猫の寓話
タイトルを見てニャーという鳴き声を想像させたらごめんなさい。これは猫の話ではありません。もしかしたら一度くらいは、訳知り顔でこちらを窺っている猫の気配を感じるかもしれないけれど。
あなたを観察していた猫は、あなたに観察される前に身を隠す。目の前の景色が気に入っていた猫は、あなたという異物が視界から出ていくのを待っている。たまにすり寄ってくる猫は、あなたが餌をくれないとわかれば、二度と見向きもしない。猫に出会うような日常の些末な出来事には、引きずるような重さがなくて、記憶の網に微かな爪痕だけを残してするりと消えていく。
でも、猫はまたどこからか現れる。地面に体を伸ばし、短い舌を出して、一心不乱に自分の体をペロペロと舐めまわす。「お前なんかに興味ないよ」という顔をしながら、無防備な姿をこれでもかと見せつける。この猫はついさっき会った猫? どこで餌をもらっているの? そんなことを思い始めるとき、あなたの心は一匹の猫にすっかり奪われている。猫が四匹も現れたら、あなたの日常は猫を中心に回り出す。
スペイン語には「四匹の猫がいる(Haber cuatro gatos)」という言葉がある。四匹の猫がいるとは、四匹の猫しかいないということ。人が集まって賑わっていると思ったのに、なんだ、猫が四匹いるだけ。とてもお寒い状況。まったく盛り上がらない、閑散としている、そんな意味で使われる。特に商売をしている人間にとっては、なんともありがたくない言葉。賑わいのない場所にお店を開いても商売にはならない。四匹の猫だけが歩いている通りなんて、まったくお金には縁のないしみったれた場所。
でも、わかっていないのは人間の方かもしれない。人の気配のない場所に集まる猫たちは、実はそこがどれほど素敵な場所なのかを知っていることもある。「人の行く裏に道あり花の山」。これは有名な相場の格言。
賑わいが必要なのは商売も相場でも同じ。誰も集まらなければ相場は動かず、動かない相場にはお金儲けの機会もない。人は動く相場の方へと流れて行く。大勢が買うから相場は上がる。あいつも儲けている、ならば自分も買えばいい、簡単だ、流れに逆らわず、周りと同じことをしていればいい。そうしてこんな言葉が生まれる。「上昇相場では誰もが天才である」
群れること、英語でherding。これは相場ではやってはいけないこと。途中まではうまく行っても最後には間違いなくババを引かされる。上げ相場で儲けられる理由は結局は一つ、あなたが買った値段よりも高く買ってくれるおバカさんがいる、ただそれだけ。でも、ある日突然、相場にはあなたの買った値段よりも遥かに安い値段で売りたい人が殺到する。そうなった時のオバカさんはもちろんあなた。重力の法則とも言われるけれど、相場は上がるよりも下がる方がずっと速い。簡単なはずの相場はある日突然恐ろしい相場に変わる。おバカさんの数が尽きる前に売り抜けるか、おバカさんが勢ぞろいする頃を見計らって売りから入るか、これこそが相場で儲ける秘訣。「人の行く裏に道あり花の山」
わかっているつもりでも、言うは易く行うは難し。上げ相場の最後では買う人がオバカさんでも、上げ相場の途中では売る人がおバカさん。もう十分上がったと自信満々に利食い売りをしたら、その後も相場は上がり続ける。そんな相場を見たら頭に血が上って、自分が売った値段よりももっと高い値段でもう一度買う。あるいは相場は行き過ぎたと思って売りから入れば、止まらぬ相場に自分の財布が悲鳴を上げて高値で買い戻す。おバカさんは自分だったと気づくとき、あなたがおバカさんだとバカにしていた人たちは、「こんなに楽に儲かる相場はない」と大喜びし、「この相場がずっと続けばいいのに」と、この世にあるはずのない永遠を願う。もちろんそれは叶うはずはないこと。そう言えば、英語にはherding catsという言葉がある。直訳すれば猫の群れ。猫を集めて何かをさせようと思っても無理。できないことを一生懸命やるのがherding cats。
そして結末はいつも同じ。最後に笑うのは、相場を張りたい人から手数料いただく胴元。手数料をいただくのは、相場を張るのと違って安全確実。そう、相場から確実にお金を稼ぎたければ、相場を張らないのが一番。
昔、ヨーロッパでは胴元を破産させた男を称える歌ができたらしい。なぜそんな歌ができたかと言えば、それほどまでに珍しいことだったから。胴元に破産させられる男など当たり前すぎて歌にもならない。
胴元を破産させれば虚栄心は満たされるかもしれない。でも、利口ではない。稼ぎ場を一つ失うだけではなく、噂はすぐに知れ渡り、気が付けばどこの賭場からも追い出される。たとえ一生困らないだけのお金を手に入れたとしても、後に残るのは二度と博打が許されない張り合いもない毎日。相場を続けたいのなら胴元は破産させてはいけない。安定収益がお望みなら胴元になることを考えた方がいい。
破産しない胴元になるために欠かせないのは相応の資金。しかも胴元は平和な商売ではない。胴元の間にも競争がある。今でこそ人々は猫が大好きだが、かつて猫には不吉で無気味なイメージもあった。そんな不吉な猫を四匹、競争相手の賭場に送り込み、代わりにお客をごそっと持ってくる。自分の賭場を守るには、競争相手を潰す必要がある。やらなければやられる。保守費用もバカにはならない。
というわけで、相場で絶対に負けないのが胴元だとしても、胴元となってその地位を維持するのは容易ではない。ならば胴元の財布を狙うのはいかが。もちろん財布を盗むなんて浅はかな考えは猫も持たない。まずは正攻法、胴元にサービスを提供して分け前を頂戴する。そのためには信用がなくてはいけない。信用がないのに懐に飛び込んでいけるのは猫くらいのものだ。信用がなくて正攻法が無理なら裏から行こうか。古い財布をいつまでも使っている胴元はいないかな。お金がパンパンに詰まった古い財布の紐をきつく締めれば、どこかが綻んで小さな穴が開く。待っていればお金はこぼれる。どうせ胴元も気がつかない、ネコババをしてもお咎めはなし。
これは、そんな世界を垣間見た若い介護士の男のお話。