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ショートショートプラザ

お客様

作者: 手塚 英

閑散とした店内を見まわし、男は頭をかかえていた


「脱サラをして店を開いたがいいが、ここまでお客が来ないとは・・」


長年のサラリーマン生活に見切りをつけ、前から目をつけていた土地に念願のカフェを開いたのはいいが、悲しいことに店には閑古鳥が鳴き続けていた。


「ああ このままでは閉店せざるを得ない、いったいどうしたものか・・」


男は元来真面目で努力家であり、店を開くにあたり必死で勉強し、開店してからも接客・メニュー・値段・店の雰囲気などあらゆる面で改善を積み重ねてきた。


しかし現実は厳しいもので、男がどんなに頑張っても客は店の前を素通りするばかりだった。


「ここは大学にも公園にも近いし、若いお客でいっぱいになる予定だったんだがなあ・・・」


店の前の通りには人生を謳歌するように学生が笑いながら歩き、公園からは子供たちの元気な声がかすかに聞こえる、きっとそばでは若い夫婦が幸せそうに子供を見守っているのだろう。


カフェもそんな若い世代を狙って明るく開放的な造りになっていた。

しかしそんな光に満ちた環境とは裏腹に、店内は空しくBGMが流れるだけで静まり返っていた。


「やっぱり自分に商売は無理だったのだろうか・・」


男がすっかり自信をなくしてしまい、今後の身の振り方をネガティブに考えている時、一人の客が店内に入ってきた。


男は久しぶりの客に喜び、注文を受けに急いで駆け付けたが、そこで少したじろいでしまった。


そのお客は、毛玉だらけのみすぼらしい服を着た中年女性だった、靴も薄汚れており、髪も少し乱れていた、表情も暗く、何とも言えない負のオーラをまとっていた。


男は「あっ・・」と思ったが、どんな格好でもお客様はお客様だ、不快な感情などおくびにも出してはいけない・・と思い、丁寧に注文を聞いた。


「コーヒー・・・・」


中年女性はこれまた暗い声で一言答えた。


男は正直このお客は店の雰囲気に合わないなと思ったが、この際贅沢など言っていられない、誠心誠意接客しなくてはと考え、ひたすら丁寧に対応し、帰り際にはサービスとしてどうせ売れ残る焼き菓子の詰め合わせを渡した。


女性は無言で焼き菓子を受け取ると、一つお辞儀をして帰っていった。


結局その日のお客はその中年女性一人であった。



次の日、いつものように男が暇そうにしていると、また昨日の中年女性が来店した。


男は喜び、昨日と同様に誠心誠意接客を行った。その日はほかにも一組のカップルが来店したが相変わらず大半の時間、店は閑散としていた。



また次の日、その中年女性が来店した。

どうやらこの店を気に入ってくれたようだと男は喜んだ。

相変わらず服装はみすぼらしく、表情は暗い、でも男はそんな事はもうどうでもよかった、ただただ常連が出来たことが純粋にうれしく、気持ちが上向いていくように感じられた。



それからも連日、中年女性は店を訪れた。

女性の行動パターンは決まっており、15時頃に来店、コーヒー一杯のみ注文、店内に一時間程度滞在、毎回同じみすぼらしい格好、そして同じ暗い表情をしていた。


男は不思議に思う反面、お客様を詮索してはならない、自分は誠心誠意対応するだけだ、第一こんなはやらない店に通ってきてくれるなんて本当にありがたい事だと、中年女性に心から感謝していた。


そして男は、最近他にも少しずつお客が増えてきているような感じがしていた。




それから半年がたった


店は連日大学生や若者で大盛況の状態だった、当初からは考えられない状況に男は嬉しい悲鳴を上げていた、自分一人では手が回らないのでアルバイトを数名雇っているが、それでも満席のため対応できないことがしばしばあった。


店内は若いお客であふれ、男が当初思い描いていた店の姿が目の前にあった。


「こんな日がくるなんて思いもしなかった、やはり私のやり方は間違っていなかったんだ」


男は連日更新される売上を見て、充実感に包まれていた。

思えば長い道のりだった、改良に改良、努力に努力を重ねた結果が結実したのだと感無量だった。

店は、今や地域では知らない者はいないほど有名なカフェになっていた。


「そういえば今日も何人か満席のため返してしまったお客がいたな・・・」


座席に限りがあるため仕方がないこととはいえ、男は惜しい事だと思わずにはいられなかった。


そしてどうしてもあの中年女性の事が目障りになってしまうのだった。


「大体あのお客は忙しい時間にコーヒー一杯で一時間も粘りやがる、少しは店の状況を見て早く帰ればいいものを・・・それに服装もみすぼらしいままだし、はじめっからうちの店には合わないと思っていたんだ・・」

