7 断罪の代償
「えっ……ええ」
絶句。私は思わず口元を手で押さえた。
お貴族様同士の婚約は、幸せな結婚を夢見るお約束なんてものじゃない。いわば家同士の繋がりのための、契約に近いものである。だからこそ、殿下のしでかしてしまったことの恐ろしさに背筋が凍る。
「王族には幼き頃から婚約者が付く習わしがありまして。そして例にたがわず僕には、幼少期に将来を誓った婚約者がいました。王家に準ずる立場である、爵位一位の名門家のご令嬢がね」
殿下は私がきれいに整えた深紅の布地のソファにどっしりと腰かけた。長い脚を器用に組んで、背もたれにもたれ掛かる。
「ところが僕は、前回の王国創立記念式典の場で、長年連れ添ってくれた婚約者を断罪しました」
前代未聞の大事件に間違いない。王族の政略結婚ということはつまり、国家が定めたレベルの婚姻のはずだ。そんじょそこらの貴族同士の婚約とは、責任も規模も段違いだ。婚約者は国政の要となる中心人物を支えるため、幼い頃から配偶者としての教育を受け続けたはず。国のため、王族を支えるため、自由の利かない幼少期を過ごし、貴重な時間を費やしたであろう婚約者を、あろうことか断罪するとは、到底許される行為ではないはず。たとえ婚約者に非が百あったとしても。
「断罪って……そもそも、どうしてそんなことを? なにか悪いことをしたと殿下も考えたから、断罪行為を取ったんですよね」
殿下はもちろん、と余裕たっぷりに頷いた。私は思わず腰に両手を当てて聞き入ってしまう。
「僕の婚約者の方が、爵位の低い令嬢をいじめているといううわさを聞きまして。そのいじめられている令嬢直々に涙ながらに訴えを受けたものですから、僕は即座に断罪したんですよ。天真爛漫である意味貴族らしくない、可愛らしいご令嬢でしたね」
「え……」
「ただ、ろくに裏取りもせずに断罪を決行しちゃったんですよねえ――もちろん、いじめの事実なんてどこにもありません。すべてはいじめを訴えた令嬢の大嘘だったのですけれども」
長年の婚約者を疑り、付き合いの短いであろう令嬢の涙を信じた。王族としてはありえない振舞だ。しかも式典の最中、国中の要人が集まっているであろう場所で、王子による断罪。婚約者もその家も、いわれのない罪で国中から視線を集めたのだ。どれだの謝罪を重ねても、侮辱された貴族の怒りは収まらないのではないか。
「婚約者の一族は先ほど述べた通り、王家に次ぐ名門家。長らく国の中枢を支え続けた、別名王家の右腕と呼ばれるほどの家でした。そんな家のお嬢様の面子に泥を塗った訳ですから、愚かな王子は即、王位継承権をはく奪されてました、と」
ぱちん、と王子は手を叩いた。それは語り部が、悪役が懲罰されてめでたし、と勧善懲悪の物語の結末を告げたかの様。けれど物語ではなく現実に起こったことで、殿下は悪役そのものだ。眉間に寄った私の険しい顔を見つけると、殿下はそれはそれは愉快そうに口角を上げた。
一連の内容は夢物語のようで、本人の口から語られてもまるで信じられない。まず、この男が本当を語るのか疑わしいのに付け加え、城下町で一年働いた私が、その噂を全く耳にしたことは無いからだ。国の王子の大失態となれば、平民にも噂が漏れ出るだろうに、これっぽっちも知らない。
つまり、国はこの失態をもみ消すために、かなり強力な緘口令を敷いたのではないだろうか。
「で、君は思うでしょうね。なぜそんなやらかした王子様がここにいるの? 王宮に居続けることができるの? とね」
「それは……」
「僕は腐っても王族の直系も直系です。王家の汚点になったとしても、国から追放するだとか、権限を奪い市井での生活を命ずるだとか、そういうことはできないのです。さて、なぜでしょう?」
教師のように質問を投げかけてくる。けれど優しい指導ではなく、首元にナイフを突きつけるような問だった。けれど私とてそこまで阿呆じゃない。
「……反第一王子派閥や、王権をよく思わない組織に目をつけられて、担がされたりしそう、だから?」
アルバローラ殿下は、ぱちぱちと拍手してみせた。ただし彼はきっちりと手袋をはめているので、音が響くことは無く、こもった音だ。その鈍い音が、どうしようもない現実世界を表している。彼は張り付けた笑みを揺るがせず、私を哀れむと見せかけて暇つぶしの見世物を眺めているように笑うのだ。
「まさしくその通り。だから目につく場所において、お飾りの地位だけ置いて監視することにしたのです。そしてそれが君の配属先、ですね」
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