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29話



「そんな……! どうして」


「ステージって、女の子って、アイドルって、いいよね。あの場所に立てば、どんな綺麗事も本当になるんだ」


 うに子さんは目を閉じて語る。


「リアルに居場所が無くたって、嫌われ者だって、何の力も持っていなくたって。あんなにも美しい閉じた世界が、あたし達を信じて応援してくれるんだ。あたしは人間が憎い筈なのに、ファン共と一緒に作るあの空間が大好きで。おかしいよね」

 

「うに子さん……」


「どんな突飛な夢だって、叶えられっこ無いような未来だって、叶えられる気がするんだ。……でも、あたしはもう、ステージに夢を見れない。自分にも、世界にも期待出来ない。あたしはここで死ぬの」


「そんな……! うに子さんはそれで良いんですか!?」


「いいの。あたしは疲れたから、ここで朽ち果てるよ。故郷に帰れなくても、死ぬ間際まで兎立織が居るならそれでいいよ。だからお前も、無理しなくていいんだ」


 と、うに子さんは悲しそうに言う。

 

 キラはそれに異議を唱える。


「馬子よ。我は何も諦めておらぬぞ。お前が何を見て、何を考えて、何に疲れたかは知らんが、我はお前をここから解放する。この裏地球を制覇し、アイドル達を解放する。お前が此処に永遠に居たいというのなら、お前が我を止めるのだ。我は絶対に、お前を故郷へ返すという約束を反故にする気はない」


「犠王ノ宮に勝つのは無理だ。此処は永遠の夢の庭。諦めて夢見て過ごすか、諦めて死ぬかのどちらかしかない」


 うに子さんは俺の顔をじっと見つめて言う。


「前にも話したよね。兎立織があの子に似てる事。だからあたし、ここでずっと暮らすのも悪く無いって思い始めたの。ここには好きな子も居て、アイドル出来て、人間共とも仲良く出来て」


「最初は故郷に帰らなきゃって思ってたの。あたしは神の使いだから、主人の肉を取り返したら返しにいかなきゃって」


「主人って、うに子さんの飼い主は死んだんじゃ……」


「死んだの。でも、ある日復活したの。別のよく分からない、神様みたいな存在に。あの子と同じ存在だとは分かるのに、顔が無いの。何も見えない。あたしが忘れちゃったから……」


「最初はただの奇妙な子供程度だったがな、徐々に力を増して行った。我を倒す程に」


 つまり、うに子さんの飼い主だった少女=キラを追放した新たな神……!? キラ達の元居た世界は一体どうなってるんだ……?


「あそこまで大きくなってしまっては聖女でも何でもない。我と同じ化け物だ」


 キラの物言いにも反論しない。うに子さんも、自分の愛した少女が化け物になってしまったと、認めているのだろう。


「あの子と同じ筈なのに、側に居ても何も分からなくて。キラが肉を喰って世界から消えた時、チャンスだと思ったの。あの子の為に出来る使命だって。でも、息苦しかった故郷から逃げられて嬉しいんだって分かって、自分が許せなくなった。キラが食ったカケラだって、汚染が進んで言葉を話すまで成長してしまった」


「元の世界にはあの子が居るけど、あたしはあの世界に必要じゃ無いの。あの子はもう私が必要無い程に強く大きくなった。だからあたしはここで死んだって、帰れなくたって、誰も心配しないのっ!」


 うに子さんの慟哭を、俺は自分と重ねて聴いていた。俺も、誰にも認めて貰えなくて、何処にも帰る場所が無くて、全部を投げやりにしてしまう。あの日、キラと出会うまでは。


「うに子さん。俺、ここでアイドルになる前は、何にも取り柄のない、生きてる意味が分からなくて死んじゃいそうな人間だったんです。今も、それは変わらなくて」


「でも、初めてここに来て、変わった自分の姿を見て。俺を見て応援してくれる人が出来て、俺と一緒に立ってくれる人達が居て、初めて他人の温かさを知って。俺、初めて自分が生きてるって思ったんです」


「俺はまだ、ステージで夢を見てるんです。何でもない自分でも、帰れる場所が此処なんだって。意味なんて無くたって、生きていけるんだっていう夢を。だから、チーム戦って言われた時、それが壊れちゃうんじゃないかって。知らない誰かと組むのが、凄く怖かったんです。」


