める。

 生徒たちは立ち上がり、隣人に言葉を交わしながら、それぞれの歩調で扉へ向かっていく。


 アマネは、隣のシオンと視線を交わした。

 無言のまま、互いの意思を確認するように。


 新しい学びの時間が、確かに始まった。

はじめての教室、はじめての授業。

キャラクターが一気に増える回ですが、特に印象に残していただきたいのはファン、そしてアマネの言葉です。

「路傍の石」は彼の自己認識であり、同時にこの物語の問いでもあります。

さりげなく配置されたリューエルの台詞にも、伏線が張られています。

4MB!T/アンビット

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