【第10話 名前をつけた道具たち(トーヤ視点)】
授業が終わり、部屋に戻ったトーヤは、扉を閉めるなりふぅっと息をついた。
軽く汗ばんだ襟元を緩めながら、窓際の椅子にどさっと腰を下ろす。
「……すごかったな、今日……」
火灯の制御、魔力の地図、ダンジョンにまつわる知識。
どれも想像以上に難しくて、それでも興味を惹かれることばかりだった。
けれど、頭の片隅には少しだけ、不安も残っている。
(このまま、ちゃんとやっていけるかな……)
思わずひとりごちる。
けれど、その口元に浮かんでいたのは、不思議と前向きな笑みだった。
ゆっくり立ち上がると、トーヤは棚の奥から三つの魔道具を取り出す。
入学前からずっと大切にしてきた、自作の試作型たち。
それぞれに名前も、性格も、相棒としての愛着もある。
「よしよし、まずは……お前からだな、ミア」
一つ目は、跳躍補助ブーツ。
昼休み、中庭の芝で軽く跳ねて遊んでいたのも、この“ミア”のおかげだった。
革の継ぎ目と金属部を、柔らかい布で拭き上げる。
ソール裏の魔力ソケットには、念入りに筆を入れて埃を落とす。
「今日も、いい跳ねっぷりだったな。風も気持ちよかったし……ありがとな、ミア」
二つ目は、射出補助具。
名前は“エリー”。小さくて気難しいけれど、とても正確。
内部の機構に異常がないか確認しながら、ソケットの調整ネジを回す。
軽く魔力を流して反応を見ると、細やかな振動が返ってきた。
「よしよし、今日も感度バッチリだ。エリー、お前はほんと頼れるなあ」
三つ目は、防御ジャケット。
名を“リュシア”。常にトーヤの身体を包み、背中を守ってくれる存在だ。
厚手の布を丁寧になで、胸元のソケット周りを入念に磨く。
刺繍の境目に沿って、指先で軽くなぞると、小さな擦り傷が一つ見つかった。
「よく耐えてくれたな……ここ、今度ちゃんと補強しておくからな」
三つの魔道具を並べ終えたトーヤは、両肘を机につき、頬杖をついた。
エラ先生に褒められたことを思い出す。
(「君の道具、あれだけで済ませるのはもったいない」……って)
たった一言でも、あれだけ嬉しくなったのは、自分がどれだけこの道具たちを信じていたかの証拠だ。
そしてそれを、ちゃんと見てくれる人がいたという事実。
「リューエルも、アマネも、シオンも……みんないい奴だったし」
ぶつかり合いはまだない。
けれど確かに、何かが始まりかけている。そんな空気を感じている。
最後に立ち上がり、壁に貼られた一枚の写真の前に立つ。
兄の少年時代の姿が、そこには映っていた。
憧れていた背中。
自分よりもずっと背が高く、口数は少ないくせに、いつも温かい手をしていた兄。
「兄さん……オレ、頑張るよ」
その言葉は、毎日のように交わされる、心の誓い。
誰にでもない。
ただ自分の、大切な誰かに誓うための、ひとりきりの夜の挨拶だった。
夜風がカーテンを揺らし、机の上の三つの魔道具が、わずかに光を反射して煌めいた。
トーヤ視点で描かれる、魔道具と過去の記憶。
彼がどれだけ日々の技術を愛しているか、その根底に兄の存在があること。
また、アマネやリューエル、シオンたちとの日常のなかで、仲間という言葉が少しずつ意味を持ち始めています。
静かな夜に魔道具を磨くトーヤの姿は、私にとっても少し特別なシーンでした。
4MB!T/アンビット