「でも、うに子さんと出会って、友達になろうって言ってくれて。一緒に会話をしてみて、衣服を直してもらって、ライブを応援してくれて……。俺、うに子さんが良いって思ったんです。俺は、俺を求めてくれたキラと、うに子さんがいいです。ステージに立つ事に、何も信じれなくっても良いんです。俺がずっと、ずっと! うに子さんの代わりに夢を見ます! だから、お願いします、俺と友達になって下さい、俺と生きて下さいっ、俺の居場所になって下さいっ!」


「……馬子よ、こんな熱烈なラブコール、どうするのだ? フっちゃうのだ?」


「…………っ」


「馬鹿! ばかばかばか馬鹿っ!! そんな事言われたら、言われたらぁっ……。諦められなく、なっちゃうのっ……!」


 うに子さんは顔を歪めて、ポロポロと涙を零す。


「あたし達、友達だもんね。友達が寂しがってたら一緒にって本に……。ううん、あたしも兎立織の隣に居たいの! キラが何回負けたって、ずっと待っていたいの!」


 キラはうに子さんの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「まったく。我はまだ諦めておらん。我の良いところは絶対絶対絶対に諦めないところなのだ! 何回殺されようが打ちのめされようが、まだ我がここにある限り、我の歩みは止められんのだ!」


「……お前はやっぱり、昔から何も変わってないな。能天気な前向き馬鹿だ」


「うむ。我は我なのだ」


「チーム、組んでやってもいい」


「ほんとか!?」


「ただし、本部長とは戦わない。あたしは王になりたくないんだ」


「うむ! それでも良いのだ! チムメン仲間なのだ!!」


「お前とチーム組むのは何かむかつくけどな」


「何でお前は我とアイドルチーム組むの嫌がるのだ。お前と我の仲ではないか。別に我とお前友達じゃないけど」


「だって……。お前が王になるって言うから。それを見守ろうと思ってたのに。全然会いに来てくれないし、犠王ノ宮に負けちゃうし、四天王の座から転落しちゃうし、雑魚共に絡まれて死にかけちゃうし、今日まであたしの事頼ってくれないし」


「なんだ拗ねておるのか」

「拗ねてないもん!! 怒ってるだけだもん!!」

(それを拗ねてるというのでは……)


 涙をくしくしと拭うと、うに子さんは調子が戻った様に、いつもの変な顔をする。


「うにににに……。ふん! お前達の事、徹底的に可愛く磨き上げてやるんだからな! 覚悟するの!」


「はいっ!」


「さて、これからやる事が山程あるのだ。気合い入れてゆくぞ!」


「我は全てのアイドルの頂点に立つのだ!」


「あたしはお前達を最高の美少女にする!」


「俺は……」


(何だろ、目標も特に無いし、特技も無いけど……!)


