27話
俺達はキラに連れられて、同じ建物内の小さなステージに移動した。小規模のクラブハウスのような雰囲気で、黒と金を基調とした内装が高級感を醸し出す。お酒を楽しみながら鑑賞するのか、バーカウンターまで併設されている。
キラはこの場所に詳しいのか、管理人と話を付けたり設営したりとテキパキ動いている。
(なんか凄い上級者っぽい場所だな……。俺には現実じゃ縁の無さそうな所だ)
俺が場所に気後れしていると、腕をちょんちょんと触られる。振り向くとうに子さんが俺の全身をじろじろとくまなく見ていた。
「うに子さん?」
「兎立織、ちょっとこっちにくるの」
ステージ横の小さな控室に連れられて入る。部屋の中央に立つ様に言われ、その通りにする。すると、俺の前にしゃがんだうに子さんにいきなりスカートを捲られる。
「……っ!? ち、ちょっとうに子さん!?」
「んー……。これで舞台に上がるのはダメダメすぎるの。シワが寄ってるし糸が出てるし。ストッキングも穴空いてるの」
パンツをじろじろと見られた前科がある為そちらかと思ったが、どうやらスカートの生地を見ていたらしい。ここに来る前の公園で転んだ為か、いつの間にかストッキングも破れていた。
「暫くじっとしててね! パっと直しちゃうから!」
うに子さんは立ち上がると、何処かからハンドベルを取り出してカランカランカランと三回鳴らす。と、後ろでカタンと物音がした。
「直しちゃうの!」
「直しちゃうの!」
「直しちゃうの!」
声がすると思い振り返ると、背後にうに子さんが三人居た。三人とも全く同じ姿形で、手には裁縫道具やメイク道具を沢山持っている。驚いて目の前のうに子さんを見ると、とてもニヤニヤしていた。これはパンツを見てきた時の顔だ、鼻息が荒い。
若干の恐怖を感じ逃げようとするが、それを察知した一人にぎゅっと抱きつかれる。
「逃すか! 大人しくするの!」
(か、身体が小さいのに力が物凄く強い……! 逃げられないっ!)
四方をうに子さんに囲まれて、俺はされるがままになった。
何かされるのではとビクビクしていたが、四人共黙々と俺の準備をしてくれていた。うに子さん達は衣装を隅々までチェックし、気になった箇所に糸を通している。噴水に飛び込んだ時と、転んだ時のダメージだろう。水分は部屋の熱気ですぐに蒸発したのだが、衣装が破けてしまっていた。
その間、顔にメイクも施され、人形の様に可愛くなっていた。鏡に映る自分は、デーモンさんとのライブの時とも研修の時とも違った雰囲気だ。シオさんにしてもらったキラキラしたメイクとは違い、人骨を自然に美しく飾るものだった。
うに子さん達は顔の仕上がりに満足したのか、今はせっせと髪の毛を編み込んでいる。
「すみません。うに子さんは観客なのに、衣装の修復にメイクまでして貰って」
「せっかく初めて見る兎立織のライブなのに、すっぴんの衣装ボロボロじゃ嫌なの。それに、あたしこういうの好きだからねっ!」
そう言って口元をVの字にしてはにかむうに子さん。前髪をカーラーで巻き上げると、満足したように俺の全身を見る。
「できたの! 兎立織、お前は一見素朴に見えて実は磨けば光る逸材なのね。久しぶりにやり甲斐のある仕事が出来たの!」
「わ……! すごいですね、うに子さん! 今までで一番綺麗になれてる気がします!」
「じゃ、あたしは特等席で見させてもらうの。チーム云々は置いといて、兎立織のライブは凄く興味あるの! なんたってあたし達、友達だもんね!」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って楽屋から捌けていくうに子さん。
一人になった俺は、もう一度鏡で自分の姿を見る。元々良かった顔立ちだが、うに子さんのおかげで美しさに磨きがかかっている。キラキラとしている自分に一瞬戸惑うが、すぐに慣れて緊張が胸を支配する。
鏡に映るこの姿が自分自身だと頭が認識している。薄れてゆく違和感に、この姿にも随分と馴染んできたなと思う。
「チームメンバーになって貰えなかったら、キラと離れ離れになっちゃうのかな……。知らないアイドルとチームメイトに……。ううん、今は気にしてもしょうがない。うに子さんに楽しんで貰えるように、精一杯頑張ろうっ……!」
うに子さんは怖いなと思う事もあったけど、正直嫌いじゃ無い。成り行きで友達になった関係だが、本来優しくて穏やかな気質なのだろう。お茶会でのやり取りや、髪を触る手からは細かな気遣いが伝わって来た。過去の出来事さえ無ければ、優しいユニコーンの少女だったのかもしれない。……それにぼっちの似たもの同士、なんだか気が楽なのだ。知らない誰かと組むよりは、一応友達になったうに子さんとがいい、と思う。
