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第三節「未熟な神徒」

再び意識が浮上すると、今度こそ屋内の天井が見えた。

神民の家に比べて角ばった、(なら)された壁面に、窓から差す眩い光が部屋中の影を濃くしている。

日暮れが来ている。


腹が鳴った。


物音がしてそちらを見れば、中年の女がこちらを見ていた。

服装からして、イメナータと同じ、神下だ。

腹の音に気付いてこちらを覗いたのだろうか。


女は申し訳なさそうな顔をして、

おそるおそるコッパーに水の入った椀を差し出してきたので、コッパーはそれをぐっと飲んだ。

胃液に焼けた喉が()やされる。


椀を女に返すと、再び水を汲んできた。

今度はゆっくりと喉に流し込み、ようやく人心地つく。

気を失ってからそう長い時間は経っていないようだが、

以前倒れた時ほど倦怠感(けんたいかん)はなく、おおむね回復しているようだった。 

椀を持ったままのコッパーを見て水は十分だと思ったのか、神下の女は部屋の外へ出ていく。


土間の方で話し声と、硬いものを打ち付ける高い音が鳴ると、

壁向こうで赤っぽい光が広がったのがわかった。

かまどにでも火を入れたのだろう。


やがて、部屋へ火の灯った油皿を(たずさ)えた男が現れた。

神徒の服に見覚えがある。


「失礼致します。お話しの許可を頂けますか?」

「……ああ」

「ありがとうございます」


男はコッパーの足元の先に立ったまま、指先を組んで礼をする。


「改めて、ヂディス・ズタナンと申します。

 こんな形でコッパー様とお会いするとは思わず光栄です。

 お加減はいかがですか?」

「もう良い」

「それはよかった」


名前を聞いて、先程に担架で声をかけてきた男だと思い出す。

意識がはっきりしてから相対してみれば、ずいぶん若い男だった。

若いどころか青年になりたて…少年と言ってもいい。

輪郭がはっきりとした青い目が精力的に輝くが、顔の中心に寄って散るそばかすと、無理に作った口元の表情が、未熟な印象を感じさせる。

 

「コッパー様、何故あんなところへ?あの神下に何をされたのです?」

「……何もされてはいない」

「そのようには見えませんでした。連れ出されたのですか?」

「私が案内を命じたのだ」

「なんですって?神下がコッパー様の案内を?」

「問題があるか?」

「ええ。聞いたことがございませんね。

 黒銅の民の案内役はほとんど天使様や神官様が行うと聞いております。

 それが……我々神徒を飛ばして神下?」


はきはきと喋る…というより、返答が早い。

コッパーが発言し終わるのを待つことなく言葉を返されるので、

急かされるような落ち着かない気持ちにさせられる。

 

「私が命じた。面倒だったのだ」

「しかし、受ける方が悪い」


これは…彼女に正当性があることを伝えなければならない。


「……受けねば殺すと言ったとしても?」


言葉を選んでみる。

 

「ならば死ねばいいのです」


即座になんでもないことのように放たれた言葉にコッパーは硬直する。


「神が定めた仕事ですよ。

 黒銅の民は神の客です。

 神下はせいぜい下働き。領分(りょうぶん)を超えるなど無礼です」


その声には、何の悪意も淀みもなかった。

要求を受け入れたイメナータの、

()わった目を、急に落ち着いた声を、

コッパーは思い出していた。


しばらく言葉を失っているコッパーの様子に気付くと、

ヂディスの引き上がっていた眉が下がる。


「どうされましたか……?」

「……いや……イメナータは、どうした?」

「ああ。ご命じ通りプラムバムの元へ行ったでしょう。

 おそらくそのうち迎えが来るのではないですか?

 ズタナンの家に引き取らせて頂いたことは皆が知りましたから。

 コッパー様はどうぞお休みになってお待ちください」


神官は神徒にとって敬うべき存在と捉えていたのだが、

ヂディスの呼び方には吐き捨てるような響きを持っている。


「あの神下が気に入りましたか」


ヂディスは……黒銅の民を相手にしているにしては、

いささか不遜(ふそん)な態度なのではないか?


そう考えた自分に気付き、コッパーは自嘲(じちょう)する。

今まで会った者達に、たいそう慎重に返事をされていたのだと気付くことができた。

彼にとってコッパーは威のある存在だと認められていないのだろうか。

 

「……罪人にしてしまっては不憫(ふびん)だ」

「コッパー様が帰しましたから、罪人とはならないでしょう。

 ことにプラムバム神官の手の内に戻ったとあれば。

 あれは気に入りですからね」

 

いや、落ち着いて見れば、ヂディスという少年が単に発言に慎重さがないだけのように思える。

妙に自信のありそうなところがかえって幼い。


「かの神官に思うところがあるようだな」


礼拝の前後以来、プラムバム神官とはしっかりとした接点を未だきちんと結べていない。

周囲の人間の評判ばかり目立つ彼に、コッパーは興味を惹かれつつあった。

この蛮勇(ばんゆう)な少年は、コッパーの問いにまんまと口の端を引き上げる。 


「グスタ神官様が教えてくださいました。

 あの方はいつもこの国の三神官の正しい在り方について考えておいでです」


ヂディスは実に()()()()()


