28話
ライトがステージの上を駆け巡り、俺とキラを照らす。緊張するけど、きっと大丈夫だ。今の俺は一人じゃ無い。キラの体温を思い出し、ぎゅっと手のひらを握りしめる。
突然、クラブハウス内に爆音が鳴り響く。体験した事の無いような音量に驚いて、少し身体が跳ねてしまう。チラリと隣に立つキラを見やれば堂々とポーズをとっているので、これが正常なのだろう。イントロの流れる中、キラは手を上に掲げリズムに合わせてマイクを持たない手で手首を叩く。俺も少し遅れて同じようにリズムを取る。
二人しか居ない観客は静かだ。それを見越しての、この大音量なのだろうか。うに子さんは何かを呟いている様に見えるが、小さな声量ではステージまで届かない。
「……お前、何しに来た」
うに子さんはステージを眺めたまま、後ろに立つ白い少女に問いかける。問いかけられた少女は、感情の見えない顔で返答する。
「なにも。ただ、気になったライブを見にきただけ」
「ふん、兎立織も厄介なのに目を付けられてるって訳か」
「あなたはこれからどうするの? 私達の所に来るなら歓迎するわ」
「……このライブを見てから、決めるよ」
「そう」
「馬子おおおっ! よそ見するでないぞっ!」
キラがステージの上から叫ぶ。うに子さんはサイリウムを手に持ち、ヒラヒラと振る。
「はいはい、がんばれー」
(ふふっ、こんなライブも距離が近くて楽しいかも)
アイドルと観客の立場になっても変わらない二人のやり取りに、思わず口元が緩んでしまう。
(俺も普段通りに、ステージに立とう。自分のパフォーマンスに集中するんだ……!)
クラブハウスという構造上、嫌な反響が無いのか音が良いのか、今までの会場とは違い音が身体全体に響いてくる。ドクドクと心臓を叩くように、音が血液となるように、衝撃が身体を動かすように。先程までの緊張と恐怖は、いつの間にか感じなくなっていた。
「うに子さん! 聴いてください、俺たちのライブ!!」
「ん!」
うに子さんはサイリウムを片手に振る。色は藍色。俺のイメージカラーだ。
「我の事も忘れるでないぞ!」
うに子さんはやれやれといった様子で、もう一本のサイリウムを黄色に光らせドリンクホルダーに立てた。
「まったく! 後で絶対振らせてやるのだ」
二人でステージの前に出る。イントロダクションが終わり、歌が始まる。
キラは長い手足を大きく動かし、大胆に動く。スカートが横一線に舞い、横から来る風に迫力を感じる。すごく様になっていてかっこいい。俺もシオさんから教えてもらったコツを思い出しながら、曲の歌詞に準えて可愛いアイドルになりきる。
一曲目の合同曲は楽しくてガーリーな曲だ。等身大の少女の毎日を綴った歌詞を、二人で明るく歌い上げる。
(ここに居るのは誰も少女じゃないけど……)
合同曲は幾つもある中からキラが選んだものだ。多分うに子さんの好みに寄せているのだろう。心なしかサイリウムを振る手が楽しそうだ。
「〜♪」
可愛い踊りに合わせて、スカートがふわふわと揺れる。うに子さんにお手入れして貰った衣装が、嬉しそうに跳ねている。
「りおり〜っ! 可愛いぞっ!!」
うに子さんが興奮した様に叫ぶ。ブンブンとサイリウムを振って応援してくれる。お返しに、俺も両手でハートサインを作ってウインクする。
「うに子さんっ! ありがとっ!」
「うぐっ……!」
うに子さんは撃たれたように顔を歪め前屈みになり、口を噛んで胸を押さえる。
「くっ、良すぎる……! 兎立織はマジの女の子なんじゃないのか……っ!? あたしが付きっきりで側に付いてもっともっと側で見ていたいっ、可愛くしてあげたいっ、朝から晩までお風呂からベッドまでっ……!」
何やら不穏な言葉が聞こえてきたが、無視して踊りに集中する。
サビが始まる直前、キラが側に寄って来る。振り付けには無い動作だが……?一瞬戸惑うが、キラの手が触れた瞬間、頭に声が響く。
(兎立織っ!)
