黒百合バレンタイン・S
ツイッターでバレンタイン系のイラストばかり流れてくるのをぼんやり見てたらいきなり脳裏に浮かんだので久しぶりに即興一次創作SSのような物を書いてみました。百合、ちょっと歪んだ性癖等が含まれています。チョコもそうですが、こういう物は摂取する前に成分表をちゃんと見た方が良いと思いますよ。
なんでも食べられる人は気にしなくていいと思います。
バレンタインデー、日本では年に一度、想い人や大切な人にチョコを送るイベントとされる日。
高校2年生の私、桐ヶ崎澪が今いる女子校でも、女の子同士でチョコを渡しあう光景が朝から昼休みまでそこら中で繰り広げられていた。おかげで学校中にチョコやチョコに使われているエッセンスの香りで充満していて、何も食べていないのに胸やけを起こしそうになる。
もちろん、大抵の場合は仲の良い友達同士でのチョコの渡しあい、いわゆる友チョコとか義理チョコというやつだが、なかには同性相手に本気で恋愛感情を抱き、その溢れんばかりの愛情を詰め込んだ本命チョコを決死の思いで渡す女子もいる。学校といえば学生にとっての生活圏内、そこにほとんど同性しか存在しない女子校の生徒という立場に立ってみれば、同性愛という生物の生殖本能に反する感情も理解できなくはない、というより……。
「お、いたいた。おつかれ~」
「お疲れ様、ほら、チョコ持ってきたわよ」
私もその感情の持ち主だからだ。
昼休みが始まってすぐ、私が自分の席から立とうとする前に、教室の引き戸を開けるやいなや明るい声を投げかけてきたのは、2つ隣のクラスに席を持つ夏目有紀。同学年だが周りと比べて体格が小さく童顔で、髪は短く整えられており、私が想いを寄せる相手だ。
私と有紀は1年の頃に同じクラスで、席が近かったのもあり事あるごとに話をしていくうちに仲良くなった、元々明るい性格で愛想も良いので、学年を問わず友達が多い。
私も決して友達は少ない方ではないものの、定期的に行われるテストが終わる度にクラス内で上位の成績を残す私に対して、少なからず敬遠する生徒はいた。それに私自身、彼女ほど積極的に他人と関わる方でもない。
そんな中で、周囲の視線を気にせず話しかけてきてくれたのが彼女だった。彼女は話しかけてきてくれるばかりか、意外にも知識に対する探究心が高く、私が趣味で読んでいる科学情報誌や専門誌の話にも平気でついてきた。一方彼女は私を積極的に外に連れ出すべく、ファミレスやらゲームセンターやらといった高校生が行きそうな場所をチョイスしては私と出かけたがった。実のところ、私は特にインドアなタイプではないからそういった場所に縁がないわけではなかったが、どうやら彼女から見た私は、大人びた趣向のせいで若者の遊びを知らないように映っていたらしい。
とにかく、そうやって有紀と頻繁に関わるうちに私は段々彼女に対して、友情とはいえない過度の執着、平たく言えば恋心を抱いていた。もちろん、それを本人に知られるわけにはいかない。
「澪ちゃんもチョコくれるの? やったぁ!」
有紀の事だから、多分昼休みに入るまでに隙あらば友チョコをもらっていたのだろう。彼女の制服のポケットからはガサガサと小さい袋が擦れる音が聞こえる。
「そっちは随分もらったようね、じゃあ私からのはいらないかしら?」
「いや頂戴よ!?」
急に意地悪をされた驚きと怒りが織り交ざった反応を返してくる彼女は、たまたま空いていた私の一つ前の席に座って椅子をこちらに向け、私に対して向かい合うように座ると、手の平を私にさし出してきた。はやくチョコをよこせという意思表示だろう。
