9 空の職場
「うあああ……」
凝り固まった背中を伸ばすために両手を思い切り天に向けると、変な声が出た。
あれから三日経過した。状況は手詰まりに近い。
アルバローラに殿下に煽られ、これくらいでくじけるわけには、と翌日から行動を開始した私だったけれど、聞き込みや調査をするほど、殿下が去り際に言い放った言葉の意味が痛いほど分かった。ここはいわば、空の職場だ。
まず私が足を運んだのは、宮殿に務める役人たちの管理を司っている「人事室」だ。報酬や評価に関する業務を担当し、なにより登用試験情報をもとに新人を配置する権限を所持しているのもこの部屋の長だと聞く。権限を所持する張本人に会えなくても、部屋に属している人たちは「魔具研究開発室」や私の配置について、なにか教えてくれるのではないかと考えたのだ。
あまりにも直接的かと自分でも思ったが、遠回りするくらいなら根本に直撃するくらいが丁度いい。私は朝一番で人事室の部屋の扉を叩いた。
しかし、私が期待する成果は得られなかった。
「……魔具研の新人さん」
「あ、そんな略称なんですね。魔具研究開発室って」
扉のすぐ傍にいた人に所属を告げると、人事室の役人はぴしりと固まってしまった。これはまずいぞと辺りを見渡すと、皆私をじっと見つめている。こほん、とわざとらしく咳払いすると、我に返った人たちは慌てて視線を逸らし、仕事をしているふりをし始めた。
「ええと、ごめんね。配置に関しての詳細は答えられないことになっていて……」
「そうですか」
きっと、私が訪ねてきたらそう答えろと決められていたのだろう。ここで食い下がり、それでは上長に面会させてほしいと訴えられるほど、私は面の皮は厚くない。この先この王宮に骨を埋めるつもりなら、おとなしく引き下がらなくては。
(うーん……となると、まずは足元から丁寧に調べないとね)
私はいったん部屋に戻り、自分が必死に片づけた魔具研部屋の書類を漁ることにした。どこになにを収納したかは、昨日の今日のことなのできちんと覚えている。これまでの魔具研の実績を調べて、昨今どのような業務を行っていたのかを洗い出すことにした。
ところがここでも問題が発生した。十年ほど前までは活発に研究が行われていた記録が残っているのに、ここ数年はさっぱり、というよりめぼしい活動がほとんど行われていないのだ。魔具研の名前だけがぽつんと残った謎の部署になってしまっている。どうして王宮随一の成果を上げていた魔具研がここ数年はなんの業績も上げていないのか、調べても調べても書類だけでは詳細を把握することはできなかった。
結局は働いている人に実情を聞くしかない。配置については直接的過ぎて口を開かなかった人たちも、「魔具研究開発室」という部屋そのものに対してなら、ある程度のことは把握しているだろうし、話してくれるのではないか。そう考えた私は、関連した部署に話を聞くことにした。
この王宮の組織体制はごちゃごちゃと余計な枝葉が分かれておらず、分かりやすい。
まず王宮内の大まかな仕事を、省という枠組みでいくつかに分割している。ただしあくまで省は大雑把に仕事を区切っただけ。その中でさらに仕事を細やかに分割して、人が配置されるのだ。その分割された区分を「部屋」と呼ぶ。たとえば、初日に訪れた人事室は「人材管理省」の部屋の一つだ。部屋とは、文字通り執務室のことを指すこともあれば、その執務室に所在している職場を指すこともある。
「魔具研究開発室」は「魔導省」と呼ばれる省に属する部屋である。
魔導とは、この世界に存在する「魔」と呼ばれるエネルギーをもとにした仕組みのこと。国の魔導を管轄するのが、この魔導省である。その中でも魔具研究開発室と関連が高いであろう、「魔導普及室」に私は足を運ぶことにした。書類の数字とにらめっこしていると、魔具研の業務が低迷してくに比例して、魔導普及室の業務業績が抜群に伸びていったからである。
しかし悲運は連鎖するもので、ここでも思うようにいかなかった。
「申し訳ございません。魔導普及室はその秘匿性から、事前に入室予約をされた方のみの入出を許可しております」
扉の前に立つ王宮騎士に告げられ、戸惑いを隠せなかった。そもそも、扉の前に専属で騎士が配置されていることからも、この部屋が王宮内でも特別な価値を持った部署であることを示しているようだ。単に部屋の受付を担当するのであれば、武術の鍛錬を積んだ騎士の花形である貴重な王宮騎士を配置しなくてもよいはず。つまり彼は、中にある重要な情報や人材を守るために、この扉の前で守りを固めつつ、ついでに訪問者の対応もしているのだろう。
「ええと、中に入らなくてもいいんです。どなたか、部屋の方とお話しすることはできませんか」
「そちらについてもご遠慮いただいております。こちらの部屋に所属している方は、朝から晩までみっちり予定が入っておりますので、一定の地位の方以上でないとお取次ぎも拒否するよう申しつけられておりますので」
「そうなんですね……」
同じ省に所属しているにも関わらず、私の部屋とは段違いだ。これでは魔具研と魔導普及室の関連性についても学ぶことができない。私はまたも大人しく頭を下げ、すごすご引き下がるしかなかった。
ダメ元でその他の魔導省関連の部屋に足を運んでみても、人事室のように知らぬ存ぜぬとのらりくらりと躱され続けるか、忙しいからと門前払いを食らうばかり。胃を痛めながら、魔具研の部屋で昼食を取りつつ書類を何度読み返してみても、目新しい情報は何一つ掘り起こせない。
本当にどうすれば、と困り果てていた私が最後に頼ったのは図書資料室だった。
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