準備はどうなっているだろうとステージの方を覗くと、キラとすんちゃんが打ち合わせをしていた。受付に立っていた子とは別のすんちゃんで、このVIP専用ミニステージの管理人をしているらしい。
「うむ! そういう感じで頼むのだ!」
「分かりました。では、私は管理室で待機していますね」
管理人のすんちゃんは受付の子とは違い、ヘッドホンを首にかけてカジュアルな服装をしていた。髪も三つ編みではなく派手な色のゴムで括ったお下げだ。この高級クラブのDJという事だろう。
「すんちゃん、突然使わせて貰ってすみません」
「いえいえ。それが仕事ですから。ライブ頑張って下さいね」
そう言ってすんちゃんは管理室へ入って行った。
「おお! 馬子にお手入れして貰ったのだな。とても綺麗になってるのだ」
「うに子さん、すごい速度で俺の衣装を直してくれたんだよ。おまけにメイクとヘアアレンジまで」
「うむ、とても似合っておるぞ! あいつは腕が良い上に自分のスペアを使って数人分の仕事をこなせるからな、チームに入ってくれたら百万馬力なのだ」
そう言ってうんうん頷くキラ。いい機会なので気になっていた事を聞いてみる。
「キラはうに子さんとはどういう関係なの? 顔見知りにしてはいろいろありすぎるというか……」
「あー、まぁ、いろいろあったのだ。我が追放される時、最後の悪あがきとして神の一部を喰らったのだがな、それを取り返しに馬子が追ってきたのだ」
思い出すようにキラは話してくれる。首をポリポリとかいて、気を紛らわせている。
「神の一部を食べた……?」
「うむ。我の世界を乗っ取った奴のな。だがそれが良くなかった。その食った肉が我の中で増大しはじめてな……。そいつと身体の取り合いになってしまったのだ。我は一時期、自我を失って暴れ回ったり破壊したりするようになってしまった。それでちょっと色んなところで問題起こして警察に目を付けられちゃったのだ」
悪い物を食べただけでそんな事になるのか? と思ったが、相手は神と神だ。そんな事もあるのだろう。
「それが漢太郎さんが言ってた事なのか……。今は大丈夫そうに見えるけど」
「うむ。その神の肉を我から取り除いてくれたのが馬子なのだ。そのせいで裏地球での争いに巻き込まれ、初期メンのアイドルになってしまったのだ。此奴は地球の王になりたくてアイドルになった訳では無いのだ」
キラの視線の先にはうに子さんが居た。バーカウンター内に備蓄された食料を漁っているらしく、まだ着席する気配は無い。
「キラ、そこまでうに子さんに恩があるのに何で顔見知り止まりなの? 友達じゃないって言ってましたよ」
「昔からチラチラこっち見てきたり、偶に言葉を交わしたと思ったら不気味な顔で笑ってくるからきみ悪かったのだ。長年顔見知りだったのだ。何か今更こいつと友達になるのかー……と思っちゃって」
昔の関係から抜け出せなかったらしい。うに子さん、昔からキラと友達になりたかったのかな……。
「さて、馬子のことは一旦置いて。ライブの打ち合わせなのだ。合同曲とそれぞれのソロ、そしてまた合同曲。フリはもう覚えておるな?」
「うん。シオさんとの猛特訓で頭に入ってるよ。キラの身体能力の凄さに、俺が着いていけるかちょっと心配してる。それに……」
合同曲はアイドル全員に共通の楽曲だ。歌う機会が多い為か振り付けがある程度統一されており、どれも初心者でも覚えやすいのだ。俺が一夜漬けで覚えられたのもこの為だ。
「いつもは沢山の人達がサイリウムで応援してくれるからステージに立ててたけど、今日はうに子さん一人だけだから、なんだか緊張してきちゃって……。」
緊張して震える俺の手を、キラが優しく握る。
「馬子は変な奴だけどな、あれでも誠実な神の下僕なのだ。産まるるものには祝福を与え、祈りには力を与える。だから兎立織、お前のような無力な人間にこそ、馬子は惹かれる」
キラは俺の顔に近づき、両手を握り合う。額と額が触れ合う。手の熱さと、おでこの暖かさが伝わってくる。
「兎立織、我らは眷属のパスで繋がっておる。お前の心の底と我の心の底で。我の自信をお前も得るし、お前のアイドルへの思いを、我も得る。だから心配せずとも大丈夫だ、お主は思いっきり踊るがよい! 我が合わせるのだ。なんたって初期メンの、元四天王のすごーーいアイドルなのだからな!」
「……うん! ありがとう、キラ」
うに子さんはバーカウンターからお望みのものを見つけたのか、ジュースとおつまみを両手に抱えてソファーに座る。
「うんしょ。さ、いつでも始めるの」
ずっと後ろの壁際にも、受付の格好をしたすんちゃんがいつの間にか立っていて、こちらをじっと見ている。観客は準備OKのようだ。
「いくぞ! 兎立織!」
「うん!」
管理室のすんちゃんに指で合図を送る。こくりと頷くと室内の明かりが落ち、ステージに光が当たる。
ライブの始まりだ。