「最高のアイドルに、なりますっ!」


「チーム戦、我らが勝つのだーーっ!」

「おーっ!」

「うにー」


 三人で肩を組み、輪になって叫ぶ。


「……」


 白い少女は三人の円陣を静かに見届けると、立ち去ろうとする。


「あ、待ってくださいすんちゃん!」


 慌てて兎立織が声をかける。


「申込用紙は最寄りのすんちゃんへ渡して下さいって書いてあったので。……これ、お願いします」


 そう言って、三人の名前の入ったチームの申込用紙を手渡す。


「えっ」

「あっ」


 キラとうに子さんはその様子を見て固まった。驚いた猫の様に目を見開き、毛を逆立てている。


「ええ、確かに受け取りました」


 くすりと笑うと、白い少女はクラブハウスを後にした。



「さて、チームも組めたし、締め切りまでに申込用紙も出せたし、一件落着ですね」


「いやいやいや……。一件起きちゃったというか、もっと問題というか。っていうか何で奴がここに居たのだ?」


「? 申込用紙を出しただけですよね?」


「兎立織、アレはヤバいの。でもあたしは何も見なかった事にするの。だってあたし達、友達だもんねっ……!」


「兎立織、あれは我にも出来ないのだ。あの瞬間、お前は裏地球の誰よりも最強であったぞ」


「???」




 会場を出た白い少女は、薄暗い廊下を歩いていた。ふと、向こうから声がかかる。


「あ! 犠王ノ宮様っ! こちらにいらっしゃったんですね」


 書類の束を抱えた漢太郎が声をかける。


「漢太郎さん、ご苦労様です。これ、チームの申込み用紙です」


「え゛っ。犠王ノ宮様に直接手渡す様なアイドルが!?」


 犠王ノ宮と呼ばれた白い少女から申込用紙を受け取ると、漢太郎は持っていた書類を床に落とし、紙を見つめてわなわなと震えだす。


「な、なんて不敬で挑戦的な……。えーと何々。……え、え、えぇええええっ!? キラと兎立織くんと、西ノ宮ぁっ!?!?」


 廊下に漢太郎の叫び声がこだました。





 汗をかいたしとりあえず風呂だ! と言う事で、俺達はキラに連行されて浴場へ来ていた。俺はもう諦めのついてしまった何回目かの着替えをしていたのだが、何故かうに子さんは全身を覆うタイプの水着を着用している。スキューバダイビングなどで使うやつだ。この格好をしたうに子さんが突然出てきたので、着替える現場も見ていない。

 着替える必要の無いうに子さんは俺達が脱ぐのを暇そうに待っている。仲良くなれたついでに、うに子さんに気になっていた事を聞いてみた。


「うに子さんって、何でスペアが沢山あるんですか?」


「ヒッヒッヒ、それはねっ! ……裏地球で突然アイドルになった時、あまりの自分の可愛さにびっくりしちゃったの。あたしの長年追い求めていた理想の少女がここに居る! って、多大に感激したの」


 裏地球のアイドルは、己が可愛いと信仰する姿になる、と漢太郎さんが言っていた。俺も初めて見た時は驚いたが、鏡で自分の姿を見る度にこの外見が好きになってしまうのだ。気持ちはよく分かる。


