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第六節「暗い帰途」

幸いにも、コッパーは身一つだ。

その気になれば外に出る支度は整っている。

寝室を抜け、土間のかまどの火を見送って外に出る。

軽く見渡せば、今は神徒の居住区に入って家を四段ほど抜かした高さの場所にいるようだ。


見たことのない顔ぶれの神下が十数名、灯火を(たずさ)え待っている。

そのうち一人は担架(たんか)を縦に抱いている。

プラムバム神官付きの神下というやつだろう。

イメナータの姿は見えなかった。


「コッパー様、しばらく歩きますが……」


コッパーは坂を見上げた。

神徒の白い家々の、こちらを見つめる小さな窓からもれる光がぼんやりと宮殿への道を照らしている。

天宮(てんきゅう)と中央棟の西端だけ光を宿した宮殿が、空をのっぺりと塗ったように浮かび上がっていた。

さして遠くない。

 

「問題ない」

「承知しました」

 

プラムバム神官が担架を抱えた神下に何ごとか合図すると、その神下はそのままどこかへ引っ込んでいった。


「足元にお気をつけください」


真っ直ぐに宮殿に通じる大路に出るとそう声がかかる。

よく見ればただの坂ではなく幅広の階段に削られている。

神民の区画より急坂であるように見える。


やはり立って歩くと想定していたよりはるかに疲労が噴出する。

そうやってときおり動きが遅くなるコッパーを、囲んでいる一団は待つ。

彼が一歩踏み出せば一歩動く、と言った具合だ。


暗く、彼らの顔の判別は付かない。

衣擦(きぬず)れがごそごそバサバサと止んでは響く。

コッパーは大きな白っぽい布の化け物を(ともな)って歩いているような気持ちにさせられる。


彼らには、私の顔が見えているのだろうか……。


どこかで、こんな与太(よた)を聞いたことがある。


 黒民(こくみん)は、光と共に生きる神聖な存在。(まばゆ)い光を苦としない。

 灰民(はいみん)は、黒民と同じ光を見ようとするが、彼らが光そのものと信じるものは、ただの照り返し。

 奴隷(どれい)は、地を()うノズミ。光を恐れ、穴蔵(あなぐら)の中ばかり見ている。

 

プラムバム神官を除いて、おそらく彼らは()()の目のはずだ。

穴蔵の暗闇を見通せる目が、夜にうろたえ歩く自分を見ている。


疲れた。

本当に、疲れた。


億劫(おっくう)な心を抑えて足を運び続け、宮殿中央棟の入り口に入った。

おそらく初めて入る正門だったが、観察する元気も尽きて目も上げられない。

ここから天宮(てんきゅう)の居室に入るのに、何階分上がればいいのだろう。

 

視界の端で神下の数人がすすすっと移動し先に廊下の先の暗闇に消えていった。


「お疲れのところ恐れ入ります。

 今連絡をやりましたから、お部屋に戻る頃には食事をお持ちできるはずです」


()()

そう聞けば、全身を(おお)(だる)さの、本当の姿に気が付いた。

歩き続けたことによる疲れや、昏倒(こんとう)したことによる不調をはるかに(しの)いで、体を支配していたのは空腹だったのだ。

そう分かれば歩き出せてしまうのが可笑しい。


コッパーは暗い階段を、小さな灯火に導かれて登って行く。

無心で身体を持ち上げるごとに、思案が意識を包んでいく。

灯火だけが意識の前に揺れ続ける。

 

こんなに空腹になったのはいつ以来だろう。

黒民らしい力強い肉体を保つことを求められ、飢えさせられることは久しく無かったコッパーにとって、疲労と紛うほどの空腹と思い出せるようなことは――


()()()からの数日間。


……天使から自分に求められているのは失った少年期以前の記憶だというのに、この国に来てから青年期以降の記憶ばかり結びつくものだ。


そのとき、フオッ、と、灯火が吹き込んだ風に揺れて消え、それと同時にコッパーの意識は思案の世界から帰還する。


足元すら曖昧なほど暗い。

しかし、南側に並ぶ細い窓から青い星の光が差していた。


「少々お待ちください」


神下二人で囲って、片方が石を打つ。

暗い廊下に赤い火花だけが光る。

窓から見える町は更に暗い。

国の全てが、黒々とした池の底にあるかのように見える。


硬く打ちつける音の間、かすかに何か、()が、聞こえた気がした。

「与太」を使うのは流石に迷ったのですが、表現したいことと同じニュアンスの言葉がなかったため、以前の注釈と同じように翻訳の関係と思ってくれると有難いです。

ノズミ(野住み)はネズミによく似た生き物です。

ネズミでいいんじゃないかと思いましたが、こうしました。

恐れ入ります。

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