一呼吸おいて、私は自分のカバンから昨夜用意した手の平に納まるサイズの小さな包みを取り出して有紀の手に乗せてやる。友達用に用意したチョコとは別の用意した、彼女のためだけに作った手作りチョコレートだ。
「わぁ……! 今食べちゃっていい?」
「いいわよ、どうぞ召し上がれ」
言い終わる前に彼女はチョコレートの包装に手をかけ始めた、ただラップでくるんだチョコを適当な包装紙とリボンで包んだだけの簡単な包装は彼女の手によってあっけなくその中身をさらけ出す。
「おおー、手作りだ?」
「手作りって言ってもただ材料を溶かして固めただけよ」
簡易的な包装から出てきたのは、一口大サイズのチョコレート、丸い造形に申し訳程度にアラザンがあしらわれているくらいで、宣言通りの本当に何の変哲もないチョコレートだ。
「いやいや、それでも手作りは手作りだよ、感激だぁ……」
子供のように目を輝かせて私の作ったチョコを見つめる有紀、それだけでも作った方としては満足な光景だが、私の欲する彼女の姿はその先にある。
有紀はたっぷりその造形を眺めた後、手に取ろうとしたその時、ふと思いついたように口を開いた。
「一応先に聞いておきたいんだけど、ミルク?それともビター?」
「ビターよ」
「……マジで?」
それまで天真爛漫な明るい笑顔と声色だった彼女が僅かにその口元をひきつらせ声のトーンを落とした。彼女は苦い物や渋みのあるものが苦手なのだ。
私はそれを知っていて彼女に対してビターチョコを用意したのだ、間違いでも、彼女に対するあてつけでもない、ただ自分の欲求を満たしたいがためだ。
「やっぱりいらない?」
「いえ、いただきます」
あえて私が聞くと、有紀はほとんど反射的に拒否する、この反応も予想済みだ。
有紀はわざわざ大げさに両手をあわせて礼をすると、おそるおそる私のチョコを自らの口の中へ入れた。
「!?~~~ッッ!」
一回咀嚼しただけでそのビターな味付けが彼女の味覚へ強烈に直撃したという事実が彼女の様子から容易に感じ取れた。作り手である私への配慮からか、苦悶の表情を出すまいと精一杯我慢しているが、肩を震わせ口元に手をあてて目尻にうっすらと涙さえ浮かべるその様子は、どう見ても毒か何か仕込まれましたと言わんばかりだ。
当然だ、そういう風に作ったのだから。流石に人が食べられないレベルではないが、溶かして固める過程で苦味を少し強めておいたのだ。苦い物が苦手ならまず顔をしかめないはずはない。
それでも彼女の性格か、それとも意地か、涙目になりながらも途中で吐き出さずにちゃんと完食した、しかし苦みに侵された口の中を私が差し出したジュースで口直ししても、彼女はまだ深い呼吸で精神を整えようとしていた。
「私がビターチョコ苦手だって……知らなかったっけ……?」
「苦手でも、なんだかんだ食べてくれるでしょ?」
「そりゃせっかくくれた物だし、頂くけどね……普通贈り物っていうのは相手の事を思いやって渡すものじゃないの?」
「自分の趣味を理解してもらうためにあえて自分の好みの物を贈る事もあるんじゃない? まぁそれはさておき……はい、これ」
私は自分のカバンから別のチョコを取り出して彼女の前に置いた。適度な甘さが特徴的で、彼女が好んでよく食べている市販のチョコレートだ。
「こっちが本物のバレンタインチョコって事?澪ちゃんも人が悪いなぁ、これ持ってるならこっちだけ欲しかったよぉ~」
「私はお手洗い行ってくるから、それ食べたら自分の教室に戻りなさいよ」
不満そうに見上げてくる有紀を尻目に私は席を離れた、これ以上は抑えられない。
あえて苦手なビターチョコを渡した理由、苦しそうに顔を歪めるあなたを見るのが最高にたまらなく興奮するからだって知ったら、なんて言うだろう。
思いつきで書いたので細かい設定とか描写の粗さとかは許してほしいなって