第五節「揺らぐ公算」
自分は、キュプレム王国の端の地で、黒民奴隷の身分として生きてきた。
キュプレム王国が攻め滅ぼされたため、このエラメンタ神国の支配層、「天使」に身を買われた。
はずだ。
その天使に、失っている記憶を取り戻し、神国を救う手掛かりを得るようにと言われた。
そして神の客人「黒銅の民」に身分を偽って、この神国に初めて訪れた。
はずだ。
だから自分は、シャクカディ神徒に、否、この国の者に、会ったことはない。
はずだ。
だが、自分の失われた記憶は、少年期以前の全て。
この名前でさえ仮のものだ。
……故に、翻って、「会ったことはない」という確証もまた、無い。
さて、どう答えたものか。
口を結び黙ったコッパーに、シャクカディ神徒は何か失言をしたのではないかと思ったのか、にわかに慌てだした。
「も、申し訳ございません!何か大変失礼な――」
「私を知っているかね」「知っているのか」
問う声が混じった。
振り向けばプラムバム神官が、コッパーをはっと見上げ、すっと閉口して、おずと姿勢を正した。
振り向いた時に一瞬見えた彼の妙な、複雑な表情がコッパーの意識に焼きついたが、その表情の意味に考え至ったのは少し後のことだ。
「黒銅の民が立派、であることなど、当たり前のこと
……申し訳ありません、身の程を知らない……」
シャクカディはずっと恐縮している。
彼が過去会ったという私はどんな人物だったのだろうか。
どんな状況で会ったのだろうか。
当然、とことんまで聞き出したいというのが人の性だが、
これに関して質問を重ねるのはどう考えたって不審極まりないことだ。
影響力のあるであろう神徒に不審がられれば、今後過ごしにくくなるであろう。
プラムバム神官の前では尚更だ。
それに何より、コッパーは今、非常に空腹だった。
朝以来コッパーは何も食べていなかった。
静かな場に、胃の唸る音が響いてしまった。
神徒と神官、三人がはっとコッパーを見上げた。
こうあからさまに注目されると多少は恥ずかしい心持ちだ。
「腹が減ったな」
しかし、先程までの会話を自然に断ち切り上げることができるきっかけを得られた。
「ヂディス!お前コッパー様に何もお出ししてなかったのか!」
シャクカディの怒声が飛び、少しばかり気が緩んでいたコッパーの身は固くなった。
「え、……」
シャクカディに怒鳴られたヂディスが土間を見ながら立ち上がる。
その態度は何事か揺れているようだった。
──後から思えば、家族分の配給から他者の食事を捻出しようとしていたのだから戸惑ったのだろう。
「良い、良い。不要だ」
「し、しかし……」
「プラムバム神官、戻れば食事はあるのだろう」
「はい、すぐにお出しするよう手配してあります」
間食が貰えればありがたいのは勿論だが、
待つにしても食すにしても腰を落ち着けなくてはならない。
そうなればきっと、先ほどの話がまた立ち上がってきてしまう。
この場に、この人々の取り合わせで、長くいるべきではない。
「宮に戻りたい」
明けまして!本年中に完結できるのが理想です。がんばります。




