【第11話 導きの兆し】
放課後の教室は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
生徒たちの足音が遠ざかり、窓から差し込む西日の色だけが時間の流れを物語っている。
アマネは机を立ち、ためらいなく教員机の方へ歩み寄った。
背を丸めて書類を確認していた担任、グラント先生は、その気配に気づいて顔を上げた。
「何かあったか、アマネ」
「少し、お時間をいただけますか。……昼休みのことについてです」
真っ直ぐにそう告げると、グラントは書類を伏せてペンを置き、アマネを促した。
「座れ」
促されるまま、空いていた教師机の隣に腰を下ろす。
アマネは、簡潔に、事実を伝え始めた。
──昼休み、中庭でシオン、トーヤと昼食を取っていたこと。
──そこへ白衣を着た女性講師が現れ、エラと名乗ったこと。
──彼女が火灯の授業を見ていたと話し、評価を口にしたこと。
途中、嘘はない。ただし、すべてを話すわけでもない。
言葉を選びながら、アマネはあくまで“標準的”な生徒として、冷静に説明を終えた。
……それでも、担任の反応は即座だった。
「──シオンじゃなくて、“お前が”か」
意外そうな声音だった。
アマネは少しだけ目を伏せ、首を振る。
「いえ、シオンと僕と、トーヤが一緒でしたから……三人に、だと思います」
「……ふむ」
グラントのまなざしがわずかに鋭くなる。
その反応を、アマネはよく知っていた。
観察者が、一歩踏み込もうとする時の目だ。
彼自身、そうして人を見てきた。
だが今は、逆にその視線を受ける側にいる。
(……事実を語り、真実を隠す。それは常套手段だ)
誰に教わったわけでもない。けれどそれが、この世界での“自衛のかたち”だった。
やがてグラントは椅子に背を預け、吐息のような声で言った。
「エラ、か……」
その名に込められたわずかな重さ。
アマネの耳が、それを聞き逃すはずもなかった。
「彼女はな……万人を導く講師ではない。
だが、天才を育てることにかけては、学院一だよ」
「……天才を、ですか」
アマネは小さく反芻するように言った。
「そうだ。毎年、彼女の評判を聞いた生徒がゼミに参加したがる。
だがエラが評価し、スカウトした者しか入れない。誰にでも開かれているわけじゃない」
少しだけ、感嘆の色が混じった。
「今、ゼミにいるのは……確か、四人か五人だな。皆、学院でも際立った異才ばかりだ」
アマネはその人数に目を細める。
エラという存在が、どれだけ狭く、深い“選別”をしているのかを物語る数字だった。
「……具体的には、どんなことを教えているんですか?」
「ああ、ベースはフィールドワークだ。実践学。
君たちが“地政学”で学んだ中級ダンジョン──
あれの踏破訓練を、特例として、実際に授業として行っている。」
「……エラ先生の同伴がある場合に限って、学院が許可を出している。ということですか」
アマネの言葉に、グラントが頷く。
「そうだ。つまり、それだけ信頼されているということだ。
“何かあっても彼女が対処できる”。極論足手まといの学生を数人連れていっても、危険と判断しないほど。
学院上層はそう判断している。実際、問題が起きたことはない」
「強いんですね」
アマネの声には、明確な興味が混ざっていた。
エラの“底知れなさ”は、彼の目に確かに刻まれていた。
表情も、魔力制御も、言葉の切り口も──全てが計算されたようでいて、予測できない。
「……ああ。強い、強いよ」
グラントは言葉を選ぶように一瞬黙り、視線を宙に投げる。
「ただし──講師になる前の経歴については、彼女は話されるのを極端に嫌う。だから私も多くは言わない」
それでも、と前置きをして彼は続ける。
「わざわざ評価を告げられたのなら、君や、君たちに何かしらの“素質”を見出したのだろう。
正式な加入はしばらく先になるはずだが……私の許可で、ゼミの様子を見てくるくらいは構わない」
アマネは深く礼をした。
「……ありがとうございます」
扉を開けて廊下に出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。
西日が校舎の影を長く伸ばし、静かな風が上着の裾を揺らす。
アマネは足を止めて、ふと空を見上げる。
“選ばれる”とは、つまり**「見られている」ということ**。
それは時に、祝福のようであり──
時に、裁きのようでもある。
けれど、標準を装うという仮面の下で、ずっと彼が欲していたもののひとつでもあった。
(……どこまで、届くか)
その問いに答えるように、校舎の上を渡る風が、静かにアマネの髪を揺らした。
授業外の時間に、担任との対話。
アマネがエラと出会ったことを報告するこの話では、「知る」という行為のはじまりが描かれました。
グラント担任という人物も、今後静かに関わってくる予定です。
学院の中にある、知と好奇心の階層。そこにアマネがどう絡んでいくか、ご注目ください。
4MB!T/アンビット