(キラ!? ……うん、分かった!)
言葉を交わさずとも、キラの意図が伝わって来る。二人で絡め合うように、ぎゅっと手を繋ぎ、肩と肩を密着させる。
「ん゛なぁっ!?」
現四天王アイドルであり、勿論この曲の振り付けを知っているであろううに子さんは、このアレンジに叫び声を上げて硬直する。
サビでは少女が友達と一緒に時間を共にする事を歌う。限りある時間を、大好きな友達と楽しく過ごす時間を。いつか忘れてしまったとしても、大切な自分の一部なのだと。
だから、この曲みたいに。うに子さんにも、俺達と一緒にステージを目指していたいのだと。
二人で腕を組み、即興で振り付けをこなしている為、少しチグハグでバラついている。でも、すごく楽しい。俺がふらついたらキラが支えてくれて、俺がこう動きたいと思ったら、キラもそれに合わせてくれる。
「〜♪」
「うぎ、うぎぎぎぎっ……! ぐ、悔しいっ……! あたしも兎立織とあんな風にステージでっ……、キラとだって友達みたいに……」
そう言いかけて、自らを律するように頭を抱えて首を振る。
「いや、ダメだダメだダメだ! あたしはアイドル辞めるんだっ……! ……でもっ、可愛すぎるっ……!」
二人でポーズをとって、曲が終了する。
パチパチパチパチ
うに子さんが複雑な表情で、惜しみ無い拍手を送ってくれる。観客は二人しか居ないけど、これまでとは違った嬉しさが込み上げてくる。今まで一人と観客の皆で戦ってきたステージ。今は、隣に仲間が居て、目の前には未来の仲間が居て……。
うに子さん、ライブを楽しんでくれているだろうか。
一曲目が終わったので、俺はステージの袖に避けて待機する。次はキラのソロ曲だ。
「闇と光の煌めきが! この地を刻むその日まで!」
拳を天に掲げ、力強く口上を宣言する。キラはいつも堂々としていて、いつも自信気だから、こんなセリフも堂に入っている。観客が二人だって、応援されてなくたって、チーム決めの瀬戸際であっても変わらない。そんな所に、俺は安心感を抱いていた。
ステージの中央に堂々と立ち、曲を呼ぶ様に先立って踊り始める。キラの手足に呼応するように、音楽が始まる。
「〜♪」
キラのソロ曲は和テクノをベースにしたハイテンポな曲だ。高い運動神経を活かして激しい振り付けを難なくこなしてゆく。キラの高く括った金色の髪が、リズムを刻むライトに照らされて果敢に跳ぶ。思わず、自分が演者である事も忘れて見入ってしまう。さっきまで一緒に踊っていた雰囲気と違って、すごくかっこいい。
「ふっ!」
金色の眼が轟々と輝き、威圧される。
「うにぐぐぐっ……!」
うに子さんはサイリウムに吸い寄せられるように手に取る。その瞬間、ステージが弾け飛んだ様に閃光が走る。曲の山場と共に、ステージの上に光が集められたのだ。身体を大きくしならせて、感情をぶつけるように、がなるように歌う。お前の声を聴かせろ、我を奮わせてみろと。
「うぉおおおおっ! ハイ! ハイ! ハイ!」
うに子さんも、この光景を最前で黙って観る事に耐えきれず、黄色のサイリウムを振りながらコールを入れていた。
思い知らされる。ライブの相手へも、会場の観客も巻き込んで動かす力。場の全ての視線を引き寄せるカリスマ性。絶大な自我と前を向き続けるその姿が、キラを神たらしめているのだと。
(キラの眼、いつも前を向いていて、きらきら輝いていて、綺麗だな……。キラが見つめている未来を、いつか俺も知りたいな)
きっと、今俺が頑張れているのはキラの影響もあるのだ。いつでも前向きで、自分に自信があって、行動力があって、……突飛すぎる事もあるけど、いつも不安な俺の手を取ってくれる。俺は、キラの姿に、救われている。
手を掲げ、曲と共に静止する。静かなステージからは、荒い呼吸が聞こえてくる。素晴らしいライブだった。俺とうに子さんは、ステージに立つキラへ拍手を送る。
ステージが暗転し、イントロが鳴り始める。次は俺の番だ。こちらに走ってくるキラがニッ、と笑う。差し出される手に答え、パチンとハイタッチをして、俺はステージへ走っていった。
キラのステージは最高だった。あの光景を目に、俺も爆発しそうなくらいに身体がドキドキしている。俺も、うに子さんへ想いを伝えるんだっ!
