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24話



うに子さんは語り出す。


「あたしね、元の世界で好きな女の子がいたの」


「あたしはその子の飼馬。ただの村娘とその馬だった。小さな貧しい村で、何もなかったけど幸せだったの。彼女はとても純粋で無垢で綺麗で優しくて穢れの無い、あたしの理想だった。でもある日、人間に殺された」


 うにこさんは表情の抜けた顔で語り続ける。


「彼女の死体はぐちゃぐちゃだった。殺した後に大勢の人間と道具達がその上を歩いて行ったから。あたし、許せなくて、そいつらを全部殺した」


 大勢の人間と道具、戦争にでも巻き込まれてしまったのだろうか。その少女とうにこさんは。


「その後に彼女の死体に縋り付いてずっと泣いていたの。でも、その死体も村の人間達に奪われて焼かれたの。だから、村人達も殺したの」


 うにこさんは椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。


「そして一人になって後悔した。彼女を守れなかった自分と、彼女の姿形をどんどん忘れてゆく自分を。彼女を思い出そうとしても、ぐちゃぐちゃの死体になった姿が頭を埋め尽くしてしまう。声も、感触も、表情も、全て灰になって冷たい土の中に消えてしまった」


 真後ろに立つうにこさん。耳のすぐ裏で、呟くように話し続ける。


「気が狂ってしまったのか、そのあとはあんまり記憶が無いの。気付いたら人間を材料に剥製や人形を作っていた。きっと、彼女を忘れたり失くしたりするのが怖かったんだ」


 うにこさんの過去に、俺は何も言えなかった。可哀想だとも、酷いとも、自分勝手だとも、何も思わなかった。ただ、目の前にいるこの神様が、途方もないその片鱗が、少しだけ掴めたようで嬉しくなった。


「兎立織。色は違うけど、お前はあの子に似ている気がするの。ずっとその姿のままで、友達の私と一緒に居ようよ。アイドルが終わっても、あたしの故郷に戻ってずっと一緒に暮らすの。あたしが全てからお前を守るから……。だから、この手足を捥がせて?」


 うにこさんが俺の腕をそっと抱き締める。顔を覗き込まれるが、その瞳は俺を見てはいない。恐らくは、その少女の事を俺を通して見ているのだろう。

 ……スキルが発動しない。

 【アベレージ】は、相手の敵意を感知して自動的に発動するスキルの様だった。これはうにこさんの純粋な善意と好意からの行動であるから、なのだろうか……。

 俺は、キッパリと言い放った。


「それは、出来ないです。俺は何にもなれないから、きっとその子の代わりにもなれません。そんな出来損ないの人形は途中で飽きられて捨てられてしまうでしょう。そんなの御免です」


「す、捨てない! 一生大事にする!」


『でも、護れなかったんでしょう?』


「!? だ、誰ですか?」


 突然、キラのような、違う人のような声が響いた。眠っているキラに目を向けるが、全く動かない。違う場所から聞こえて来るのか……?

 声は姿を表さず、純粋な疑問を投げつけるかのように装い、うにこさんに語りかける。


『また繰り返すのかしら。あなたは理解されたいの? されたくないの? それとも』


「うるさい!」


 うにこさんが吠える。その先には、マグマの中から燃えるガラスのように光る人影が、こちらを覗いていた。

 キラ……? にしては口調が上品すぎる、こんなキャラじゃないよな……。

 

 うにこさんは敵意と嫌悪感を剥き出しにして、光る人影に威嚇する。


「黙れよ土くれ風情が。お前はもう神の眼でも何でもない、ただの穢れだ。焼かれて消えろ」


 うにこさんの眼が赤く光り、部屋の温度が急激に熱くなる。


『あはは、熱い、あははは』


 そう言うと、マグマが激しく燃え激り、キラの形をした何かは崩れていった。

(息が……苦しい……っ)

 熱に喉が悲鳴を上げる。


「あたしは、ずっと時が止まって欲しいよ。全て時間の中に消えてしまえば、こんな思いしなくていいのにね」


 ふっ、とうにこさんは悲しそうに笑う。眼に落ち着きが戻り、部屋の温度も元に戻ってきた。


「ごめんね、人形は無しにするの。あいつが起きちゃいそうだから、お喋りはおしまい。お前は早く家に帰るの」


「そ、そうですか。あの、今のって一体……?」


「邪神の切れ端だよ。また、一緒に……ううん、なんでもないの。ほら出て行け」


 うにこさんは毒気が抜けたように大人しくなった。

 ……今なら、聴きたい事を聞いても逆鱗に触れないかもしれない。追い出される前に、キラについて聞かないと!


「だ、ダメです! 俺、ここにはキラを探しにきたんです! あそこで眠っているキラも人形にしたんですか?」


「うん。そうだよ。あれはキラの剥製なの」


「えっ」


 剥製にした、と言う事は。もう、キラは……。


「死んで……」


「ぬるいわーーーーーーっ!!!」


「うわあああああああっ!? ……えっ? キラ!?」


 ザバッ! とマグマからキラが出てきた。何でそんな所から!? まるで風呂から上がるように、熱さをものともしていない。


「うむ! 我なのだ! 兎立織はこんな所に来てどうしたのだ? この偏屈馬に何か様か?」


「よ、よかった……。俺はキラを探しに来たんですよ! いきなり部屋を出て行くから、シオさんに言われて追いかけてきたんです!」


「そうであったか? すまんな。もう帰るのだ。また来るぞ、馬子」


「うん、また来い」


 キラとうに子さんは特に会話も交わさず、そのまま部屋を後にしたのだった。


 帰り道、長いエレベーターの中でキラに話しかける。


「キラ、どうしてうに子さんの部屋に?」


 そう訊くと、罰が悪そうに唸りだす。


「んー……。うーむ……。えいっ」


「はふっ!」


 正面からキラに抱きつかれた。ぐりぐりと胸を押しつけられる。く、くるしい……!


「ぎゅーっ! ……一人にしてすまんのだ。今はこれで許して欲しいのだ。語らなくてはいけない事が、余りにも多い」


「……分かりました。許します。でも、いつかちゃんと話して下さいね?」


 キラもなんだかしおらしくなってしまい、受付で待っていてくれた子犬といがみ合うことも無く、俺達はホテルの部屋へと帰ったのだった。


 部屋に戻ると、シオさんの姿が見当たらなかった。テーブルの上に置き手紙だけが残されていた。

 『二人ともごめんね。裁定者に見つかりそうなので暫く身を隠します。行き先は日本です。東京の渋谷辺りを散策してみようかなと思います。チーム戦を見守れないのは残念だけど、応援しています。頑張ってね  シオ』


「シオさん……」


 そして、その日から、漢太郎さんが部屋に帰ってくる事も無かった。


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