「それに周りは若い子ばかりで、自分が客層から外れているのに気がつかないのか?まったく空気の読めない奴だ、アルバイトもあいつに苦手意識をもっているのもいるし、心なしか他のお客もあいつを避けている感じがするしな、でもそれも当たり前だ、あんな暗い奴の傍に座りたい奴なんていないだろう」


男の中で、初めはありがたかった中年女性だったが、今ではすっかり邪魔者になってしまっていた。


それからも、店は大繁盛を続け、満席のため頻繁に客を帰す日が続いていた。

それに呼応するように、男の中でその中年女性へのイライラと異物感は膨らみ続けていた。


そんなある日、とうとう男は我慢ができなくなり会計を済ませ帰ろうとする中年女性を裏口に連れて行き、こう言い放った。


「お客様、いつもご利用ありがとうございます、しかしコーヒー一杯で一時間も粘られては店として正直迷惑です、それにこの店の雰囲気はお客様には合わないと思います、申し訳ありませんが、今後ご利用を控えていただけますでしょうか?」


要約すると「もう来るな!」という事である、以前の男ならこんな失礼な事は絶対に言わなかったであろう、しかし当初中年女性に心から感謝した気持ちはすっかり忘れてしまっていた。


それを聞いた女性は驚くこともなく、落ち着いた口調で


「わかりました・・」


と相変わらず暗く答えた、そして静かに店から出て行った。


男は中年女が思いのほかあっさりという事を聞いてくれたので思わず一息ついた


「もしかしたらあの女、他の店でも同じ事を何度も言われているんじゃないだろうか、なんだか出禁になるのに慣れた様子だったな・・・」


でもそれも仕方がない事だと思えた、男は少し心が痛んだが、それよりも邪魔者を排除できた喜びの方が大きかった。

これからも思う存分働き、できれば支店を出していきたいと夢は膨らむばかりだった。



それからしばらくはいつもと変わらず、店は繁盛し続けたが、一か月を過ぎたころ、次第に客足が鈍り始めた


「まぁ仕方がない、今までが順調すぎたんだ、なあにすぐに盛り返すさ」


男は楽観的に構えていたが、2か月3か月と過ぎるにしたがい、客足はみるみる減少していった。

なにが原因かもわからないまま、売上は下降し続け、アルバイトも一人二人と辞め始めた。


男は、『このままではいけない』とありとあらゆる改善を試みたが、どれも功を奏しなかった、最後の手段で採算度外視のメニューを投入したが、それも焼け石に水だった。




そして半年が過ぎたころ、店は開店当初の閑古鳥がなく状態に戻ってしまっていた。


アルバイトも全員辞め、一人残された店内で男は茫然としていた。




「いったい何が悪かったのだろうか・・・」


男は考えても考えても原因が解らなかった。




ただ単に流行が去っただけだろうか・・いやそれにしてもあまりに唐突すぎる・・

ライバル店が近くに出来たわけでもなく、メニューや接客を変えてもいない、むしろ改善していたが、なぜこんなことになってしまったのだろうか・・



そこで思い浮かぶのがあの中年女性の事だった。



思えばあの人が来てからこの店は次第に繁盛し始めた、もしかしたら口コミで店の宣伝をしてくれていたのだろうか・・

いや、それはないだろう、あんな暗い表情と声で宣伝されても逆効果だろう、それに口コミなら若い人たちの方がよほど宣伝してくれていた。


それに急激にお客が来なくなった説明がつかない、あの女性がこの店を逆恨みして悪い噂を流した形跡もないし、それにそんなに親しい人がたくさんいるとも思えない、常に一人でいるイメージがしっくりくる。



しかし、あの人が来てから店が繁盛し始め、来なくなってから潮が引くように他のお客も来なくなってしまったのは事実だ。



男は長い間考え続けた、なにしろ暇なので時間はたっぷりある、そして一つの荒唐無稽な考えに至った。



「もしかしてあの女性は福の神だったのではないだろうか・・・」



自分でも馬鹿馬鹿しく一笑に付してしまう考えだが、どうもこれが一番しっくりくる答えのように思えてならない、福の神だからといって豪華な恰好で景気のよい表情をしているとは限らないではないか。


男は、もしあの中年女性が再び店を訪れたら、今度は何があっても大事にしようと誓うのだった。

しかし、そう誓うのと同時に、もう二度と自分の前には現れないという事も、痛いほどわかっているのであった。


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