19話
「兎立織ーーーーっ!!」
「キラ!!」
ドアを蹴り開けたキラが飛び付いてくる。俺もぎゅっと抱きしめ返した。
ライブが終わってすぐにステージからいなくなった思ったら、俺達の座席まで走って来たらしい。髪や肩に紙吹雪がくっついている。
「無事であるか!? 酷いことされてないか!? この犬に齧られてないか!? マーキングされてないか!?」
キラは確認するように俺の身体を弄ったり、匂いをすんすんと嗅いだり、服を捲ったりして確認している。
「そんな事してないわん!! 健全で教育的な研修だわん!! 全く失礼なやつわんね!」
「ワヴッ!!」
漢太郎さんはぷりぷりと怒る。子犬も一緒になってガルガルと歯を鳴らしている。
「信じられんわ! 勝手にさらっていきおって、兎立織は我のなのにっ! こんなに臭いをつけおって!」
抱きつきながらも、器用にフシャー! と威嚇するキラ。
(犬と猫だ……)
「キラ、俺もライブ終わりだからそんなに臭いを嗅がれるのはちょっと……」
「む、そう言われると我も汗臭い気がするのだ。じゃあ……」
かぽーーん。皆で温泉に移動したのだ。
「ふはぁ……。極楽だぁ……」
俺は湯船に首まで浸かり、ゆっくりと息を吐く。朝からずっと気を張っていたし、二日連続のライブだ。身体は正直クタクタだった。広くて大きな露天風呂は、熱さと冷たさが身体を溶かしてしまいそうな程に心地良い。時間も忘れて、このまま寝ってしまいそうだ。
「お疲れ様、研修ライブ観てたよ。漢太郎さんに勝てるなんて凄いね」
気づけば隣にシオさんが座っていた。長い髪を纏めて上に上げている。丸見えになったうなじには雫と遅れ髪が垂れていて、とても色っぽい。……いやいや何処を見てるんだ俺は!!
「あ、えっと、お疲れ様です! ライブ観てくれたんですね、全然気づかなかったや……」
「奥の方でキラと一緒に、こっそり観てたからね。あれはステージからじゃ見えにくいよ」
そう言って笑うシオさん。手を振ったりしたかったんだけどな……。
「研修はどうだった? 知りたい事は教えてもらえたかな。キラはそういう所抜けてるから、本当は僕が教えようとしてたんだけど……。あの子に先を越されちゃったね」
「はい、知りたかった事は大体……。キラが凄い神様だって事とか、勝たなければ消されてしまうとか。二人が初期メンだって事とか。シオさん達が最初にアイドルとして戦った時って、どんな感じだったんですか?」
「最初の頃ね……。あの時は皆手探りだったから。訳も分からないまま、アイドルなんてものになって。この星の文化も知らない、歌と踊りも初めて見るような形式だ。最初のステージは、今思い返せば酷いものだったよ」
思い出しているのか、シオさんは懐かしそうな、嬉しそうな、寂しそうな表情をする。
「キラはそんな状況でも諦めなかった。僕はその後を着いて行っただけ。だから僕は何もしてないよ。……キラはね、今はあんなだけど、本当に凄い神様なんだよ。能力とか力がそうさせるんじゃない、魂の在り方が強いんだ。皆を引っ張ってゆける、人の上に立つべき存在。ね、兎立織くん。キミならば、きっとキラの隣に立てるよ。僕がそう言うんだから間違いない」
「そ、そうですか……? なんか照れますね」
「だから、出来れば君に、ずっとそばに居てほしいんだ。もし何かあったら、キラの事を宜しく頼むね」
「……?」
何だろう。シオさんがこんな事を言うのは違和感がある。二人の間に何かあったのだろうか。探るような、不思議な沈黙が流れる。
「ごめんね、変な事言って。今は忘れてね。他に聞きたいことはある?」
「……そうだ、シオさんに聞きたいことがあったんだ。端末で自撮りをしなさいって宿題を出されたんですけど、やっぱり難しくて。シオさんなら詳しいかなって思って」
「あー。まぁ、得意だよ」
なんだか歯切れの悪いシオさん。本当にどうしたんだろう? 体調でも悪いのかな……?