「それで、自分の皮を剥いで剥製にして、それを原型に沢山人形を作ったの。えへへ……、こういう作業好きなんだ!」


 キラの同郷だけあって、やる事がアグレッシブだ。


「そ、そうなんですね。うに子さんって人形とかフィギュアとか好きそうですよね、秋葉原とかにありそうな」


「あき……はばら?」


 うに子さんは可愛らしく首を傾げる。仕草は非常に愛らしいのだが、格好が全く可愛くない。


「たしか部屋に本があったはず……。今度説明しますね」


 脱衣所の扉を開けて、二人で温泉に出る。仁王立ちで待っていたキラが振り返る。


「来たな、二人とも」


「うに。公衆の温泉なんて久しぶりに入るの」


「それ、お風呂に入る意味あるんですか……?」


 うに子さんの全身の覆う水着に疑問を呈する。


「ロケーションに意味があるのだ! 我ら三人、仲良く裸の付き合いをしたという結果が残れば良いのだ! いざ温泉!」


「わっ!?」

「うにっ!?」


キラは両脇に俺とうに子さんを抱えると湯面に飛び込んだのだった。ドボーーーン! と、温泉に大きな水柱が立つ。


「ぷはっ、も、もう! 飛び込むのはよくないよ!」


「お前とチーム組んだらこうなるから嫌だったの! 恥ずかしいから大人しくしてろ馬鹿!」


 いつも通り、他の温泉客はキラの顔を見るとサッと引いたので無事だ。なんか、いつもよりも遠ざけられている気がするけど。


「四天王が二人もいるのだ。畏怖に悪い気はせん」


「お前は元、四天王だがな」


「なーに、直ぐに戻ってみせるのだ。我が開けた穴は、まだ空欄なのだろう?」


「まぁ。座を狙った木端共が、足を引っ張り潰し合っているからな。期待の新人でも現れない限り、なの」


 そう言ってうに子さんは、俺の胸に背中をつける様にして座る。まるで本当の子供の様だ。顔にまとめ上げた髪の毛が当たってくすぐったい。


「その四天王って何なんですか?」


「四天王はその通り、最強のアイドル四人に与えられる称号なのだ。そして、この裏地球の長、犠王ノ宮への挑戦権を得られる」


「犠王ノ宮さん……」


「犠王ノ宮を倒した者には冠が与えられる。地球を制する者の証となる、戴を」


「だからアイドル達は皆、犠王ノ宮への挑戦権を欲して四天王を目指すし、今回の大会の景品にもなってるって訳なの」


「皆、地球の王様になりたいんですね」


 犠王ノ宮さんはどんな人なんだろう。四天王として戦いを挑んだキラ。二人はどんなライブを繰り広げたのだろうか。

 そんな事を考えながら、湯船で疲れを癒した。


ーーー


その夜、うに子さんは荷物をまとめてホテルへやって来た。


「部屋を開けてしまっても大丈夫なんですか?」


「スペアが待機してるからねっ。それに、熱々にして来たから暫くは問題無いの」



うに子さんは白くてふわふわのネグリジェに着替えると、ベッドを端から端まで転がっている。


「広いっ! このベッドすごいねっ!」


「あはは……。実は同室者が二人減っちゃって。昨日は寂しかったんですけど、うに子さんが来てくれて嬉しいです」


「そ、そうなの! えへへ……。あ、そうだ。さっき言ってた秋葉原って何?」


「あ、それはですね……」


 俺はキラの持っていた秋葉原の文化ガイドを手に取る。アイドルの研究をしていた時の名残りらしい。

 本を片手にあれこれ説明する。話を聞いているうちに、うに子さんの表情が歪んでゆく。


「な、な、なっ……!? なんて素晴らしい文化なんだっ!? アニメ、ドール、フィギュア、美少女……っ!!」


 うに子さんは頭を抱えて悶えている。カルチャーショックを受けているらしい。


「馬子は引きこもりだったから、地球を出歩いた事も無いだろう。 この大会が終わったら皆で行ってみるか」


「行く!!!!!」


 食い気味で答えるうに子さん。非常に食いつきが良い。


「そういえばキラ、東京ってここからどうやって行くの?」


 シオさんが東京に行くと書き置きを残していたので気になっていた。俺も自分のアパートの部屋がどうなっているのか、大学やバイト先がどうしているのかとか、世界がどうなっているのか、知りたい。俺一人が消えた所で何も影響力は無いのだろうけど。

 

 腕を組むと、キラは神妙な顔付きで答える。


「電車が出てるのだ」


「電車が……」


「昔は皆徒歩だったのだがな。飛来したての神々に、手っ取り早く現実を教える為に開通されたのだ」


「意気揚々と新たな土地を踏んでみれば誰も自分の姿に気付かない。土地の何にも触れられず、影響を与えられない。自らの威光はこの地には届かないのだ。と」


「その時のあたしは地球に興味無かったからね。自分の姿形が可愛すぎて」


「それなぁ、我はお前の素の姿を知ってるから複雑な気持ちになるのだ。そういう趣味だったんだなって、見たくない物を見ちゃった感じなのだ」


「それはお互い様だ!」


「あはは……」


 キラがうに子さんのベッドの横に立つ。


「馬子、そんな端っこで寝るつもりか? てやっ!」


「んにぃぃい!?」


キラに突き飛ばされたうに子さんが、コロコロと俺の方に転がってくる。


「くっ付いて寝るのがチムメンの掟なのだ! ガラガラのベッドじゃ、兎立織が寂しそうだからな」


部屋の電気を消して、キラは俺の隣にぽすんと寝転がる。


「ほれ、ぎゅーっ」


「わーっ! そ、そこはくすぐったいよ!」


弱い所を触られ、思わず動いてしまう。


「と、兎立織がくっ付いて欲しいなら仕方ないねっ! むきゅ」


うに子さんも反対側からぎゅっと抱き付いてくる。体温が高いのか、うに子さんの身体はとても温かい。


「わー、うに子さんってあったかいんですね。よく眠れそう……」


 ふわふわのネグリジェも肌触りが良くて、つい抱きしめ返してしまう。


「ふへ、ふへへっ……」


 うに子さんから変な声が漏れているが、温かくて気持ちが良くて、この感触を離したく無い気持ちが勝つ。


「我が上から抱きついちゃうのだ。捕食者の頂点に立つのだー……。くぅ……」


 キラが上からワニの口の様にパタンと抱きついて来るが、すぐに眠ってしまう。俺もライブの疲れか、いつの間にか眠りに落ちていた。



「ね、ねっ! しりとりってやつやろうよ! 友達の本に書いてあったの! ……あれ、二人とももう寝ちゃったの? ね、ねぇ……」


 うに子さんは暫く一人でしりとりをした後、静かになった。



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