「兎立織ーーっ!!」
ステージに立つと、前のめりになったうに子さんがサイリウムをぶんぶんと振っている。ステージの熱を冷ます間は与えない。間髪入れずに曲を歌い出す!
「聴いてくださいっ! アリス・イン・ミラー!」
ステージが黒く、青く染まる。
「〜♪」
俺にはキラの様な運動神経も、カリスマ性も、目を釘付けにするビジュアルも無い。でも、後にも先にも何も無いから、今の自分が何よりも大切で、楽しくて、何者にもなれる気がするんだ。
何も持てなかった俺には、うに子さんの過去も悩みも分からないけれど。成り行きでなった友達じゃなくて、一緒にライブして、本当の友達になる事なら、きっと出来るんだっ……!
ステージの上で兎立織が踊る。
『アリス・イン・ミラー』
この曲は、鏡に囲まれた少女が、向こうに写る自分へと語りかける歌だ。過去も未来も破却して、一緒に外へ行こうと。私の手を取って欲しいと。
だからこれは、叶わない願いを持ってしまったとしても、その現実に負けないで、諦めないでいて欲しいという想いの込められた応援歌なのだろう。兎立織は歌う。うに子さんへ、伝える為に。
「兎立織……」
うに子さんは、泣きそうな、困った様な顔で兎立織を見る。真っ直ぐに、目を逸らさずに、兎立織の想いを受け止める。
「兎立織も、もう立派なアイドルなのだな。……いつの日か、四天王の座に立つのかもしれんな」
キラも、兎立織のステージを袖から見ていた。少し悲しそうな、嬉しそうな表情で。
「〜っ! ……はぁ、はぁっ!」
曲が終わり、少しフラつきながらもポーズを取る。
パチパチパチパチパチパチ!
うに子さんが大きな拍手を送ってくれる。ステージに明かりが戻り、気づけばキラが隣に立っていた。
「さぁ、次はラストである! 心して聴くのだぞ!」
「うに子さんっ! 俺達のライブ、楽しんでますかっ……!」
うに子さんは藍色と黄色のサイリウムを両手に振る。
「うん、すごく楽しいのっ」
最後の曲が始まる。キラと二人で、息を合わせて歌う。全力で、声が枯れてしまうのも厭わずに。
ステージでは二人がライトを受けながらジャンプしている。光がキラキラと衣装に反射して眩い。
「綺麗だな、やっぱ」
うに子はボソリと呟く。
「…………」
白い少女も、何も言わず、ただステージを眺めていた。
「〜♪」
音が消え、残響だけを耳に残して、ライブが終了した。
部屋に明かりが戻り、スポットライトの消えたステージの上からキラが吠える。
「どうだ馬子っ! 我らのライブは!」
「二人とも、すごく良いライブだったの。……ありがとね」
うに子さんは寂し気に、申し訳なさそうに笑う。
「でも、やっぱりチームは組めない。あたしには、もう無理なの」




