【第16話 選ばれた理由、選ばれぬ理由】
午後の講義は静かに始まった。
テーマは「魔力環境と生活圏」。午前のような地政学的な議論よりは、やや日常に寄った実用的な内容で、教室の空気も穏やかだった。
けれど、アマネの視線は途中から宙を彷徨っていた。
──午前中のファンの一言が、まだ心に残っていた。
「君との差がつくのは、案外早そうだ」
明らかに、シオンに向けられた言葉。
けれどその場にいたアマネも、どこかで“同類”として見なされていることは感じていた。
(……本気でぶつかろうとしてる人の言葉だった)
自分が「標準のふり」をする理由。
それは周囲からの干渉を避け、自由を確保するためだった。けれど、同じ自由を、ファンは“力を示すこと”によって得ようとしている。
──正反対のアプローチ。だが、同じだけの真剣さ。
ふと、斜め前の席のリューエルがノートに視線を落とし、真面目に筆を走らせているのが見えた。
(……僕は、何を恐れているんだろう)
問いに明確な答えはなかった。ただ、喉元で何かが燻っている感覚だけが残った。
◆
放課後、講義棟を出ると、曇っていた空は少しずつ明るさを取り戻していた。
夕暮れにはまだ早い、ゆるやかな午後の光が校舎の白壁に淡く染み込んでいく。
「アマネ」
振り返ると、そこにいたのはファンだった。
不意の呼びかけに、アマネは一瞬驚いたが、すぐに姿勢を整えて向き直る。
「……こんにちは」
「ちょっと、いいかな」
表情にいつもの挑戦的な色はない。むしろ、奇妙なほどに整った笑みだった。
「昨日の試合、見てたよ。すごく“整ってた”」
言葉の意図は明らかだった。
アマネは軽く首を傾げる。
「ありがとう。……でも、“整ってる”だけじゃ、勝てなかったけどね」
「うん、でもあれで“負け”だって思わせるの、すごいよ」
しばらく沈黙が続いた。ファンは芝の方へ目をやりながら、ぽつりと言葉を継ぐ。
「──もしも、君が本当に“標準”なんだとしたら。僕は、まだまだ“底”にいるってことになる」
その言葉に、アマネは初めて、わずかに目を見開いた。
ファンは笑った。
「まあ、いいや。俺は俺のやり方で、もっと上に行くよ」
「……熱風派で?」
「うん。あれはただの“古い流派”なんかじゃない。まだ誰も、本当の意味で使いこなしてないだけだ」
その確信に満ちた声に、アマネは何も言えなかった。ただ──
(たぶん、この人は、ちゃんと見てる)
そう思った。
見て、考えて、選び取っている。
それが、アマネにとって何より怖い存在でもあった。
◆
ファンが去ったあと、アマネはその場にしばらく立ち尽くしていた。
そこへ、シオンが静かに歩み寄る。
「……迷いが、おありですか?」
「ううん、ちょっとだけ、風が冷たいなって思って」
「そうですか」
それ以上は何も聞かない。けれどその沈黙が、今のアマネにはありがたかった。
見透かされるのも、見逃されるのも、どちらも苦手だ。
けれど、隣にいるこの従者だけは、その絶妙な間合いで、ずっと寄り添ってくれている。
(……そろそろ、向き合わなきゃいけないかもしれないな)
選ばれることも、選ばれないことも。
その重さを受け入れる覚悟が、少しずつ輪郭を成し始めていた。
4MB!T/アンビット




