【第17話 導く者たち】
週明けの朝。学院内では一つの話題が密かに囁かれていた。
──「エラ・ヴィオラのゼミが、今期の選抜を行うらしい」
その名に、反応を示す者は限られている。だが知る者にとって、それは軽く流せる話ではなかった。
「マジで? まだ選抜なんて時期じゃないだろう」
「でも、毎年この時期には少人数での調査があるらしいよ。推薦じゃなく、講師の“目利き”だけで呼ばれるって……」
中庭の噴水前。弁当を広げた生徒たちの輪に、そんな噂が走る。
トーヤはパンをかじりながら、隣に座るリューエルに囁いた。
「なあ、アマネとシオン、呼ばれたりしないかな」
「ボクは……逆に、その可能性は高いと思うよ」
「うん、オレもそう思ってる」
二人が同時にちらりと視線を向けた先には、木陰で読書をしているアマネの姿があった。隣には例によって、静かに腰掛けるシオン。
◆
一方、学院西区画、宝石魔法専用の研究棟。その奥に、エラ・ヴィオラはいた。
窓辺の椅子に腰をかけ、資料を整理しながら、ふと顔を上げる。
「そろそろ……時期か」
彼女の視線の先には、一枚の名簿があった。新入生の名が整然と並び、そのいくつかには薄く朱が入っている。
「予備調査は済んだ。火灯での制御値、構文理解力、戦闘時の挙動……どれも悪くない」
彼女が口にしたのは、アマネとシオン、そして数名の名。
だが、朱の中でも、とりわけ深い色が付けられている一行に、指先が止まる。
「──“あの”契約印の精度。まるで、書物の挿絵のようだったわね」
宝石に現れた均整な紋様。それを見た瞬間、彼女は確信したのだ。
この子は、自分の魔法を“組み立てている”。
それも、生まれついてのものではなく、“構築”として。
エラの目に映る「優秀さ」とは、制御値や発動速度ではない。
魔法を言語のように捉え、意味として運用できるかどうか──それが彼女の重視する資質だった。
「さて、声をかけてみましょうか。最初の“踏み絵”を、どう超えるか見てみたいわ」
彼女は笑みを浮かべながら立ち上がった。
◆
同じ頃。教室ではグラントが昼休みを終えて入室し、教壇に立っていた。
「一部の者には、既に連絡が入っているかもしれない」
そう前置きをしたあと、彼は珍しく少し声を張った。
「ゼミ形式の選抜が、今期も例年通り始まる。希望がある者は、今週中に私まで申し出よ。推奨者がいる者は、そちらの推薦状も提出して構わん」
一斉にざわめく生徒たち。だが、アマネは静かに教科書の端に視線を落とし、まぶたの裏でエラの顔を思い浮かべていた。
「……来た、か」
すでに覚悟していたこと。だが、その到来は想像以上に早かった。
隣のシオンもまた、何も言わずに背筋を伸ばしていた。
その表情はいつも通り無感情に見えながら──どこかで、すでに受け入れている気配があった。
◆
放課後。エラの研究室前に立つ二つの影があった。
「アマネ様、よろしいのですか?」
「うん。行ってみよう。……見ておきたいんだ、“どういう場所”なのか」
扉をノックすると、すぐに軽やかな声が返った。
「入って」
扉の奥、銀髪を束ねたエラが、白衣をゆるやかに揺らしながら二人を迎えた。
「よく来たわね。さあ、まずは話をしましょうか。“選ばれた理由”と──“選ばれなかった理由”について」
そして、その言葉の奥に、すでに次なる問いが潜んでいることを、アマネはすぐに察していた。




