5 魔具研究開発室
「目立ってた?」
試験当日のことを記憶の底から掘り起こそうとするも、試験会場では緊張して周囲を見渡す余裕が無かったため、試験内容くらいしか覚えていない。自分がどんな視線を受けているか気にする余裕なんてなかったのだ。目立つことなんて特にせず、むしろ誰とも交流せず隅の方で大人しくしていたはず。同じ受験生の記憶にはっきりと残るくらい注目を集めていたのか、と不安になった私の顔色を見て、パセナ嬢は首を横に振った。
「安心してくださいませ。悪目立ちではございません。ただ、この国に貴方のような容姿の人間は数少ないから、貴方が異国の人間であることはすぐ分かりましたわ。登用制度は貴方のような人間にも開かれてはいるけれど、実際受ける人数はごくわずか。それこそ、庶民の方よりもはるかに少ないのよ」
なるほど。庶民よりも少数派な異国出身者だからこそ、パセナ嬢に覚えられていたようだ。それにしても、試験当日の自分がどれだけいっぱいいっぱいだったか実感させられる。暗記した内容が零れ落ちないようにぶつぶつ唱えながら試験場へ向かったのは懐かしい。気恥ずかしさから頬がほんのり熱くなる。
「ところで。わたくしここへ来たのは仕事のためですの。初仕事として、部屋を回るよう指示を受けまして……この部屋に表札が見当たりませんわ。失礼ですが、ここはどこですの?」
「ああ、すみません。汚れていたので、表札を一旦外したんです」
注文されたのは部屋の掃除だったが、この部屋を表す、入口に掲げられた表札が汚れ切っているのは見逃せなかった。なにより、この部屋で執務することになる自分のためにも許したくない。私は丁寧に汚れを拭きとった金色のプレートをポケットから取り出した。美しい植物の蔦模様が周辺に浅く掘られたそれの、中央に深く掘られた部屋名を、私は何の躊躇もなく読み上げた。
「ここは、『魔具研究開発室』ですよ。私の配属先です」
瞬間、ぎょっと目をまんまるにしたパセナ嬢は、一段階高い声を上げた。
「なっ、貴方、それっ、本当ですの!?」
「え、ええ……見ます?」
パセナ嬢は私が掌に載せたプレートを食い入るようにじいっと見つめてくる。果たしてなにが彼女をここまで驚愕させているのか、と私は思わずたじろいだ。
「あの……パセナ様?」
「……そんな」
「パセナ様? なにか、この部署に問題が?」
するとパセナ嬢はプレートから視線を外し、勢いよく顔を上げた。私の言ったことが信じられないと顔面で物語っているように、私をまじまじと覗き込んでくる。
「あ、貴方知りませんの?」
「知らないって……何がでしょうか」
この慌てよう。どうやら出ていった男が言っていたことは出まかせではなかったようだ。この部屋が訳アリの部署であることは事実だと、目の前の女性の態度が物語っている。私は正面切って聞いてみると、パセナ嬢はバツが悪そうに口を瞑んだ。だが、右左と首を素早く動かして廊下を確認し、辺りに誰もいないことを確認したうえで、私の耳元でこそこそと囁いてきた。
「我が国には二人の王子がいらっしゃいますのはご存じかしら。王位継承権第一位の第一王子、ルーシェル・レヴォシュリオン殿下。そしてもう一人、しばらく前まで王位継承権第二位をお持ちでした、アルバローラ・レヴォシュリオン殿下」
その程度の知識は私も頭に詰め込んでいる。国家史も試験の範囲だったので、当然現在の貴族の爵位やら王族の人数まで叩き込んだのだ。
パセナ嬢はよりいっそう声を低くして、ひそやかに私に告げた。
「そして、幾月か前、『魔具研究開発室』の室長に第二王子殿下が就任しましたの」
「……王子が?」
「そして……その、それが、少々込み入った事情の、国王による勅令でしたの」
脳の回線が焼き焦げてショートしてしまいそう。くらりと立ち眩みで倒れてしまいそうになる足を、精一杯踏ん張った。つまり、あの失礼極まりない男は王子であり私の上司。そして、あの男が嫌味たらしくつらつら語っていた厄介な事情とやらは本当で、私はなにかに巻き込まれてしまったようだ。
私は、それ以上の事情や詳細について、非常に言いづらそうにしているパセナ嬢の言葉を止めるように頭を下げた。
「わか……りたくはないですけど、わかりました。これ以上は言えないですよね、きっと。先は私が直接確認します」
「……申し訳ありません、ミィテ様」
パセナ嬢が謝ることでは無いだろう。なにやら事情がある王子の詳細について、王宮の片隅とはいえぺらぺら吹聴してしまえば、パセナ嬢自身の立場が危なくなる。むしろ、彼女は数少ない言葉で情報を落としてくれた。
(「王位継承権第二位をお持ちでした」、ね……)
どうやらだいぶややこしい事情をお持ちの王子様のようだ。
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