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楽園

作者: 夕闇優子

 今何時か分からない。腕時計は家に置いてきた。スマホもない。ポケットには小銭入れが一つ。もしかしたら酒を買い求めるかもしれないと思って持ってきた。煙草も吸ってみようか。朝夕は混んでいる駅のホームも、昼は寂しいもんだ。笑ってくれよ。

 若い男が勇気ある決断をした。痛いことも悔しいことも彼以外は体験できない。

 快速の電車が遠くに見える。あと十秒もすれば全てが終わる。終わらせられる。最後に何を願ったのか。


 男は六畳ほどの白い部屋で目を覚ました。いや、寝てはいない。しばらく前からこの部屋で座っていた。力が抜けてまた意識が飛びそうになる。立ち眩みのような抗えないあの感覚。

 何度目かの目覚めと気絶を経て、これまでとは違う部屋にいることが分かった。懐かしい感じがする。

「おかえり。」

優しい声。これにも懐かしさがある。

「ただいま戻りました。」

男は反射的にそう答えた。

「何も変わっていないよ。」

「そうですか。ありがとうございます。」


 青いシーツの敷布団。開けっ放しのカーテンからは朝陽が差し込む。およそ六時過ぎ。帰ってきた。

 居間にはサトミがいた。

「おはよう、ヒロキ君。早かったね。」

「サトミはいつ帰ってきたの。」

「二日前だよ。だからあっちの時間で二十年前だね。」

二人は予想通りだったことに思わず笑ってしまった。サトミが誰よりも早く戻ってきて、退屈そうにみんなの帰りを待つ。それからしばらく後にヒロキがひょっこり現れる。ミキとアユムは一週間経っても戻ってこないかもしれない。出発の前日にした予想は今のところ見事に当たっている。

 テクノロジーによって面白い体験をする。最後の審判と呼ばれるそれは、権利であり義務である。

 昔はいろいろな考え方の人間が同じ場所で生活していたらしい。社会の利益を追求する人と個人の利益のみを求める人が一緒に活動していたのだ。暴力で解決しようとする人と話し合いを提案する人。分け与える人と奪い取る人。違う価値観を持っているくせに、みんな同じ世界で暮らしていた。

 一時期は多様性といって個々を認める風潮が強かったらしいが、絵に描いた餅は食べられなかった。それから革命が起きたかのようにガラリと変わり、多様な世界空間を作る方へ進みだした。例のテクノロジーはその一環。

 天国も地獄もない。



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