「その呪いは、アンインストールできます」
「カスタマーサポートセンター、佐藤でございます。いつも異世界冒険者サポートをご利用いただきありがとうございます」
『クククッ…聞こえているか?異世界の賢者よ…』
低く不気味な男性の声が響く。背景には風の唸りのような音が遠くから聞こえている。
「はい、クリアに聞こえております。どのようなご用件でしょうか?」
『我は闇の魔術師アザゼル…永遠の命を得るため、禁忌の呪文を唱えたのだが…予想外の副作用が出てしまった…』
「なるほど、魔法の副作用についてのお問い合わせですね。具体的にどのような症状が出ていらっしゃいますか?」
『フッ…我の体が…透明になりつつあるのだ。手足から徐々に消えていき…今では上半身しか見えない。このままでは完全に消滅してしまう…』
雄一は「不死・透明化・副作用」で検索をかけた。
「お客様が試された呪文は《イモータル・コイル》でしょうか?」
『!?なぜそれを…そうだ、その呪文だ』
「こちらのデータベースによりますと、その呪文は本来『不死』ではなく『不可視』を意味する古代語の誤訳から生まれた呪文でございます。完全な透明化が本来の効果であり、副作用ではございません」
『な、何だと!?書物には確かに「死なない体」とあったはずだ…』
「申し訳ございません。《コイル》は古代竜語で『見えない』という意味で、『死なない』は《コイリス》となります。一字違いで意味が大きく変わってしまうようです」
『クソッ…魔道具店の店主め、偽物の書をつかませやがって…!』
「ご安心ください。この呪文には解除方法がございます。満月の夜に、水を張った銀の盆に映った自分の影に向かって、呪文の逆唱をするという方法です」
『逆唱だと?《ライオク・ラトローミ》か…』
「はい、そうです。また、完全に透明化する前に《ヴィジブル・フォーム》という対抗呪文を唱えることでも元に戻る可能性がございます」
『なるほど…助かった、賢者よ。この恩は忘れん…ところで、本当の不死の呪文も知らないか?』
「大変申し訳ございませんが、カスタマーサポートでは生命倫理に関わる呪文のご案内は行っておりません。代わりに、寿命延長や若返りの正規の魔法をお調べすることは可能です」
『ちっ…まあいい。今日のところは引き下がるとしよう…』
通話が終わった後、雄一は「要注意依頼者」リストに「アザゼル」の名前を追加した。不死や禁忌の魔法に関する問い合わせは倫理審査が必要なケースだ。
「闇の魔術師も大変だな…」と雄一が呟きながら、深夜シフト残り1時間を前に、姿勢を正して次の通話に備えた。