大勢を引き連れ堂々と振る舞うグスタ神官は、

年若い神徒にはきっと華のある、魅力的な年長者に映るのだろう。

この少年はすっかり彼に憧れているようだった。


「由緒正しいバルコタ家と違い、プラムバム家は良くないと。

 神下に股を開かねばならぬほど落ち目の一族に、

 恩知らずの神下が取り()いて、その子も胡乱(うろん)な仕事ばかり。

 その仕事もろくにできず、天使様にはしたなく媚びては

 そのご寵愛(ちょうあい)だけで神官の座を死守している、というのがもっぱらの評判です」

 

清廉(せいれん)に整えた格好でなんという言い様だ。

コッパーは、苦笑を口の端で殺す。

この少年がいくらか誇張していたとしても、

随分な話を言いふらしているものだ。


…グスタ神官は、よほどプラムバム一族のことが腹に()えかねているらしい。

この話は今朝教室でも似たことを聞いたが、

あれでも黒銅の民の前ではわりあい、言葉を選んでいたのだろう。


「だから側付(そばづ)きの神下があんなに少ないのも、

 プラムバム家を離れてバルコタ家に逃げたからに決まってます」

 

この国ではグスタ神官のように、神下を多く連れ歩くと言うことが、

神官らしい権威を感じる振る舞いなのだろうか。


コッパーは礼拝の日、プラムバム神官に頭を下げられたことを思い出した。

 

――本来の身に合わぬ扱いをどうか、どうかお許しください――

 

プラムバム神官は、自身を世話をする神下が少ないことと、

それによって本来コッパーに割く人員がいないことを謝罪したのだろうか。


「周りで世話してるのはもはやあの気狂いの女だけですよ」

 

そう思考を巡らせていたコッパーは、

不意に現れた強い言葉につい眉を上げた。

 

「あの……?」

「イメナータですよ」


驚きは大きくなるばかりだ。

少なくとも、コッパーはイメナータに対して気狂いだと思ったことはない。


「……イメナータが、気狂い?」

「ご存知ないのですか?

 私はまだ幼かったですが、皆が噂していたのでよく覚えています。

 たしか6年ほど前……」


その頃であれば、おそらく彼女はまだ少女だったであろう。


「黒銅の民が()()だと、(わめ)いて回ったんですよ」


混乱は深まるばかりだ。


「は……、いえ、皆、嘘だとわかっておりますよ!」


一応ヂディスにも黒銅の民を貶める発言をしてはならない認識はあったらしい。

しかし彼の口は止まらない。


「あんな()()()になったのもその時と聞いています」


思い出されるのは、器用な左手とそれに添えられた棒のような右手首。


「あの女は、襲われた、腕を落とされた、などとやかましく訴えたのですが、

 黒銅の民が何のためにそんなことをするというのですか。

 自分でどこかで大きな怪我をして死ぬところを治してもらったのだろうに、

 気が触れて勘違いでもしたのですよ」


事実はわからない。

しかし、彼女は『黒銅の民に右手を切り落とされた』と認識している…。


コッパーはイメナータの今までの態度にようやく合点がいった。

彼女はコッパー個人を超え――黒銅の民そのものにも、

不信と警戒を抱いているのかもしれない。


「やはり悪しき噂を振り撒いたせいでしょうね。

 あれの家族も皆いなくなりました」

「いなくなる?」

「ええ。……()()()でしょう?」

「なに………?」


ヂディスが怪訝な表情を持つのを見て、

この件については深追いは一旦避けたほうがいいと勘付いた。

自分がなりきっている「黒銅の民」という者について、コッパー自身、何も知らないのだ。

そのことを改めて意識させられる。


「いや。……それで?」 

「えっと……とにかく、プラムバム家は怪しいことばかりしているから、

 そんな者しか側に置けないのです、と、言いたかったのですよ!」

「だが……」

「なんでしょう」


コッパーにとってプラムバム神官の印象としては、

そう悪いものとはまだ信じられず、つい否定してしまった。

コッパーは思考を回らせる。 


聞きようによっては、先代の婚姻や先代の人柄によって落ちたプラムバム家の汚名をすすごうと尽力する健気な青年とも思える。

もちろん、彼らの過ぎて露悪的(ろあくてき)な言い様を嫌う気持ちもあった。

 

「当代のプラムバムの怪しいことというのは?」

「それは仕事ができないのを天使様に」

「それだけか?」


ヂディスは口を開いたまま瞳を揺らす。


()()()()()、グスタ神官だけが、言っているのではないか?」


ヂディスの口から声にならない短い息が漏れる。


おそらくグスタ神官に憧れるあまり、

聞いたことをそのまま吹聴しているのだろう。

コッパーは、言葉を失うその姿を見て、

少し意地の悪いことをしてしまったな、と思い始める。


しかし、目の前の少年は、自分の信じた善悪をまだ諦めていなかった。


「あっ……!まだ怪しい噂はあるのです!

 これは、私の友の神徒がプラムバム付きの神下から聞いたのですが」


依然、噂の域を出ないその食い下がりに、

いっそ微笑ましい気持ちになるほどだ。

しかしコッパーは、ヂディスの聞いたというその噂の内容に、

非常に惹起(ひき)されることとなる。

 

「プラムバム神官は、今の逆神に、相当、執心していると」

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