「後で撮り方のコツ教えてあげるね。あと、ステージ用のメイクの仕方とか、衣服の整え方もね」
「あ、それも聞かなきゃと思ってたんだった。シオさんは何でも知ってて凄いですね」
「何でもは知らないよ。たまたま興味があっただけ」
「そろそろ上がりましょうか。のぼせちゃいそうですし」
そう言って湯船から上がる。シオさんの裸が見えてしまうので、薄目で何とか目を逸らす。あの二人は何処に行ったのか。温泉施設は広いのだ。
「我の方がデカいのだーー!」
「なーにーよーっ! 私の方が!」
後ろで二人が争う声が聞こえる。何がデカいんだ……!? 気になって振り向けば、泡の山が出来ていた。何あれ泡人間!?
『泡風呂体験コーナー 湯船に粉を入れて、シャワーで泡立ててみよう!』
「私の方が大きいもん!」
「二人とも、僕達もう上がるよー」
二人は泡風呂に使う泡をどれだけ大きく膨らませる事が出来るか競っているようだった。
「あ! 我を置いていっちゃダメなのだ! 待つのだ〜!」
ぺたぺたと付いてくる。
「お風呂場で走ったら危ないよ」
「もー! ちゃんと泡を片付けてから行きなさーい!」
漢太郎さんが叫んでいる。共同施設なのだから、遊んだ後の片付けも大切だ。結局皆で後片付けをして、風呂場を後にした。その着替えの際、俺がブラジャーを付けていなかった事やライブ中はスパッツやガードを履けば良いと教えてもらうのだが、それはまた別の話。
ホテルへ戻ろうとすると、漢太郎さんは俺に子犬を手渡す。
「私はちょっと上に報告したら戻るわん。私が居ないからって変なことしちゃダメわんからね!」
「ワフッ!」
漢太郎さんはそう言うと何処かに走っていった。忙しそうだなぁ……。宇宙警察って大変なのかな?
裏地球運営本部。犠長室にて。
「犠王ノ宮様、お待たせしましたわん。こちらが今回の視察の報告書になります」
漢太郎はそう言うと、机の上に書類を提出する。犠長の席に座る少女はそれを受け取るとパラパラとめくる。
「ありがとう。貴女は本当は部外者なのに、いつも運営を手伝ってくれて助かっているわ」
「いえ、これも私の仕事ですから。……例の異変についてなのですが、やはり地球へ向かってくる異形の数は更に増している様です。裏で何者かが扇動しているのではないかと」
「この裏地球のアイドルの中に、手を引く者が居る、と」
「まだ憶測の域を出ませんが。このままではホテルもライブ会場も、収容キャパを超えてしまいます」
「そうね……。では、予定通りチーム戦での大会を開きましょう。数を減らさなくては」
「承知しました。……では、失礼します」
漢太郎が退室すると、犠王ノ宮と呼ばれた真っ白な少女は独り言を呟く。
「この裏地球は、神々の犠牲によって成り立っている。私はそれを維持し続けるだけ。誰かが冠を戴く、その日まで……」
残された俺達三人は、なんだかんだでロビーに屯していた。受付で子犬用のベッドや餌を貰ったり、人数が増えたので部屋のベッドを増設してもらえないかと話していたのだ。
「カメラはね、まず光量が大事なんだよ。光が足りないと上手く撮れなくて、ぼんやりした印象になっちゃうからね」
「なるほどなるほど……」
「それと顎はちゃんと引いて、上からカメラを向ける。腕が疲れちゃうし、ブレる原因にもなるから自撮り棒がオススメだよ」
「なるほど、それがセルフィースティック!」
あの謎の棒、そういう理由で使われてたのか。
俺は早速シオさんからレクチャーを受けていた。変な写真じゃなくて、ちゃんと撮った写真をアップする。ファンの人達に喜んで貰えるといいな。
「ふん、キラのやつ。失敗した癖に死にぞこなったんだ。隣には新しいのが増えてるし」
俺達がホテルのロビーで話すのを、遠くから眺める影があった。
「……あたしとの約束、忘れてなきゃいいけと」
小さな少女はそう呟くと、手元のぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。新たな思惑が、兎立織達を取り巻こうと動き始めていた。




